綺麗な黄色の
アンナ達は町郊外の畑を訪れた。男爵らも含めて大所帯だ。
この畑を借りて草木魔法の実践をする。今は何も植わっていない畑だ。
「草木魔法の主な使い方は、植物を急成長させ操ることだ。蔓を使って獲物を縛る。硬い枝を伸ばして貫く。鋭い葉っぱを飛ばして射抜く。そういう行為をするには植物が必要だが、この畑には何も生えていない。こういう場合はどうしたらいい?」
「どこかから種を持って来ます」
クロエが素早く答える。
「そうだな。植物は種子や胞子の散布によって広がる。それらを持ち運んでいると、どの様な植物に育つか把握出来るから利用しやすい」
そう言ってマチューは、腰に着けている小さな入れ物から小さな種を1粒取り出し、畑に植え魔力を注いだ。
魔力に反応した種から出た芽が地面を貫き、茎が伸び緑の葉を付けた。瞬く間に成長した植物を見て一同から歓声が上がる。
「この植物は観賞用の大きな花を咲かせる。充分に栄養がある土地に植え魔法を使うと、綺麗な黄色の花が咲くまで育つ。今回は途中で止まってしまったな。土地が痩せている証拠だ」
特産物を作るより先ずは土地改良だな、とマチューは男爵に告げる。
「いつも種を持ち歩くのは面倒だね」
アリーが本音を言う。
「確かに嵩張る時はある。それに持ち運び中の保存法を間違えると、種が使い物にならなくなることもある。だが初心者はある1つの植物を選んで練習した方が良いから、種があった方が便利だぞ」
アリーの言葉にマチューは淡々と説明する。
「熟練のエルフは種を持っていなくても、こんな事ができる、ぞ」
マチューはそう言いながら片足を上げ、軽い調子で畑に足を降ろす。
するとマチューから幾分離れた地面が盛り上がり、草が伸びてきた。
「あれはこの辺りに生えている雑草だな。地上部分は刈られていたが地下に根っこが残っていたから、根に魔力を与えて成長させた。このように周囲の植生を観察することで、種を持参していなくとも魔法は使える」
なんで根の存在がわかったのか気になる子供達。周囲を見回してみるが根は見つからない。
「土の中だからね、普通に見ても分からないよ。土魔法は使えるだろ?土魔法に利用しようとして地面に魔力を送ると、違和感というか異物感というか、そういう物を感じたことがあるはずだ。そいつに更に魔力を送ると、それが根なのか種なのか、もしくは石なのか鉱物なのか判別出来る。もちろん慣れは必要だが、鉱山で働くドワーフもこれで鉱石を探しているし、魚人は水魔法を使って水中で同じことをやっている。他には風魔法を使って、僕の後ろで男爵がリリーとイチャイチャしているのも分かる」
確かにマチューの死角外で、男爵がリリーに悪戯して窘められている。退屈なのかもしれないが、子供達の手前、真面目で居て欲しい。
「現在多く見られる魔法は、魔力を火や土に作り変えて利用する変換魔法だ。しかし魔法の原点は、水を流したり地面を掘り起こしたり、既に存在する物を魔力で操作することだった。草木魔法は魔法の中でも、魔力操作の色合いが強い。魔力から種子を産み出すことも出来無くは無いが、多くの準備を必要とする」
食料流通の為、簡単に種を作れたらとアンナは思うが、それは難しいようだ。
「魔力で成長させて実らせた野菜や果物は美味しいですか?」
クロエが質問する。魔法を使えず地道に育てているクロエとしては、魔法で作った野菜が気になるようだ。
「味の感想は個人差があるが、僕は美味しいと思う」
マチューの答えに男爵が反応する。何を思いついたのやら。
「美味しいが欠点もある。植物にとって実を付ける行為は、自分達の子孫を残す為だ。人が赤子を産むのと同じで、とても体力を消耗する。それを魔力で無理矢理行う訳だから、やり過ぎると植物が枯れる。また急速に実らせると種が形成されない。種が無いと次世代の植物を育てられない。母は倒れ、子は産まれない、植物にとって良いことではない。エルフ内でも自分達の緊急時に仕方なく行う魔法だと認識されている。だから男爵、魔法で作った野菜で村興し、何て無理だからね。それが出来るなら、この国に食糧難の時代は来なかったよ。今は良くても次に繋がらないんだから」
そんなこと考えてないと慌てる男爵。子供達の視線が痛そうだ。
「実演を交えて長々と話したが、皆も理解してくれただろう。初心者は自前の種子を使う。慣れてくると現地の草木を利用する。適切に草木魔法を使うには、植物の知識を得て、自分の魔力を送れる距離と量を把握する事が必要だ」
マチューが締めくくり、日が傾いてきたから暗くなる前に屋敷へ帰ろうと大人達が話している。
子供達は集まって何やら相談していた。何かやる気だなとアンナは注視する。
やる事が決まったのかアリーが一歩踏み出し、皆から離れる。
「青々と、水を蓄え、天高く。飲めや歌えや、春を迎えて」
アリーは歌いながら両手に魔力を集めている。
「狂咲」
アリーは言霊と共に、両手の魔力を地面に叩きつける。
小さな手が地面に着いた瞬間、大きな音と共に地面が縦に揺れた。
揺れの反動で少し飛び上がるアンナ。マルグリットの悲鳴を聞いて、自分も出そうになるのを堪える。
どれだけの魔力を注いだんだろう。畑全体が揺れ、数秒間収まらなかった。
アリーの力を知っている人達は期待した。もしかして草木魔法が成功しているかも。
畑を見回してみたが、特に変化はない。先程マチューが実演した草と、成長途中で止まった植物が在るだけだ。
失敗かと皆残念がったが、初見のマチューは騒いでいる。
「なんだあの魔力量は。地中の植物を無理矢理動かそうとしていたぞ。反応する植物は無かったようだが、これは思ったより何とかなるかもしれない。お前達の娘は凄いな」
男爵とリリーに絡むマチュー。リリーは遠慮気味に喜び、男爵は自慢している。
賑やかな大人達と比べて、真面目に反省会をしている子供達。アンナはアリーに話しかける。
「失敗して残念でしたね。行けそうな雰囲気は有りましたが」
「畑に来る途中にあった草をクロエが知ってて、綺麗な花を咲かせるって言うから見てみたかったんだけど、駄目だったね。種が飛んできて無かったのか、私がその植物を知らないから失敗したのか相談してたんだけど、どう思う?」
本当に真面目に反省会をしていた。子供達の成長を感じたアンナは少し考え返答する。
「知識不足が原因でしょう。これからしばらくは勉強の時間ですね。後は、いきなり種から花へ成長させるより、蕾を作っている植物に干渉して練習した方が良いのではないでしょうか。段階を踏んでいくのも大事ですよ」
勉強という言葉を聞いて、明らかに嫌がるアリー。
挿絵付きの植物図鑑を持って来てるから一緒に勉強しようと励ますゲオルグ。
明日はこの辺を散歩して草木を見て回りましょうと誘うクロエ。
町の人にどんな植物が生えているのか聞きに行きましょうと提案するマルグリット。
アンナは子供達の個性を感じて微笑ましく思う。
他の大人達は子供を見ずに子供自慢をしている。どうせ今晩お酒を飲んだらその話をするんだろう。子の成長を見ないなんて勿体無い。後で自慢してやろうとアンナはほくそ笑んだ。
しばらく待ったがいつまでも移動しようとしない。
お腹が空いたし、温泉にも入りたい。旅行の日程は長く取っているんだ。喋る時間はいっぱいある。
喋り続ける子供会と大人会を、アンナは羊飼いのように追い立てた。
皆が去った後、マチューが植えた植物はゆっくりと成長し、翌朝には綺麗な黄色に色付いていた。