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六話

 結論から言うと、先輩は赤点をとった。

 本人としては満足の結果らしい。テストが返却された日にこにこしながら「赤点、数Ⅱだけだったぜ」と報告された。

 普段赤点取りまくっているにしては頑張ったのかもしれないけど。赤点は赤点なのでそこらへんはきっちり奢って貰わないとね。



 三月にしては異例なくらい温かい良い日だ。

 待ち合わせより少し早い時間について、ぼんやりと人通りを見つめる。

 デートだと私は思ってるけど、向こうはそうじゃない。とびきり可愛い服を着ていきたい乙女心はあっても、あんまり甘すぎる服でもいけないから選ぶのは大変だった。

 スカートはシンプルな白。けど、腰回りはタイトで、膝上からフレアたっぷりのシルエットが可愛くて一番のお気に入り。スカートの甘さを押さえる為に、あえて外してスニーカーを選んだ。

 二日前から旅行へ出かける緋乃と一緒に、服をかき集めてファッションショーを開催して選び抜いた服は、「可愛すぎない程度に女の子らしく」がコンセプトだ。

 普段はつけない装飾品も身につけて、どうせ気が付かれないだろうけど爪だって磨いてつやつやにしている。

 

 先輩は十分前にやってきた。


「あ、隼人先輩こっちです」

「……わ、」


 先輩が目を見開く。

 後ろに何か? と思って振り返るけど、普通に人がいるだけだ。


「先輩?」

「あ、や、その、結城がスカートって珍しいと思って」

「ご存じないようでしたらお伝えしますけど、女子の制服はスカートなんですよ?」

「ま、まあ。それはそうなんだけど、ほら、この前は違っただろ」

「はあ。そんなスカートのイメージないですか? 手持ちはスカートの方が多いんですけど」

「そっ、そうじゃなくて、だな……」


 というかこの前の写真部の集まりで着ていた服を覚えていたのが意外だ。


「じゃあ、そろそろ行きましょう」

「その! に、似合っ、て、る……!」


 私が提案するのと先輩が言葉を振り絞るのはほぼ同時だった。

 ぽかん、としてしまう。褒め慣れていないらしいその顔はすごく真っ赤で。……誰かに女子の服装は褒めておけとでも習ったのかな。


「……ありがとうございます。先輩も格好いいですよ?」


 そんなことは言っても、やっぱり好きな人に褒めてもらえるというのは嬉しい。ふっと笑みが零れた。


「けど、今日マフラーするには暑くないですか?」

「ゆっ、ゆ、きが」


 雪? いや、今日は温かいし、予報で見た限り雪は降らないけど……。

 口元に手を当てて驚いたように一歩後退する先輩。


「ゆ、結城が、笑った……!」

「いや、笑いますよ。人間ですもの」


 そんな衝撃の事実……! みたいな言い方をしないでほしい。


「確かに無表情が多いかもしれないけど私だって普通に笑います。過去に何かあったわけでもあるまいし。お笑い番組とか大好きですよ? 爆笑しながら見てます」


 そう伝えると「結城が、爆笑……?」と困惑を張り付けたような顔をされた。スカートの件といい、やはり、私達の認識に大きな齟齬がある気がする。


「というか私一回も笑ってません?」

「うん」

「意外です。先輩と居るときはいつも楽しいのに何でですかねー」

「っ!」


 恋してるせいで緊張してるのが表情筋に影響してしまったのかな。恋してると可愛くなると聞くし、プラスに作用してくれればいいものを何故私の恋心はマイナス方面に働くんだ。

 ぱっと見上げた先輩の顔が赤くて驚いた。

 

「先輩、熱出てます? 顔赤いし、なんか今日ワンテンポ反応が遅いし、マフラーも巻いてるし。無理しないでください。また後日でもいいですよ?」

「…………顔が赤いのは、結城のせいだろ」

「私のせい?」

「なんでもない! 少し風邪気味だけど体調は悪くないぜ!」


 いや、今私に責任押し付けようとしてませんでしたか?

 誤魔化す先輩につい、半眼を向けてしまう。


「まあまあまあ! 気にするな。行こう!」

「はあ」


 まあ、いいか。




「……甘い物は好きなんです」

「おう」

「量食べられないだけなんです……」

「結城のやつも旨かったぜ! 俺は二つの味を食べて満足だ」

「うう、ご馳走様でした。残してすみません」

「気にすんなって」


 せっかくのパンケーキは食べきれなかった。

 私も最初は量食べられないことが分かっていたから小さめのを頼もうとしていたんだ。けれど、限定30食のプレミアムパンケーキが、すごく美味しそうで。

 ラスト一つですが、注文されますか? なんて聞かれたら誘惑に負けてしまう。ふわっふわで三段重ねという見た目も悪い。一度くらい食べてみたいと思うじゃないか。

 美味しかった。本当に。クリームも濃厚なのに後に引かずさっぱりと口の中で溶け幸せな気分になった。

 だからといって食べきれるわけもなく、ふわふわなのも相まってお腹にたまるそれを一段目にしてリタイアしてしまった。


 先輩が甘い物が大好きで、なおかつ胃袋が大きくて良かった。自分のパンケーキを食べた後私の分までペロリと平らげてくれた。

 こういうことされると少しときめくのは私だけだろうか。無駄に好感度を上げていかないで欲しい。


「植物園行きのバス来ませんね」

「出る前に時間調べておけば良かったな」


 私たちはこの後、最近リニューアルした植物園に行くことになった。先輩から「パンケーキ行くだけにわざわざ出るのもなんだし、行かないか?」と誘って貰えたのだ。

 次の部内写真コンテストの題が「植物」だからついでに見に行きたかっただけだろうけど、私は少しでも長くいれることが嬉しくてたまらない。


「いやぁ、結城は大声出せたんだなあ」

「人間ですからね」


 さっきからそればっかり。パンケーキにはしゃいでいた私がそんなにおかしかっただろうか。先輩と一緒だったから余計にテンションが上がっていたんですよ。そもそも大声っていうほど大声出したわけじゃないんだけど。


「すっごく喜んでたなぁ。ふわっふわです! って。くくくっ」

「いい加減笑うの止めて下さい」

「悪い悪い。いやぁ、可愛かったなって」

「…………どーも」


 ほんともう先輩は軽率にドキドキさせるのをやめて欲しい。うっかり心臓が動くのを止めそうになる。

 バレるわけにもいかずにわざと不機嫌な顔を作った。


「お、バス来たんじゃないか?」

「みたいですね」


 信号待ちのバスには植物園行きと書かれている。

 パスを取り出していると、先輩がまたくつくつ笑い出した。


「しかし、ほんとお前甘いもの好きなんだな」

「しつこい上にウザいです」

「うざ、結城ぃ!? それは酷くないか!?」

「おっと失礼、本音が漏れすぎました」

「知ってるか結城。こういうときは誤魔化したりするんだぞ」


 神妙な顔して言う先輩に、「勉強になります」と返しておいた。





 植物園を回り終え、私たちはまた学校近くまで戻ってきていた。


「結構歩いたな。疲れてないか?」

「いいえ。ヒール履いてこなくて良かったです。先輩は?」

「俺も全然疲れてないぞ。あー、でも履いてくる靴のことまで考えてなかった。事前に決めとくべきだったな」

「そうですね。奇跡の確率ですけど先輩にもしも彼女が出来たらこういうことまで気を遣ってあげて下さいね。あっ、もしも出来たらの話ですよ。可能性としてっていうか。……いいですか、もしもですよ?」

「そんな念押ししなくても分かってるつの……」


 可能性は低いですよ、どーせ、とむくれられた。パンケーキで散々からかわれたのでちょっとした意地悪です。


「日も暮れてきたし送ってく」

「ありがとうございます。今日、本当に楽しかったです」

「俺も」


 そんな三文字で胸が満たされるのだから恋する乙女は単純で良い。


 学校の前を通り過ぎたとき、不意に先輩が止まった。


「隼人先輩……?」


 何が見えるんだろう。先輩の視線を、追う。

 ひゅっと息を飲んだ。だって、そこに居たのは。


「ねーぇ、こたろー! 報告するの楽しみだねぇ!」

「……俺は少し緊張している」

「大丈夫大丈夫! みんな絶対喜んでくれるから!」


 ーーーー緋乃と、小太郎さんだった。

 腕を組んで恋人らしくくっついている二人は幸せそうに笑う。

 どうして。まだ、旅行中のはずじゃなかったの……?

 周りには人が居ないから、二人の声がよく聞こえて。


「ふふふ、自慢するんだー。夜景の見えるレストランでプロポーズされたんだよって。きゃーっ、羨ましがられちゃう」

「まあ、緋乃の願望は全部叶えたいと思ってるからね」

「もー、こたろーイケメン! 愛してる!」

「俺も愛してるよ」

「んふっ」


 ああ、小太郎さんプロポーズ成功したんだ。いや、成功するに決まってると思ってたけど。私も大分相談に乗ったからすごく感慨深い。緋乃の理想のプロポーズを聞き出したり色々。気づかれないかドキドキしたけど鈍感な緋乃が気が付くわけも無かった。

 そうか。結婚するんだ。小太郎さんと家族になるんだ。

 嬉しい。すごく、嬉しいのに………………喜べない。だって、だって。隣に先輩がいるから。緋乃の事が好きな、私の好きな人が瞳を揺らして二人を見ているから。

 視線を落とした先輩と目が合う。途端にその顔がくしゃりとゆがんだ。私は、どんな顔をしていたのか、分からない。


 二人の声が遠ざかり、角を曲がって見えなくなる。同時に、先輩が座り込んだ。

 私はどうしたらいいのだろう。

 涙は出ないけど泣きたい気持ちで目を閉じた。



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