vs, ブロブ Round.2
我が家から少し離れた場所のモデルハウス──クルロリは、そこを合流場所と指定した。
到着したのは午後七時頃。既に開錠されていた。完全に不法侵入だ。
陽が暮れた事もあって、屋内は閑寂とした暗さに支配されている。当然ながら住人はいない。
で、リビングでの作戦準備。
「その後、状況は?」
ジュンが確認した。
「特に進展は無い。警察は疎か、近隣住人も状況を察知していない模様」
相変わらず事務的にクルロリが答える。
「そう、一安心ね」
「ってか、何を順応してるのさーーッ! こんな小恥ずかしい恰好させられてーーッ!」
「……それは言わないで」
現在、ボク達はクルロリからの支給品を着用していた。
つまり〝セーラー服〟──しかも、超ミニスカ仕様の夏服。
何故っ?
「これは〈ポータブルハビタブルウェア〉──通称〈PHW〉と呼ばれる多機能型環境適応活動服」
ボクの不平不満を拾い、クルロリが淡々と説明する。
「いや、どこからどう見ても〝セーラー服〟だよ! 全宇宙の野郎共が崇めるマストアイテムだよ!」
「見た目はそうでも、実際は諸々の特殊機能を備えている超科学産物。例えば超耐熱・超耐寒・超耐圧を基礎性能の設計思想とし、素材には高い衝撃分散吸収力を誇る特殊合金繊維生地。オプションのバイザーメットを被れば、約二~三時間は宇宙空間でも活動可能」
言い張るか!
「思いっきり露出してるだろ! 素肌!」
「大丈夫、クォンタムバリアコーティングを施してある」
「く……くおんた?」
「クォンタムバリアコーティング──特殊加工素粒子による有害物質遮蔽コーティングの事。簡潔に言えば、透明皮膜型粒子バリア。従って素肌に見えても、実質は素肌ではない。気密性も完璧」
……『ダーペ』かよ。
とりあえず高 ● 穂先生に謝れ。
「素直に宇宙服でも着せればいいだろ!」
「ネット情報で学習した──セーラー服女子高生は、普遍的に最強だ……と」
ドコのアダルトサイトだ!
無垢な朴念仁に、妙な誤認を植え付けたのは!
「ヤダヤダヤダッ! こんな肌露出の高い萌え衣装着て、スーパーヒロインごっこなんてイヤだ!」
「なら、別仕様もある」
「おお! あるんじゃん! なら、そっちで……」
「はい」
手渡された現物を見て、絶句に固まる。
「クルロリ? コレは?」
「別仕様の〈PHW〉。防御面は落ちる反面、運動性能は向上している」
「ブルマ体操着だろ! コレ! スパッツ世代には、もはや化石だよ!」
「ネット情報には、こうもあった──ブルマ女子高生も甲乙付け難い……と」
摘発してやる!
そのアダルトサイト!
「まあ、私も抵抗があるのは事実だけどね。二択ならコッチの方がマシかなぁ……って」
頬を赤らめつつ、ジュンが視線を逸らす。
「ってか、何でジュンまで? キミ、そもそも戦闘能力無いじゃん! 前線立たないじゃん!」
「うん、そうなんだけど……って、脚に頬摩りすなーーッ!」足蹴に怒気られた。「まあ、乗り掛かった船よね。あなたと一緒じゃないと、なんか気分的にイヤだし」
「はぅぅぅ……」至福に鼻血噴いたよ。「そそそそれって、告りだよね? マジラブだよね?」
「違う! 罪悪感的な問題!」
何だ、違うのか。
ジュンと一緒なら、それでもいいけどさ。
「で、どっち?」
クルロリが現実へと引き戻し、コクンと小首を傾げる。
「……スイマセン、コッチで」
悄々と〝セーラー服〟を選択した。
どんな『どっ ● の料理ショー』だよ! コレ!
「では、現在までに把握した情報を伝える。まず、日向マドカの母親は外出中」
「あ、お母さん出掛けてんだ? ラッキー!」
「けれど、家宅内には人質が一名──アナタの妹」
どんなサプライズかましてくれてんだ。あの愚妹。
毎回毎回〝人質〟って。
「マドカ、気持ちは分かるけど軽率な行動は厳禁よ」
「言われなくても分かってるよぅ」
「今回は日向マドカによる単独潜入が、最も効率が良いと判断」
「ちょ……ちょっと待って! マドカ一人で行かせるっていうの?」
無謀とも思えるクルロリの策に、ジュンが抗議する。
一方で、ボクは「ああ、なるほどね」と楽観的に納得。
「マドカ? あなた、まさか?」
「平気平気。むしろ今回は自分家だから、確かに勝手知ったるナントヤラだもん。ボクの全身鋼質化なら、正体が気付かれる心配も低いしね。そういう事でしょ?」
ボクの確認にクルコク。
「じゃあ、せめて可能な限りサポートするから。遠隔位置だから心許ないけど」
「うん」
「方向性は纏まった。これより作戦実行へと移行する」
クルロリが事務的に促す。
こうして『愚妹救出作戦第二号』が決行される運びとなった。
屋根裏を匍匐前進する。
さすがに蜘蛛の巣やらネズミの死骸やらは無いけれど、気分的には宜しくない。埃塗れになるし。
鋼質化をしていなかったら抵抗感がスゴいだろう。
とりあえず〝ル ● バ〟の気持ちが分かった気もする。
やがて目的位置に着いた。
ヒメカの部屋の真上だ。
クルロリからの事前情報はドンピシャリ。
梁から覗き込むと、見覚えのあるロングボブ娘がいた。
「あ、ヒメカだ」
『状況は?』
ボクの呟きを拾ったジュンが確認する。
胸ポケットに忍ばせたパモカは、ハンズフリーモードの脳波通信仕様にしてある。故に彼女の声が聞き取られる心配はない。
「う~ん、それがねぇ?」
『何よ? 歯切れの悪い』
「ティータイムしてる」
『は?』
「だから、ヒメカと〈ベガ〉で、お茶してるんだって。お菓子を摘まんで」
『友達との女子会か!』
「ボクに言うなよぅ」
梁から覗き見る眼下では、ステンレス盆へ盛り付けられたケーキをヒメカが摘まんでいた。
「このシフォンケーキ、おいし~い♪ 」
「御褒めに預かり光栄です。勝手にキッチンや材料を拝借した事については申し訳ありませんけれど」
「そんなの別にいいよぉ?」
いや、よくないだろ。
知らない人を易々と家へ上げるな。
そして、警戒心も無く不審物を食うな。
こちらの困惑も知らず、和やかムードに語らう人質と籠城犯。
にしても、何考えてんだ?
いや、あの〈ベガ〉もだけど……むしろ愚妹の方!
すっかりティートモと化したメイドベガは、やがて丁重に頭を下げた。
「ヒメカ様、申し訳ありません。とりあえず手近な庭先へと逃げ込んだだけなのですが、まさかタイミング良く御帰宅されるとは……」
あ、ボクの家とは知らずに飛び込んだんだ?
表札も見ずに?
だとしたら、神様は性根腐っとる。コレってば、かなり低確率の偶然だぞ。
「別にいいよぉ?」
シフォンにパクつきながら、屈託無く笑うヒメカ。
いや、よかねーよ!
どんだけ迷惑掛けてんだ!
「それに、シャワーまで貸して頂いて……」
貸したんかぃ!
大丈夫だろうな? 家の風呂場?
粘液でドロドロになってないだろうな?
ヤダぞ? 今晩はローション風呂なんて!
「だって、小枝や土埃塗れで可哀想だったんだもん」
「申し訳ありません。執拗に追われて、庭先や路地裏を逃げ惑っていましたから……」
随分とバイタリティー漲るお巡りさんに目を付けられたモンだな。ご愁傷様。
「だから、別にいいよぉ。そのお礼として、このお菓子作ってくれたんでしょ?」
「え……ええ、それはまあ」
「ヒメカ、これ好き」
「え?」
「あなたが作ったお菓子、とってもおいしいの。フワッと優しい甘さなの」
「そう……ですか」小さく含羞むメイドベガ。「初めてですわね──誰かに『おいしい』と誉めて頂けたのは……」
「ふぇ? 誰にも食べさせてないの? こんなにおいしいのに?」
「ええ」
「家族や、お友達にも?」
ヒメカの率直な質問に、メイドベガは愁いを落とす。
「……いませんもの。そうした人は」
儚い陰り。
正直〝何〟があるのか知らないけれど、この娘にはこの娘なりの〝何か〟があるんだろう。
「ふぅん?」
キョトンとパクつく愚妹。
ってか、オマエは他人の機微も嗅ぎ取れないのか!
姉ちゃん、情けなくって涙出てくらぁ!
「じゃあ、ヒメカが〝最初のお友達〟だね?」
「……え?」
戸惑っている。
無理もないけど。
我が妹ながら突拍子も無いな。
「友達……ですか」
淡く微笑みを携えていた。
嬉しそうな微笑を……。
心温まる友情の萌芽。
ってか、キミ達〝籠城犯〟と〝人質〟だよね?
何でハートウォーミングな展開?
「でも、何で逃げ回ってたの?」
「私、ある方を探しておりますの。その矢先、警察から不審者扱いされまして……」
「へぇ? ヒドいね?」
警察、一方的に悪者扱い。
ってかコイツは、絶対に何も実感してない。
シフォンの味覚脱線ながらに、テキトーな相槌をしてるだけだ。
……だって、ボクの妹だもん。
「ところで、ヒメカ様?」
「もう〝ヒメカ〟でいいよぉ」
どうして籠城犯相手にフレンドリーだ。オマエは。
「では、その……ヒメカ? この辺りの住人で〝日向マドカ〟という方を御存知ないでしょうか? 私、その方を探しておりまして──」
「胸ペッタン?」
「はい?」
うぉい!
いきなり何を口走ってんだ! この愚妹!
「だから〝日向マドカ〟は、ヒメカのお姉ちゃんで、胸ペッタンなの」
「胸、関係ない」
『私のを取るな』
屋根裏で呟いたら、専売特許者からツッコまれた。
それはさて措き、どんな識別法を教えてくれてんだ! アイツ!




