なな の に
さて、公爵邸。
決して派手ではないが上品な調度品の並ぶ廊下を案内されてシグルズは応接間に通された。
「兄さま!」
中に入ると赤子を抱いた妹に出迎えられた。まだ、公爵は帰宅していないと言う。王宮の方が近いのだが、これから話すことの内容は、家族の問題についてで、余りに人に聞かれない方がよいと考えたのだろう。
忙しい身でありながら時間を捻出したのは娘のため。噂通り政略結婚で妻となった妹は大事にされているようでシグルズは安堵した。
応接間に通されて数分後、
「お待たせして、申し訳ない。」
人好きする笑顔の美丈夫が入ってきた。少し窶れているように見えるのは彼が仕事を終わらせるために無理をしたせいだろう。
彼の容姿や肩書きを知り頬を染めぬ令嬢はいないだろうなとシグルズは思った。ソファに座る当主を確認するとまず彼は目の前に座る義弟に頭を下げた。
「最初に申しておきます。ラーゼフォン公爵閣下、妹を大事にしていただいて、グランベルム侯爵家の者として心から感謝しております。妹は家族にとって大事な存在ですが、外面のいい食欲魔人。妹の人となりを隠して嫁がせたことに心からの謝辞を。」
兄の言葉に固まるビエラ。
「……兄さま、酷くない?」
話し合いは数時間に渡り、途中晩餐をはさんだ。
シグルズは、久しぶりに会う甥っ子達の成長を感じた。そしてビエラの言うようにブランジェは美しい赤子だった。考えてみればグランベルム家に繋がる家には女児が少ない。
一族皆が生まれた女児を大事にする。ラーゼフォン家でもブランジェは兄達から溺愛されているようだ。
「私に出来ることなら、いつでも相談にのります。」
シグルズは、帰りがかなり遅くなったが家族の待つ屋敷へと帰って行った。
ラーゼフォン公爵家、夫婦の寝室にて。
「さて、息子達にもブランジェのことを教えなくてはな。」
「そうですわね、『女神堕ち』と言うものの本質が分かった以上、私達がブランジェを守らなくては。」
隣の子供部屋で眠る娘を思う。
「義兄上が君を愛してくれていたからこそ、彼の研究は公には出来ないモノになったんだな。」
ビエラは、『学園始まって以来の秀才』とまで言われた兄が『女神堕ち』と言う研究分野を選んだこと、金にならない研究をしていることに対して嘲笑されていることを知っていた。
何故もっとお金になる研究を選らばないのと聞いたこともあった。シグルズは曖昧に笑って家族のためと言った。
お金にならない研究はグランベルム家の潤沢な資金をあてにした貴族の道楽と嗤う者がいたのも事実だ。
シグルズが自身の研究を大々的に公表出来なかったのはビエラのため、しいてはこれから生まれてくる一族のためだった。いつかビエラが自身や子供の『女神堕ち』について悩む日が来たとき全てを話し、導くのが自分の仕事だとしていたのだ。
「シグルズ兄さまは、『女神堕ち』について今以上の情報を流さないことで私達を守ってくれていたのね。」
『女神堕ち』の研究をしていながら、発表する場もない兄。養子に迎えた義兄テセウスの子の教育費以外実家から援助は受けていない。図書館勤務だけの収入では貴族社会で生きていくのは難しく、社交も家族の協力がなければレイズナー伯爵家は没落していただろう。(グランベルム侯爵家がそうはさせないと思うが。)ビエラは、レイズナー伯爵家の窮状に自分が関わっていたと知った今、この恩をどうやったら返せるのかと夫に凭れながらビエラは泣き声で言った。
「ビエラ、公爵領にある君の土地なんだが、」
グランベルム侯爵家から嫁ぐ際に譲り受けたビエラの土地。ラーゼフォン公爵領とも一部接している小さな領地。
「はい。」
「あの土地の管理を任せていた者が隠居を願い出てね。」
ビエラの頬が緩む。
「管理者として義兄上夫婦に住んでもらうのはどうかな?」
小さな領地ではあるが、良質の温泉が湧く。ラーゼフォン公爵領と接すると言うことで貰った土地だったが、
「あの土地は兄さまにこそ、相応しい土地ですわ。」
テセウスと違い魔力は多いが、体が弱かったシグルズは幼い頃よく療養に来ていた。彼の孤独を癒すために町には大きな図書館があり、“本と湯の町”なんてのを売りにしているのだ。
「嫁ぐ時、あの土地はシグルズ兄さまのではと言ったことがあります。」
その時も兄は笑って、
“いずれお前は母上のように沢山の子宝に恵まれるから、家族で訪れる憩いの場所にすればいい。”
と言っていた。
今更ながら兄の愛情を感じたビエラであった。




