vs, ……え? Round.2
「乗って?」と、クルコクン。
「いや『乗って?』じゃないよ! 懐アニの『タン ● ー5』か!」
「なるほど。なかなか連絡が取れなかった理由は、コレの建造に時間を費やしていたから……ですか」
平然と受け入れるラムスへ「そう」とクルコク肯定。
「日向マドカ、時間が惜しい。早く乗って」
「……え? 乗るの? コレに?」
「日向マドカ、何を躊躇している?」
「渋るよ! そりゃ渋るよ! だって信頼度0%だもの、この機体! まだ〝時空を越えるデ ● リアン〟の方が説得力あるもの!」
「充分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない──SF小説家〝アーサー・C・クラーク〟の言葉ですわ」
ラムスはボクの脇をしれっと通り過ぎ、迷い無く後部座席へと乗り込んだ。そのまま広々空間で寛ぐ。
「じゃあ、わたしは本体で追うね ♪ 」と、モエルは何処かへと去った。
ポツンと取り残されたのは、決断を強いられたボクだけ……。
あれ?
これってば、ボクが乗車承諾する事を前提に進んでない?
ヤバくない?
「日向マドカ、アナタも早く」
ボクの懸念を無視した再強要。
うん……ヤバイッ!
「う~ん……でも……ねぇ?」
無駄な時間稼ぎに焦らす。
何とかして回避策を見出さねば!
「仕方ない。このままでは埒もないので、強行手段に出る」
「ふぇ? 強行手段?」
そこはかとなくイヤな予感。
戸惑っている間に、車体底部から左右二対のデッカいアームが出現した。
その先端には、これまたデカいラジオペンチ形状のハサミ。
フラミンゴの嘴みたいなヤツ。
タカアシガニの鋏を彷彿させる代物。
ソイツが月夜へと音も無く吠えた!
「え……っと?」
「日向マドカ、乗って」
「あ……あは……あははははは……」
強張った愛想笑いを浮かべ──一目散に脱兎!
陸上部助っ人で鍛えた脚力で脱兎!
「おとなしく乗って」
「アダダダダダッ!」
背後から捕まれた!
抵抗空しく!
ハサミの滑り止め蛇腹が、ギリギリと腹に食い込む!
そして、高々と持ち上げーの──後部座席へ放り投げーの──ドア閉まりーの──空飛んだ!
無音で急上昇しやがった!
住み慣れた街並みが、どんどんミニチュア化して離れていく!
小さくなっていく!
大通りで賑わうネオンは漆黒の凹凸に配列されたLED電球と点り、恰もボクを微笑ましく見送ってるようにも映った。
ボクの脳内に奏でられるのは『ウル ● ラQのテーマ』と、淡々とした〝石坂 ● 二〟のナレーション。
「開けてくれーーーーッ!」
絶望的な叫び声は完全遮音構造に呑まれ、誰にも届く事は無かった……。
軽く〈アブダクション〉じゃねーか!
コレも!
どの位の時間が経過したのかは分からない。
窓ガラス越しに映っているのは、視線すら吸い込むような漆黒の空間。そこに息吹く無数の光点が、慣性に委ねられて白線と流れ過ぎていく。とりわけフロントガラスに放射状と広がる流星群は、圧巻ながらも美しい。
並走飛行する巨大円盤は〈ジャイアントわたし〉の航行形態。
「ってか、車窓から見る景色じゃないだろッ! コレッ!」
荒れた!
とりあえず荒れた!
「このミニバン、宇宙飛んでるよね? 現在走ってるの、宇宙空間だよね?」
「日向マドカ、まだ誤認しているようなので再度訂正しておく。この機体は〝自動車〟ではない。地球の廃棄産物を再利用して、私が〈宇宙航行艇〉として新生させた物」
「単なる〝空飛ぶ中古車〟じゃんかッ!」
「マドカ様、運転席を御覧下さいませ」
文庫本の読書に暇を潰しながら、ラムスが示唆した。
「運転席ィ~?」
怪訝な心境ながらも、言われるがままに覗き込む。
すると、なるほど──確かにコンソール部には、自動車に不釣り合いなハイテク機材が組み込まれている。病院の集中治療室で見るようなグリーングリッドのモニターやら、明らかにボタン数の多い操作パネルやら。クルロリが握るハンドルだって左右分割に開かれ、ジャンボジェットの操縦幹みたいな形状へと変型していた。
「これだけの証拠を見せつけられたら、さすがに貴女でも〝現実〟として受け入れるしかないのでは?」
「う……うん。ってか、ラムス? さっきから何読んでるのさ?」
「コレは『おかずをクッキング』ですわ。今後の献立参考に」
「……この非日常空間で、平然とそれ読むか」
「毎日の献立、結構大変ですのよ? 栄養バランスを考え、尚且つ飽きられないようにレパートリーを増やさなければならない……。ヒメカやママさんに、粗末な物を御出しするわけには参りませんから」
「……あれ? ボクは?」
「貴女だけなら『雑草のマヨネーズ和え』で充分です」
「差別だッ!」
「差別ですけど何か?」
当然とばかりに言い切るし。
「う~ん……まあ、それでもいいや」
「はい?」
「美味しい食卓作ってくれるなら。キミの料理、毎日楽しみだし」
「それはどうも」
淡く微笑を含んで頁を捲る。
ボクは本題へと戻り、クルロリを問い詰める。
「で? こんなモン作るって、何処の工場でさ? それに材料だって……」
「大規模な工場は必要ないし、材料はいくらでもある。スクラップと呼ばれる廃棄物は、各部品単位で摘出すれば有益材料の宝庫。それを組み立てるにも今回程度の機体ならば、個人レベルの工房が在れば充分」
「個人的な工房? 何処さ?」
「アナタ達の街に、ひっそりと運営している〝橘モーターズ〟──顧客率が低迷して如何にも潰れそうながらも、何とか虫の息を繋いでいる摩可不思議な個人経営店。そこを閉店後に拝借し、地下へと工房を増設した」
「ぅおい!」
失礼なヤツだな!
店の設備借りといて!
「あそこなら電気供給設備もある上、工具の類も事欠かさない」
「そりゃそうだけど、よく〝橘のオヤッサン〟も協力してくれたね? それに、こんな突飛な話を理解してくれるなんて……」
「別に協力してもらってはいないし、理解してもらってもいない」
「ふぇ?」
「店の地下を次元拡張し、人知れず私単身で建造を続けていた」
「ぅおおぉぉぉーーいッ!」
知らぬ間に、他人の家へ住み着いていやがった!
イヤな座敷童子だな!
「しゃあしゃあと電気泥棒を自供すな! ってか、バレたら、どうするのさ!」
「心配無用。地下工房は次元拡張によって増築した空間──即ち、同座標軸の異次元。そこに在りながらも、そこには存在しない。通常の人間には、立ち入るどころか発見する事も叶わない。加えて、保険を懸けておいた」
「保険?」
「橘モーターズ店主〝橘昭二郎〟には記憶操作を施し、私を〝娘〟と認識させてある」
アブりやがった!
またアブりやがった!
このスルメ職人!
何かいろいろゴメン!
橘のオヤッサン!
「ところで──」と、献立模索継続のまま、ラムスが口を挟む。「──胡蝶宮様の目的は? 何か分かりまして?」
「あ、そうだよ! 結局、シノブンってば何も明かしてないんだけど?」
「未だ、何も。頑として口を割らなかった」
「ああ、その辺は強情そうだもんね……目的の絶対秘匿は、忍者の鉄則だし」
「なので、改めて訊いてみる。そろそろ目覚めたと思うから」
「ふぇ? そろそろ目覚めた……って?」
クルロリがハイテクコンソールのスイッチを入れると、カーナビだと思っていた小型モニターにとんでもない光景が映し出された!
アングル的に、このミニバン──じゃなくて〈宇宙航行艇〉の後方部だ。
バンパーにワイヤーで繋がれた蛾の巨翼が、暴風に晒されたゲイラカイト宜しく宇宙空間をバタフラっている。
「地球圏離脱の際、彼女も捕虜として転送しておいた」
「入れてあげてーーッ!」
見るに居たたまれない状況に、ボクは懇願を絶叫!
「心配ない。一応〈PHW〉は着せてある」
あ、ホントだ。
ボク達が拒否った〝ブルマ体操着型〟を着せられてる。
巨大な蛾の羽根を生やしたグラマラス美女が、ブルマ姿で宇宙空間を引きずり回される──シュールな画面だ。
じゃなくて!
「早く入れてあげてぇぇぇーーッ!」
再度、懇願絶叫!
どんなプレイだよ! コレ!




