vs, ブロブ Round.3
「貴女、妹さんでしたの?」
「そだよ?」
「では、御名前は〝日向ヒメカ〟と?」
「うん」
「……そう、妹さんでしたか。運命の悪戯ですわね──いえ、結果として幸運と考えるべきなのでしょうか」
伏せた眼差しが寂しそうにも映ったのは、束の間の友情が幻想と砕けたせいだろうか。
「どしたの?」
「残念ですわ、ヒメカ……こんな巡り合わせでなければ、素敵な友達になれたでしょうに」
眼前で徐々に液状化を始めるメイドベガ!
変質部位の体色が碧桂石色に染まり、もはや下半身はメロンゼリーの塊だった。
「心の底から嬉しかったですわ。一時でも素敵な夢を見られて」
「ひっ?」
異形の正体を目の当たりにして、ようやくヒメカも身の危険を実感したようだ。
「おとなしくして下さいませ。誓って、手荒な真似は致しませんから」
「いや……いやあ!」
だから、知らない人を家へ上げるなって!
幼稚園で習ったろ!
えぇい、もう!
世話が焼ける!
「毎度ーーッ! 来々軒アルよォォォーーッ!」
ボクは天井を突き破り、ミサイルキックを喰らわせた!
上半身にクリーンヒット!
まだ人間形態を維持していたせいか手応えあり!
「あうッ!」
床板をブチ破って、怪物メイドが階下へと墜落!
『ちょ……っ? マドカ、何やってるの!』
「アハハ、ゴメン。ボク的に限界だった」
空々しく謝っておく。
「さてと、言いたい事は山程あるけど……」
愚妹へ説教せんと振り返った瞬間──「アッチ行けぇ! オバケーーッ!」──ベチィィィンッ!
顔面に叩きつけてきたよ。教科書が詰まった通学鞄を。
「いきなり何すんだーーッ!」
「ふぇ……ふぇぇん! お姉ちゃ~~ん! うわ~ん!」
今度は琴線切れて泣き出したし。
「情緒不安定か! オマエは!」
「うるさいオバケ! 変な事したら、お姉ちゃんに言いつけるんだから! ヒメカのお姉ちゃん、胸ペッタンだけど強いんだからね!」
お姉ちゃん、目の前にいるからな?
後で覚えとけよ?
場違いな姉妹喧嘩が展開する最中、ボクの背後で床が噴き弾けた!
濛々たる爆塵の中で、粘液質の蔓が樹林と絡み伸びる!
「コイツ、やっぱり〈ブロブベガ〉か?」
粘液質の蔦が滴り混じり、再び〝メイド少女〟の姿を形成した!
「ようやく御会いできましたわね。私の名は〝ラムス〟と申し──」
「ああ、そういうのは別にいいよ。悪いけど〈ベガ〉の自己紹介とか興味ないもん」
無関心ながらに遮り、怪物との反目を交わす。背後に妹を庇いつつ。
とりあえず、ボクは裏拳一発で壁に大穴を開通。
そこを顎で指して、自分の部屋へと敵を誘った。
「どういうつもりですの?」
「この子は関係ないからね」
そう告げて、ボクはヒメカを一瞥。
「……なるほど」
淡い苦笑を含むと、怪物少女は素直に従う。
「ごめんなさいね、ヒメカ」
怯える瞳と擦れ違う瞬間、彼女は小さく呟いていた。
静かに優しく──そして、寂しく。
大口開いたボクの部屋は、闘技場へと役割を変えた。
臨戦体勢で警戒するボクに反して、対峙するラムスは貞淑な物腰に佇むだけ。まるで〝萌える草原で微風と戯れる文学ヒロイン〟だ。はたして自信に裏打ちされた余裕なんだろうか。
「正直、厄介な相手だなぁ」
ボクの懸念を拾い、ジュンが訊ねる。
『その〈ブロブ〉って、どんなヤツなの?』
「古典的なベムで、平たく言えば〝宇宙アメーバ〟だよ」
『要するに〈スライム〉みたいな?』
「それ、逆。ファンタジーの定番モンスター〈スライム〉は、実はSFモンスターの〈ブロブ〉をモデルにしているんだ。つまり、コッチの方が元祖」
『ふぅん? さすがに、その手の雑学は詳しいわね』
「趣味だもん。怪獣とかロボットは」
『……あなたって、つくづく男の子よね』
「どゆ意味さ! 全国のAカップに謝れ!」
『ああ、ゴメンゴメン! そういう意味じゃない。胸じゃなくて、趣味の事』
「そなの? じゃあ、いいや ♪ 」
『……男の子呼ばわりは拒否しないんだ』
「だって、好きなモンは好きだし♪ 」
『うん……まあ……あなたが良ければ、それでもいいけど……』
「ちなみに〝マックィーンさん家のスティーブンくん〟も戦ったよ?」
『その蛇足情報、要らない』
ごもっとも。
「それはさて措き──この娘は〈ブロブベガ〉だから、本家譲りの変幻自在性と、本家には皆無だった高度知性を兼ね備えている」
『そう考えると、確かに厄介ね』
ジュンとの思念会話を、不意にラムスが邪魔立てた。
「先程から仕掛けてきませんわね? ならば、こちらから行かせて頂きますわ!」
次の瞬間、彼女の右腕がスケルトングリーンの大槍へと変化!
凶暴な大蛇と化して突き迫った!
「うわっと?」
真正面から両腕で掴むと、根性任せに後退りを踏み止まる!
「ぐっ……まるで軽トラみたいな衝突力だな! んにゃろ!」
渾身の力で一本釣り!
本体を引き寄せる!
「きゃあ?」
可憐な華奢さが示す通り、パワーバトルに於いては非力のようだ。
為すが侭に体勢を崩して、ボクの間合いへと飛び込んで来る!
そこを後ろ蹴りで応戦──するはずが、虚しく空振り!
命中予定の腹部がグニャリと液状変質したからだ。
どてっ腹に風穴を開けた状態で、ラムスは冷たい柔和を微笑む。
「先程のような不意打ちならともかく、攻撃が予見できていれば造作もないですわ」
「この〝ミス・ブラックホール〟め!」
続け様に鉄拳を繰り出すも、同プロセスで避わされてしまう。蹴りも同様。
ありとあらゆる連撃がエクササイズでしかない。
「はい、ワンツー♪ ワンツー♪ ラララライ♪ 」
「って、何だーーッ! この『ビ ● ーズ・ブート・キャンプ』はーーッ!」
もはや化石のソロダンス……もとい攻防の刹那、ボクの赤眼へ向けて細い突尖が襲い来た!
長いもみあげが変質した錐だ!
「危なッ!」
鎌首擡げる刺突の奇襲を、間一髪で仰け反り回避!
そのままバック転に距離を取ると、硬度依存に屋根をブチ抜いて上空回避した!
スカートに仕込まれたヘリウムバーニア機能だ。
裾縁には布厚の極薄噴出口が設けられていて、そこから超圧縮ヘリウムを揚力と噴出している。超圧縮ヘリウムボンベは背面の腰部スロットへと装填。ハンディスプレー程度の大きさだから、ガサばる心配もない。
これらのテクノロジーは、有無を言わさず〈PHW〉が〝超科学の結晶〟たる証明だった。
ちなみにスカートは形状記憶繊維製らしく、バーニア噴出時には木地が硬く変質する仕様。だから、逆さバルーン状態に陥る事もない。男性読者には、お気の毒だけど。
そうでもなければ、ボクだって使わないよ。単なる露出狂だもの。
「飛行能力を御持ちでしたか……少々面倒ですわね」
滞空するボクを仰ぎ、ラムスは物臭そうに表情を曇らせている。
夜空から彼女を見定めると、眼下の情景がミニチュア化して自然と視野へ滑り込んだ。
あまりの精巧さに図らずも気を取られる──直後、今度はメイドベガの左腕が巨大な対空槍と繰り出された!
「うわっと!」
これも紙一重で回避!
顔脇を掠めて尖り伸びる弦蔦の巨束!
「煩わしく回避なさらないで頂けます?」
鈴音のような声にゾッとした。
すぐ耳元で聞こえたからだ!
いましがた避わした触手の槍から、ラムス本体が生えていた!
いや、触手と本体の位置関係が入れ替わった……と言うべきか。
彼女の上半身がボクの傍らに具現化し、下半身は巨幹と変化して部屋から支えていた。
ヌッとボクの顔を覗き込んだ愛らしい美少女が、小悪魔的に加虐心を微笑む。
「私、部位境界の概念がありませんの」
「……え? 無いの?」
「ええ、基本的に液状生命体ですので」
思考停止に戸惑うボクを、今度は巨大ハンマーで叩き落とす! 両手組みに融合変身させた代物だ!
「うひぃいい~~ッ!」
屋根を突き抜け!
二階部屋を貫通して!
一階キッチンの床にクレーターを刻んだ!
「グ……ウゥ!」
体内から軋む痛み!
あまりの衝撃に意識が霞む!
虚脱の視界に入るのは天井の破壊穴と、そこから覗ける夜空の瞬き。
「しっかりして!」
姿無き声援が聞こえた。
ポッカリと開いた天井の大穴からだ。
(ああ、ヒメカの眼前をブチ抜いたのか……)
朦朧とする意識で状況を把握する。
(あの子、無事だよね? 迸りで怪我してないよね?)
この状況でも、こんな事を考えてしまう……自分が笑える。
やっぱり、ボクは〝お姉ちゃん〟なんだな。
普段は鬱陶しい愚妹なのに。




