vs, ブロブ Round.4
「さっきはオバケ扱いしてゴメン! メタルオバケ!」
いや、いまも言ってるけど?
「見てて判った……ヒメカを守ろうとしてくれているんだよね?」
ようやく判ったか、愚妹──そう思ったと同時に、不思議と心にパワーが涌き上がる!
それが心身を蝕む倦怠感を薄めていった!
「大丈夫! メタルオバケなら立てるよ!」
「ク……ッ!」
ダメージを堪えて這い起きようと試みる!
「だって、胸ペッタンだもん! 重くないよ!」
「ぅだらぁぁぁああッ!」
憤慨の奇声に立ち上がった!
どんな声援を向けてくれてんだ! この愚妹!
ともあれ、アホらしくも復活できた。
吹き抜けを仰ぎ睨むと、下半身を蛇身と化したメイドが垂れ迫っている!
「貰いましたわ!」
躊躇無くボクへと特攻!
玉砕覚悟の体当たりかと思いきや──どぷん──そのまま全身ゲル化してボクを呑み込んだ!
結果、頭だけ出した水饅頭状態。
「懐かしの〝風船おじさん〟かーーッ!」
足掻く!
必死コいて足掻く!
だけど、鉄拳も蹴りも内壁に沈むだけ!
ノーダメージに吸収されちゃう!
「クソッ! まったく効いてる様子がないじゃんか! まるっきり『暖簾に釘』だぞ!」
『マドカ、それを言うなら〝暖簾に腕押し〟か〝糠に釘〟だからね? 奇跡的に意味は通るけど……』
パモカからのツッコミ。
と、ボクは違和感を覚えた。
じわじわと身体が痛熱い。まるで全身灸みたいな熱さだ。
ふと視線を落とすと、僅かに〈PHW〉が綻びを生じている!
「しまった! そういえば〈ブロブ〉って、溶解捕食するんだっけ!」
「クスッ、その通りですわ」ボクの傍らにラムスの胸像が生まれる。「これは死の抱擁……云わば、獲物の犠牲へ哀悼を捧げたハグですの」
冷酷さを孕んだ柔和が耳元で死刑宣告。情欲めいた吐息が妖しい戦慄を感受させる。
「SFの鉄板設定まで踏襲すんな! ボクを抱きしめていいのはジュンだけだぞ! ……ってか、むしろジュンなら抱きたい……抱かせて!」
『何を口走ってるかーーッ! あなたはーーッ!』
「ふぎゃぺれぽーーッ!」「きゃあああーーッ?」
怒気を具現化したかのような電撃が、ボクとラムスを直撃した!
ってか、何だ! このプチ天罰は?
「ジュン! いつの間に放電能力なんかを?」
『んなワケないでしょ。これはパモカのリンクリモートコントロール機能──つまり私のパモカで、あなたのパモカを遠隔操作してバッテリー放電させたのよ』
「ふぇ? んな機能あったの?」
『私のは……ね。アプリを自作したから』
宇宙科学アイテムのアプリを自作って……さらりと言うけど、どんだけ秀才?
「ってか、何故そんな機能を?」
『あなたの脱線暴走を抑制するため』
「それって、おしおきをチラつかせた使役じゃん! 三蔵法師と孫悟空のシステムじゃん!」
『仕方ないでしょ。本当は私が直接目を光らせていたいけれど、一緒に前線へ立てないんですもの』
「ジュンの言う事なら、ボクは素直に聞くっての! 軽めのご褒美で!」
『軽いご褒美って……例えば「マドナ奢れ」とか?』
「ううん、揉ませて」
『逝けぇぇぇーーーーッ!』
「ふぎゃぺれぽーーッ!」「ひあぁぁうん!」
二人揃って意識がトびかけた。
『あ、なるほど。彼女は〝液状生命体〟だから、電導率が高いんだわ。これって有効策かも』
「ちょっと待って? 現形態のボクも電導率メッチャ高いんですけど? 全身金属なんですけど?」
『うん、知ってる』
いや、屈託なく明るい抑揚で「知ってる」って……そこはかとなく日頃の恨みを感じて、怖いんですけど?
『日向マドカ、危惧するには及ばない。パモカバッテリーの電圧では、死ぬほどの威力は無い。せいぜい、改造スタンガン程度」と、クルロリ。
「充分、絶対、頑として、イヤだよ!」
『星河ジュン、追加攻撃を要望する』
「ちょっと待て、クルロリリャレルラララレレリロパアーーーーッ!」「いやぁぁぁあああああッ!」
蝕む感電ダメージに、溜まらずメロンゼリーが飛び退いた!
そして、充分な間合いにメイド姿を再形成。
脂汗塗れに荒息を喘いでいる。
まあ、それはボクも同じだけど……。
「ゼェハァ……ねえ、大丈夫? 顔色悪いよ?」
「フ……フフ……どうやら貴女の奸計だったようですね。捨て身覚悟で起死回生を狙うとは、敵ながら見上げた覚悟ですわ」
「やりたくてやったわけじゃないよ!」
拭えぬ苦悶によろめきつつも、メイドベガは戦闘継続の意向に立ち上がった。
「正直、私の限界も近いようですわ……次で決着をつけましょうか」
「うん、そだね。ボクも限界だし」
双方思った以上に電撃ダメージは大きい。
だから、ボクも身構えた。
彼女の根性に応えるべく。
半身を斜に乗り出して重心を低く落とすと、脇腹に据えた右拳に力を溜める。空手部の助っ人経験が活きた。
ラムスの右肘先が半月刀形状へと変形。
「知っています? 高水圧の切断力は、ダイヤモンドすら切れますのよ」
「ああ……それ、そーいうのか」
よく見りゃ細かい刃が無音に高速回転している。
ウォーターカッターを応用したチェーンソー構造だ。
張り詰める緊迫!
そして、互いに間合いへと駆け出した!
「うりゃあぁぁーーッ!」「たぁぁぁーーッ!」
この一撃で雌雄が決する!
そう確信した刹那──「ダメェェェーーッ!」──不意に叫ばれた制止に、二人して突進を止めた。
声の主は、ヒメカだった。
「んしょんしょ……ラムスちゃんもメタルオバケも、もうヤメてよ! んしょんしょ……」
二階から降りて来ようと、天井からの大穴にへばりついている。その不格好な様は、まるで岩肌を下る子蟹。
「ヒメカ? あ……危ないですわよ!」
「そうだよ! 運痴なんだから来るな!」
「やだ!」
聞き分けなく「やだ!」じゃないだろ。この万年反抗期。
もともと激戦被害で無造作に破壊された跡だ。その断面は脆く崩れ易い。
それでも何とか安定した足掛かりを得ようと、悪戦苦闘していた。
ってか、そもそも二階の高さから飛び降りれるのか?
運痴のクセに?
「んしょんしょ……ヒメカは、どっちが倒されてもイヤなの! メタルオバケはヒメカを救けようとしてくれたし、ラムスちゃんは〝ヒメカのお友達〟だもん! だったら仲直りして! んしょんしょ……」
ヲイ、仲直りって何だ。
ボクとコイツは〝ティートモ〟じゃないぞ。
「甘ちゃんですわね」乾いた蔑笑でラムスが嘲る。「私は〈ベガ〉──〝宇宙怪物〟の類ですのよ? それを〝友達〟などと……戯れ言もいいところですわ」
「そんなの知らないもん! 友達だもん!」
「先程、私に襲われかけたのを御忘れ?」
「襲わないもん!」
「……え?」
「さっきは確かに怖かったけど、ラムスちゃんはヒメカを襲ったりしないもん! 絶対絶対絶ッッッ対に!」
ヒメカの主張に根拠なんか無い。
それは重々承知。
この子の性格は、よく分か……っていないかもだけど、性根はよく分かっているつもりだ。姉だし。
だから──「……ヒメカ」──ラムスからは戦闘意欲が完全に消え失せていた。向けられた想いを噛み締め、感傷的に佇んでいる。
「んしょんしょ……二人共、ヒメカはね……んしょ……ヒャア?」
崩れた!
言わんこっちゃない!
あのバカ、頭から落ちているじゃないか!
「ヒメカッ!」
条件反射で駆け出した!
その瞬間、ボクの顔脇を掠めて飛び込む物体!
視界の隅から追い越したのは、緑色の鉄砲水──ラムスだ!
全身液状化した彼女は落下地点へと溜まり、そのままウォータークッションと化す!
そして、見事にヒメカをキャッチ!
「ナイス! ラムス!」
早急に駆け寄って覗き込む。
メロンゼリーの表面に浅く沈んだヒメカは、目を回して気絶していた。
「ふみぃぃぃ~~?」
「ったく、この愚妹は!」呆れながらも、内心ホッとする。「ありがとね、ラムス」
「…………」
「ラムス?」
「……あ」
ボクの呼び掛けに、ようやく気が付いたようだ。
「まったく、つくづくお人好しですのね……貴女方、姉妹は」
取り繕ったような悪態。
しかし、これは〝敵意〟ではなかった。
うん、既に〝敵意〟は無い。
何処かへと投げ捨てられていた。
だから、ボク達が戦う理由も無くなっていた。




