王都に来ると
クロエは目を瞑ってアリーにしがみついていた。
大丈夫だと言われても、風切音と浮遊感が怖い。何度飛んでもクロエは慣れることが出来ない。
「もう王都に着いてるよ」
アリーがクロエの頭を優しく撫でる。
ようやく目を開けたクロエは、地面を確認して胸をなでおろす。
クロエは飛行魔法でアリーに連れられて王都にやって来た。
特に王都に行く用事は無いのだが、グリューンに行って以来、定期的にアリーに捕まっている。
最初は仕事があるからと言って断っていたが、いいからいいからとアリーが言い、いいからいいからとデニスも言うので、最近は断らなくなった。ただ飛行魔法だけは何回やっても楽しめない。
王都に来るとアリーに引っ張られて色々な所へ行く。
ドワーフの師匠や魚人の親方にも挨拶をした。
クロエは初めて冒険者ギルドに入った。ヴルツェルの農地で働く獣人達とは肉付きの違う戦士たちにクロエは怯えたが、彼らは優しかった。
王城の天辺で街を眺めた。広大な土地に家屋が密集している。アリーがこの景色を気に入っているのが分かる気がした。
図書館で植物関係の蔵書を読んで、近郊の農地や草原で植物を探した。クロエはその時間が1番好きだった。
アリー、ゲオルグ、マルグリットと4人で魔法の練習をした。
獣人族にも魔力はあるはずだと言われて火魔法を練習したけど上手くいかない。
クロエは魔法を使えないが、一緒に言霊を考えるのは楽しかった。
最近は緊急時に使用する魔法を考察している。
午前中に男爵邸で魔法練習をする。もしくはゲオルグの剣術稽古に付き合う。午後は王都を散策する。
近頃は王都の散策に大人は付いて来ず、4人で行動するようになった。
運送業界の発展により、王都には各地から食べ物が送られて来る。前回王都に来た時には無かった料理を探す。クロエがデニスから密命を帯びているのは大人達に内緒だ。売れ筋を調べてデニスに報告すると子供達は報酬を貰える仕組みだ。
去年から売り上げを伸ばしているのがグリューン産の枝豆だ。手軽な調理法で美味しいとあって王都中に広がった。
最初の売り上げを見た男爵はグリューンに温室まで作って、冬や春にも出荷している。
王都での反響を見てヴルツェルでも育てようと計画しているが、安定出荷には時間が掛かるだろう。その頃にはグリューン産が定着しているだろうから、ヴルツェル産が割り込む為には何か付加価値を付けないとダメかな、とクロエは考えている。
「枝豆以外の新商品はイマイチです」
マルグリットがクロエに伝える。
クロエがヴルツェルに帰っている間は、残る3人に調査を頼んでいる。報酬のためにマルグリットも張り切っているが、今回はダメそうだ。
一通り市場を見て回ったが、マルグリットの言う通り目ぼしい物は無かった。
次に何処へ行こうかと相談していると、大きな音が鳴り1つの屋台から火の手が上がった。
悲鳴が上がって戸惑う民衆。
逃げ出す者と救助や消化に行こうとする者が交差し、混乱が広がって行く。
クロエは初めて見る騒動に動けずにいた。
アリーは瞬時に水魔法を発動し、上空から市場に雨を降らせている。
マルグリットも続こうとするが、ゲオルグの言葉を聞いて中断する。
「あれ見て」
ゲオルグの指差す方向を見ると、少年を担いだ大人2人が路地に入って行くところだった。少年は口を押さえられて僅かに抵抗しているが、振りほどけない。周りの民衆は火事に気を取られている。
「人攫いだ、助けよう」
止める間もなく、アリーが飛行魔法で飛び出す。
ゲオルグがアリーを見失わないように付いて行く。ここのところ真面目に剣の稽古をしているゲオルグは、何時も剣を持っているように言われている。いつでも抜けるようにしながら追いかける。
クロエはマルグリットに後方待機を伝える。何かあった時、他の人へ知らせに行けるように。
マルグリットはクロエの提案を了解した後すぐに魔法を発動する。風がクロエの周りで渦巻く。対象の防御を高める魔法だ。
クロエは掛けられた魔法に安心して走り出す。
路地に入ったところでアリーの悲鳴が聞こえた。路地の奥、扉が開いている家屋からだ。クロエはこっそりと中を覗き込む。
大人が5人に増えている。アリーは何かの植物で捕獲され、部屋の隅で床に転がっている。ゲオルグは剣を抜いて獣人と戦っている。少年は先程の人攫いに担がれてグッタリとしている。その隣に人攫いがもう1人。人攫い達と向かい合って、人族の女性とエルフが1人ずつ。戦っている獣人はこちらの女性の仲間だろうか。
「子供達を連れて来るなんて聞いてないけど」
女性が人攫いに言う。少し怒っているようで語気が荒い。
「勝手に付いてきたんだ。我々の仕事は計画通り、この少年を運ぶだけだ。あとはそちらの仕事。さっさとその子供も縛りあげたらどうだ」
人攫いは悪びれることなく言う。言い合っている間にクロエはコッソリと侵入し、アリーに近づいていく。
「捕縛用の植物はそれで全部だ。その担いでる少年の分を使ってしまった」
肩を竦めて挑発するように女性が言う。アリーまでもう少し。
「ふん、こいつはもう眠ってるから問題ない。そっちの獣人は子供相手に大層苦労してるな」
獣人、と聴こえてビクッとするクロエ。深呼吸して落ち着き、アリーに手を伸ばし縛っている植物を外そうとする。アリーなら縛られたままでも火で燃やせそうだが、クロエはおかしいと思わなかった。
「うちの獣人は久し振りの戦闘を楽しんでいるのさ。本気を出せばすぐに終わる。それよりも」
女性は巫山戯た様子だったが、急に調子を変える。
「それは魔力を吸い取る特殊な植物なんだ。外さないでもらえるかな」
瞬く間に近づき、風の防御を難なく貫いてクロエの右手を掴む。植物に気を取られていたクロエは逃げ出す暇がなかった。
アリーが止めろと叫ぶ。
叫ぶ声に気を取られたゲオルグが隙を見せてしまい、獣人に剣を弾き飛ばされてしまった。
「結局3人の子供に見られたが、他には居ないだろうね」
女性の言葉に手隙の人攫いが外を見に行く。見つからないでと願うクロエ。
騒ぐアリーは猿轡をかまされた。ゲオルグとクロエも順番に縛られていく。
全員が縛られ、喋ることが出来なくなった頃に、人攫いは1人で帰ってきた。
マルグリットは上手くやっているようだ。
「さてどうする。殺してしまおうか」
女性が言う。面倒ごとはさっさと終わらせてしまおうと軽い調子だ。
「殺すのは勿体無いな。奴隷として高く売れそうじゃないか。特にその獣人の子なんか種族的に珍しいんじゃないか」
人攫いが下卑た笑みを浮かべる。女性側の獣人が凄い顔で睨んでいるのが気付かないのか。
「わかった。では子供達はこちらで引き取ろう。これから私達は馬車移動だ。君らが担いで移動するより人目につかないだろう」
女性がアリーを抱える。ゲオルグは獣人、クロエはエルフが担当。そのまま家の奥へ歩き出し、人攫いも付いて行く。家を通過して別の路地に出ると、1頭立ての馬車が待っていた。
子供達が並べて寝かされ、女性達が乗り込む。人攫いが御者に、予定より人が増えたが計画通りに、と伝えている。
ゆっくりと馬車は動き出す。
王都の門には検問があるが、問題なく通過した。門兵も仲間かとクロエは察する。
思っていたより大きな話になった。最早マルグリットだけが頼りだ。
僅かに見える空の色が赤く染まってきた。どこまで行くんだろう。
暗くなっても馬車は進んだ。アリーが騒いで排泄を訴えるまで、馬車は進み続けた。