vs, ……え? Round.3
「ハァハァ……ししし死ぬかと思った」
後部座席へと回収された途端、涙目で喘ぎ怯えるシノブン。
ブルマ姿での内股ヘタリ込みが妙にエロいな。肢体の発育がいいだけに。
「胡蝶宮シノブ、改めて質問する。アナタが日向マドカへ固執するのは何故?」
「貴様! しゃあしゃあと何事も無かったように進展させるな!」
憤慨に喰って掛かる。
若干、キャラが壊れ掛けてるけど無理もない。あんな目に遭わされたら、誰だってそうなる。
「尚、回答を拒否すれば、再び宇宙遊泳へと戻す」
「おおお教えてやろう!」
一転して恐々と承諾した。
うわぁ、拷問のプロフェッショナルだぁ……クルロリ、恐ろしい娘!
「で、シノブン?」
「……シノブンやめい」
フレンドリーに努めるも、無下に応対される。
「ボクを捕らえて、キミは何がしたかったのさ?」
「貴様の〈ベガゲノム〉を解明する為だ」
「〈ベガゲノム〉なら、貴女にも備わっているはずでしょう? わざわざマドカ様に固執する理由が解りませんわね?」
「やはり認識していないようだな、ラムスとやら。日向マドカの〈ベガゲノム〉は特殊なのだ。〈ヒトゲノム〉と〈ベムゲノム〉の両性質を同等に共存内包する事など不可能。前例が無い」
ああ、そっか。
確かクルロリが、そんな事を言ってたっけ。
「つまり、目的は〈エムセル〉そのもの──それを解析するために、日向マドカの拉致を画策していた」と、クルロリが要約。
「ですが解析して、どうしますの? 第三種四価元素が備わっていない以上〈エムセル〉の再現は不可能。どう足掻いても、私達では〈金属生命体〉にはなれませんわよ?」
顎線へと指を添えて、ラムスが小首を傾げる。
「我が目的は、そこではない!」
「じゃあ、人間社会へと潜伏して、地球侵略の足掛かりにしようと目論んでいた──そんなところ?」
「そんな些事など、どうでもいい!」ボクなりの推測を口にした途端、癇癪的に吼えた。「ジャイーヴァ殿の目的は知らぬが、私の目的はそこではない! 斯様な画策をせずとも、我々〈ベガ〉が本気を出せば制圧など他易い事だ!」
ああ、そりゃそうか。
現行科学常識を覆す超常生命体の集団だもんね。
「じゃあ、キミの目的は地球侵略じゃないの?」
「誰が! いつ! 侵略目的だと言った!」
記憶を掘り返してみる──確かに、これまで『侵略』なんて一言も言ってないや。
シノブンに限っては……だけど。
「ってか、紛らわしいんだよ! キミの言動は! あんなに悪役然とされたら誤解するだろ!」
「勝手に誤解をしたのは貴様達だ!」
「じゃあ、目的は何さ!」
「私とて歩いてみたいのだ……渋谷とやらを」
「はい?」「ふぇ?」
予想外の独白を受け、間抜けた声をユニゾった。クルロリを除く二名が。
「ほほほ他にも〝ジェラート〟とやらを食してみたいし〝マルキュー〟とやらにも行ってみたい。それから〝スクィーズ〟とやらも欲しいし……それから……」
真っ赤になって吐露し続ける。鬱積した願望が止まらない。
「勝手に行けばいいだろ! 渋谷でも秋葉でも!」
「私は、人間形態になれんのだ!」
……うん?
「なれないの?」
「そ……そうだ」
「人間形態に?」
「そうだと言っている!」
ボク達のやりとりを傾聴していたラムスが、軽く困惑を浮かべる。
「確かに、総ての〈ベガ〉が〝人間形態〟になれるわけではありませんけれど……」
「元々、変幻自在な〈ブロブ〉には分かるまい……この歯痒さは……」
「シノブンってば、基は〝地球人〟じゃなかったっけ?」
「……地球人だ」
「じゃあ、何で〝人間形態〟へ戻れないのさ?」
「だから、腹立たしいと言うのだ! 貴様は! 自分が如何に特別か……如何に恵まれているかを自覚していない! 私が……私が、こんな体質になって苦しんでいるというのに、然も当然とばかりに変身変身と!」
「他に『蒸 ● 』もあるでよ? 生憎『バ ● ムクロス』とか『ゴーカ ● チェンジ』とかは無いけど」
「知らんわッ!」
サムズアップでボケたら、烈火の如く怒気られた。
「幼少の頃から〈胡蝶流忍軍〉の次期頭領として育てられ、来る日も来る日も厳しい修行の毎日──比較的自由となった高校生活で、ようやく日常デビューした矢先に、この体質だ!」
うっすらと滲む目に唇を噛んだ。
「つまり、こういう事? 普通の女子みたいに日常を楽しみたいけれど〈ベガ〉の異形性がネックで叶わない。だから、ボクの〈エムセル〉を解析して、その変身性質を手に入れたかった──って?」
「そ……そうだ」気まずそうに視線を逸らし、彼女は真相を紡ぎだす。「ジャイーヴァ殿は約束して下さったのだ。日向マドカを捕獲すれば、その変身プロセスを解明して授けて下さる──と」
「蓋を開けてみれば、何というか……結構、矮小な理由でしたわね」
「わ……笑いたくば笑え!」
「別に笑わないよ?」
「何?」
意表を突かれ、シノブンは驚きを見せた。
呆気とした表情で、ボクを凝視している。
「流行やプレイスポットって、やっぱ気になるもんね?」
「日向マドカ、相手は〈宇宙怪物少女〉……そのような一般的日常価値観とは無縁の世界に生きる異形存在」と、バックミラー越しの一瞥にクルロリが否定。
「仮に〈ベガ〉だって同じだよ。楽しいものはやってみたいし、話題のスウィーツなら食べてみたい。可愛いものには萌えたいし、下らない雑談をするダベり場だって欲しい」
そう断言して〝メイドベガ〟を見た。
視線に気付いて、彼女は軽い苦笑いに肩を竦める。
それは無言の肯定だ。
「結局〝地球人〟だ〈ベガ〉だ言っても、ガールズライフは宇宙共通マストって事だね♪ 」
満面の楽観笑顔で「てやっ ♪ 」とばかりにサムズアップ!
「理解不能」
クルロリは無表情ながらも、腑に落ちない様子だった。
「ねえ、クルロリ? キミなら〝エムセル解析〟って出来るんじゃない? 作り主なんだし?」
「確かに〈エムセル〉は、私が改造生成した特殊細胞ではある。けれど、解析応用の可能性は未知数」
「ふぇ? 何故さ?」
「大前提として〈アートル〉と〈モスマン〉では〈ベムゲノム〉が異なるから。殊に〈第三種四価元素〉は〝炭素情報〟と〝珪素情報〟の推移変質に特化している。〝炭素〟から〝炭素〟への変質は、また異なるプロセス。従って、適応は疎か応用すら可能か不確定」
「……簡単に言って?」
「出来ないかもしれない」
うん、シンプル・イズ・ベスト!
小難しい理論武装を剥げば、物事の真理なんてこんなモンだ。
「ただしジャイーヴァが行おうとしていた程度の解析は、多少の時間を費やせば充分に可能」
「って事は?」
「擬似技術での代用なら容易と思える」
「うん、それでいいよ」
ボク達のやりとりを聞いていたシノブンが、怪訝そうに訊ねてくる。
「貴様、何を言っている?」
「いや、だから協力するよ」
「何?」
「だって、そうすりゃシノブンも渋ブラできるんでしょ?」
「貴様、正気か? 私は〝敵〟だぞ!」
「敵じゃないよ?」
あっけらかんとした返答に、一瞬、シノブンは言葉を呑んだ。
そして、ややあって含み笑いを飾る。
「クックックッ……いいのか? これをきっかけに──私が〈エムセル解析情報〉を得た事によって、変身能力を得た〈ベガ〉が人間社会へと紛れるかもしれんのだぞ? そうなれば侵略の危険性が増し、結局は貴様が戦う事に──」
「またまたぁ~? 照れ隠しに悪ぶってぇ~ ♪ 」
「うううるさい! どうして貴様は……そうやって毒気を削ぐ……」
悄って口隠った。
何て言ったかは聞き取れんけど。
「それに平気だよぉ? 地球侵略しようって輩が、JKライフに興味抱くワケないじゃん。平和あっての日常なんだし ♪ 」カラカラと笑い流すボク。「それとも、シノブンはするの?」
「う……それは……」さすがに、二の句を詰まらせる。「……しない」
「あ! でもさぁ、シノブン?」
「……シノブンやめろ」
そこは頑として譲らないんだな。
でも、いつもより語気が柔らかい。
何故だろう?
何故かしら?
ま、いいや。
「一応、ひとつだけ約束してよ? エムセルの解析データはキミだけの秘密にして、他の〈ベガ〉には流通させない……って。ボクだって、戦闘頻度上がってJKライフ阻害されるのヤダもん」
「う……うむ」
戸惑いながらも瞳は真っ直ぐだ。
だから、そこに嘘はない。
「マドカ様らしいと言えば、それまでですけれど」献立レシピを閉じ、ラムスが平静に感想を述べる。「如何ですか? こういう考え無しで、楽観主義で、底抜けのお人好しは?」
意味深含んだ眼差しを、シノブンへと送った。
その示唆を受け、彼女は想いを噛み締める。
「ああ、前代未聞の馬鹿だな……コイツは」
「ええ。この前代未聞のおバカ者が〝私の家族〟ですのよ?」
「いま何つったーーッ! この豊乳メイドーーッ!」
「さて?」
ペロッと舌出し。
毎度ながらの姦しさを前に、シノブンは小さく呟いた。
「幸せ者だよ……オマエは」




