vs, モスマン Round.1
とある日曜日、深夜──或いは月曜日の早朝とも言う。
その日、ボクは鋼になった。
精神的に打たれ強くなったという意味じゃない。
そんな比喩表現じゃなく、文字通り〈鋼鉄〉となったのだ。左腕だけ。
「むう~~?」
寝ぼけ眼で、まじまじと左腕に見入る。
鏡面然と反射する鋼の腕に、快活少女の弛緩した顔が映り込んでいた──つまり〝ボク〟こと〝日向マドカ〟だ。
「……夢?」
んなワケない。
自己発言だけど、んなワケない。
とりあえず指で弾いてみる。
「……硬い」
次第に覚醒してきた意識が、徐々に理不尽な現実を脳髄へと叩き込んできた。
「……え? え? ええぇぇぇ~~~~?」
ようやく事の重大さを認識!
すぐさまベッドから跳ね起き、ドタドタと姿見の前へと駆け寄ったよ!
そこに映り出されるのは、当然、見るからに快活そうな少女──くどいようだけど、つまり〝ボク〟だ。
クリッとした瞳は曇り無く、真正直な気質を宿している。それにふっくらとした桃のような頬肉が相俟って、若干の子供っぽさも滲み出ていた。腰丈まで伸びるロングヘア──いまは就寝時故に解いているけど、普段は襟足から一条の編み下げに纏めている。ボクのチャームポイントだ。
タンクトップブラにショートパンツという霰もない格好は、ラフな解放感を好むボクの寝間着。生える四肢は運動能力に秀でながらも筋肉質に非ず、猫科のようなしなやかさを帯びて健康的だ。
慎ましくも貧しい双丘は……まあ、措いておく。相変わらずのコンプレックスだし。
って、自賛的な自己描写している場合じゃないな。
うん、腕だよ! 腕!
肩口から指先まで見事なまでにメタリック!
「まるでサイバーアームじゃん!」
無論、ボクは改造手術を受けた覚えなんか無い。
十六歳という青春真っ直中の身空で、生身の身体を手放した覚えなんか無い。
「どゆ事? これって、どゆ事さ?」
狼狽ながらに、グッパッと握り具合を確かめた。
感触はある。正常だ。
そうは実感しつつも、ますます混乱は募るばかり。
「けど、何か違うぞコレ? サイバーアームにしては、細部の違和感というか相違点というか?」
SF作品を参考にするなら、サイバーアームの各部位は主に筋肉や関節に沿ってパーツ分割されているのが定石。それに関節部なんかはモーターギアを始めとして、諸々の機械部品が露出しているはずだ。
だけど、この銀腕には、それらが見当たらない。
機械特有のロボット然とした武骨さが無い。
要するに一体成形で、しなやか過ぎるのだ。
どちらかと言えば、銀メッキを施したマネキンとか彫像を彷彿させた。
「え……っと、これらの情報を統括するに?」
イヤな予感しかしないし、あまり再認識したくない。
けれど、そうとしか考えられない。
「コレ、ボクの腕ーーっ? ボクの生身が、そのまま鋼へと変質したのーーっ?」
驚愕の絶叫。
導き出された可能性は、ホント無情。
「ってか、何で関節曲がるかな? どんな材質構造?」
考えても解るはずがない。
だって〝ボク〟だもの。
勉強、大キライだもの。
「心当りは……あるな」
うん、ある。
ひとつだけ、思いっきり因果関係がありそうなのが。
どちらにせよ進展は学校へ行ってからだけど。
と、部屋の外に人の気配を感じた。
「……ん~、お姉ちゃ~ん! うるさいよ~?」
妹の〝ヒメカ〟だ。一歳年下。
「へ? ああ、ゴメンゴメン」
チラリと時計を見ると、まだ時刻は午前四時。
いくら月曜日の早朝とはいえ、登校時間にも起床時間にも早過ぎる。
「こんな朝方に何を騒いでるの~……?」
「あ……えっと、ね? ん……と」
適当な言い訳を探す。
とりあえずは入って来て欲しくない。
「徹ゲー! 徹ゲーしてた!」
「ゲーム? 徹夜で?」
「そうそう! クソゲーサイトでダウンロードしたんだけど、これが激ムズでさ? うるさかった? 起こして、ゴメンね?」
「そんなに難しいの?」
「うん、そうそう」
明るい抑揚を出すために笑顔を繕っているものの、ぎこちなく強張ってるのが自覚できた。頬を伝うのも、イヤな脂汗だし。
「ジャンルは? 何?」
「あ、ジャンル? ジャンルね? えっと……」
変に喰いつくなよ。そこは。
「シミュレーション! うん、戦略シミュレーション!」
もう心此処に在らずで繋ぐ。
自分が何を口走ってるかも定かになく繋ぐ。
ってか、さっさと寝ろ!
お姉ちゃんが許すから、安らかに二度寝しろ!
「じゃあ──」
ふぇ? じゃあ……って?
「──ヒメカもやる」
しまったぁぁぁーーーーッ!
逆効果だったかーーーーッ!
何を眠気も吹っ飛んだ爽やかな宣誓してんのさ!
次なる展開を予見して、ボクはドタバタと扉をバリケードする! 自身の体を張ってバリケる!
「ねえ、開けて! ヒメカもやるってば!」
背中越しに伝わるドンドンと叩く振動の強い事。
ホラー映画の異常殺人鬼か。
「いや、自力でクリアしたいから!」
「無理だよ」
……引っ掛かる言い種だな。
「お姉ちゃん、そういうゲーム苦手じゃん」
何で、このジャンル言っちゃったかな。ボク。
「数字とか数式とか苦手じゃん。細かい思考とかもキライじゃん。頭使うの全般的にダメじゃん。だから、この間の小テストも二十四て……コホンコホン」
「いつ見たーーっ?」
隠してたのに!
誰の目にも触れないように天袋へ隠してあったのに!
ってか、ボクの部屋を家捜ししたって事だろうが! それ!
「ま、それは措いといて」
措くな! しれっと!
「ヒメカの方が全然得意だよ? ねえ?」
「大丈夫! 苦手、克服した!」
「じゃあ、二人でやればイージークリアだね」
どうして〝仲良し協力プレイ〟が大前提だ。この子。
「寝なよ! 学校に響くよ?」
「お姉ちゃんは?」
「ボクは平気! 大丈夫! 体力には自信があるから!」
「じゃあ、ヒメカも大丈夫」
ああ言えば、こう言う。
古今東西、妹ってのはこういうモンなのか?
まあ、人一倍好いてくれている点は、時として可愛いくもあるけど──今回ばかりは完全に裏目ってるし!
「寝なよ! いい子は速やかに寝なよ!」
「いや」
屈託なく「いや」じゃないだろ。
「寝なよ!」
「やだ」
「寝ろってば!」
「やだってば」
「寝ろってば寝ろ!」
「寝ないったら寝ない」
「寝ーーろーーーー!」
「寝ーーなーーいーーーー!」
「寝ぇぇぇろぉぉぉぉぉーーーーッ!」
宛ら『フラ ● ダースの犬』の最終話ばりに絶叫した直後──。
「うるさーーーーい!」
寝室から、お母さんの怒声!
「アンタ達、いま何時だと思ってるのーーッ!」
ボクとヒメカの不毛な口防戦は、お母さんからの一喝で強制休戦となった。
ついでに言えば、ご近所界隈も叩き起こしちゃったようで……後日、お母さんは大変だったみたいだよ。
うん、ボクのせいじゃない。
全ては聞き分けないシスコンと──この鉄腕のせいだ。