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五話

 

 朝、遠目に先輩の姿が見えて立ち上がった。前日に連絡していたからすぐに気が付いた先輩が駆けてくる。

 待っていた場所は小太郎さんの喫茶店近くのベンチだ。

 バス通の先輩と徒歩の私の合流地点がちょうどこの辺りなのだ。


「悪い、待ったか?」

「いえ、今来たところですよ」

「なんかデートみたいなやりとりだな!」


 ふははっと笑う先輩の靴を軽く蹴った。

 軽率にそんなこと言わないでもらえますか!


「おう、どうした……。なんか機嫌悪くねぇ? 朝は低気圧で不機嫌なタイプか?」

「悪くないです。あとそれ言うなら低血圧ですからね。はい、マフラーお返しします」

「ありがとな!」


 先輩は受け取ったマフラーを首に巻いた。


「お、結城の匂いだ。いい香りだな」

「セクハラ発言ですよ。あ、10万円になります」

「クリーニング代高っ!」

「ほぼ慰謝料です。セクハラに傷つきました。クリーニング代は10円です」

「あらお安い! まあ、でもお礼に缶コーヒーくらい奢らしてくれよ」

「えー、缶じゃなくて喫茶店のがいいです」

「いいぜ」


 よし、さりげなくデートの約束を取り付けた。まあ、先輩のことだから休日とかじゃなく学校帰りになるんだろうけど。恋する乙女にとってはちょっとした寄り道も立派な放課後デートだ。


「あっ、駄目だ」


 そんな期待はあっさりと切り捨てられた。さすがにむっとする。


「貧乏性」

「そうじゃなくて! せっかく賭けしたのに意味なくなるだろ?」

「……え?」

「なんだ。冗談だったのか? 俺、出かけるの楽しみにしてたのになー」

「じょう、だん、じゃ、ないです」


 驚いて言葉がつっかえる。


「おう。なら良かった」


 お気に入りのマフラーを口まで引き上げた。

 私は本気だった、けど、……先輩が本気にとってくれるとは思ってなかった。


「……うう」

「結城?」


 くそう鈍感無神経先輩のくせにさらっと楽しみにしてたって言うとか。すっごく嬉しいんですけどどうしよう。

 マフラーつけてて良かった。今すごく緩みきった顔をしている自覚がある。


「……じゃあ、缶コーヒーで我慢して差し上げます」


 仕方ないですね、なんて上から目線で。照れ隠しにしても可愛くないってことくらい自覚してる。素直にありがとな! なんていう先輩は本当に馬鹿だ。

 なんとなく、流れで先輩と一緒に登校することになった。私的にはすごくいい流れ。

 隣を歩く先輩のマフラーの端がふわっと靡く。


「あ、そうだ。隼人先輩かがんでください」

「ん?」


 首にかけたマフラーの端をとった。

 先輩はいつもマフラーの端を腰辺りまで垂らしている。マフラーが長いのかと思ってたけどそんなこともなく、ただ単に巻き方が下手くそなのだ。


「ここはこうして、捻るんですよ」

「お、おう」

「で、輪を作って」


 説明しながら巻いていく。


「はい、出来ました」


 自分からしておいてなんだけど意外と近かった距離が離れ、ほっと一息着いた。


「私のおかげで隼人先輩のイケメン度は今、五割り増しです」

「さんきゅ」


 先輩は少し顔を赤くして笑った。

 ……こういうのには照れるのか。


「俺女子にこうしてもらうの夢だったんだ。ネクタイとかさ」

「そうなんですか。ちなみに私はパンを咥えたイケメンと角でぶつかることが夢です」

「昭和の漫画か!」

「そういえばパンを抱えた先輩とはこの前角でぶつかりましたね」

「あのときはすまんかった」

「ラブコメは始まりませんでしたね」


 だって先輩だもの。

 某詩人風に呟く。


「結城はいつもこの時間なのか?」

「いつもはもうちょい早いです。今日は朝食作ってたんで」


 今朝はお母さんも緋乃もいなかったから自分で用意したのだ。


「料理出来るのか! すごいな」

「といっても、夕飯の残りと卵焼き、きんぴらくらいですけど」

「充分だろ。そうかぁ、料理が出来るのかー。そういえばお菓子も旨かったもんな」

「私のこと何だとお思いで? そりゃこの程度なら誰でも出来ますよ」


 さらりとバレンタインのことを褒められてものすごく嬉しい。なのに、口は可愛げの無い言葉を紡ぐ。


「結城はいいお嫁さんになるな」

「そうかも。今のうちに薬指予約しておきます?」

「おー、頼む」

「末永くよろしくお願いします、だーりん」

「な………っ」


 軽い言葉に同じくらい軽い冗談で返したのに、先輩が顔を真っ赤にした。


「な、なに赤くなってんですか。やめて下さいよ。なんか私まで照れるじゃないですか!」

「お、俺だって照れるとは思わなかったよ!」


 ああもう、ああもう!! さっきから、先輩は思わせぶりだ!


「ええ、と。よろしくな……はにー」

「……」

「せめてなんか反応返せよ! いたたまれねぇだろ!」

「あっ、ごめんなさい。蜂蜜ですね。蜂蜜ソフトクリームが食べたくなりました」

「そっちのハニーじゃねぇ! うう、似合わないのは分かってた!!」


 あと、蜂蜜ソフトクリームはうまいよなと先輩は呑気に付け足す。こっちの心臓のことなんて全く考えていない。

 落ち着け、落ち着け。先輩が言ったのは、ハニー。つまり、蜂蜜。蜂蜜のことだから! 恋人間の甘い呼びかけではない。蜂蜜。何の意味も含まないただの蜂蜜! 

 必死でそう言い聞かせて変な返答をしてしまったのに憎たらしいくらい、不自然さに気が付いてない。

 頬にふれて、熱を持ってないことに安堵した。

 あまり感情が顔に出ない質で良かった。感情が出やすいタイプだったならきっと茹で蛸のように真っ赤になっていただろうから。


「あ」

「どうした」

「せっかく作ったのに弁当忘れてきちゃいました」


 やってしまった。

 マフラー渡すことで頭がいっぱいだった。

 幸い、冬だし、昼には緋乃達が帰ってくるから腐ることはないだろうけど。


「弁当も作ってるのか!」

「いつもじゃないですけどね。今日は例外ですけど、月曜日はだいたい作ってます」

「…………待てよ。俺と結城がぶつかったのって」

「月曜日ですね」

「うわああ! すまん!」


 土下座しそうな勢いで謝られた。大袈裟な。


「別にいいですって。パンくれたじゃないですか」

「いや、手作りだぞ!? 女子高生の手作りの弁当をあんな目にあわせたんだぞ!?」

「隼人先輩の中での女子高生の手作り弁当の立ち位置の高さは置いといて、そういえば先輩はいつも購買ですよね」

「ああ、親が料理下手でなぁ。弁当とか作れねぇんだよ。手作り弁当とか憧れたなぁ」

「へぇ。月曜日だけでよかったら作りましょうか?」

 

 ぱああ、と効果音でも出そうな位先輩の顔が輝く。けど、次の瞬間には眉が下がり情けない顔になっていた。


「嬉しいけど、誤解されそうだからやめとくよ」

「……それも、そうですね」


 緋乃と私が姉妹ですぐに気が付かれてしまうから、嫌なんだろう。

 私は、誤解されてもいいんですけどね。


「結城は、か、彼氏とか、いないのか?」

「いません。先輩は彼氏いるんですか?」

「俺もいな、彼氏!? 彼女じゃなく!?」

「先輩に彼女がいないのはここに空気があるってことと同じ次元で分かりきったことですから」

「ひでぇ!」


 軽口を叩き合う私たちの横を自転車が通り過ぎる。


「結城はどんな人を彼氏にしたいとかあるのか?」

「先輩がいいです」

「女子は年上が好きだなあ」

「……ソウデスネ」


 これは流石にわざとスルーしてるよねえ?


「別に。年上が好きってわけじゃないと思いますよ。女子が求めるのは頼りになるか、じゃないですか? 単に年が上なだけではダメですよ。ほら、隼人先輩が良い例じゃないですか」

「くっ、正論……!」


 大げさに胸を押さえる先輩。


「じゃあ、結城はどんな人が頼れると感じる?」

「尊敬できるところがある人ですかね。頭がいいとか運動神経が良いとか、そういうのだけじゃなくて、たとえばコーヒー淹れるのが上手いとか、……写真を綺麗に撮れるとか、些細なことでいいんです」

「……ああ、いいな。それ」


 その笑顔がいつもとは違って、無意識のうちに手を伸ばして頬を引っ張っていた。


「いひゃい。らにふるんら」

「すみません。なんか年上っぽい顔だったのでつい」

「ぽい、じゃなくて正真正銘の年上だからな?」


 元に戻ったので手を離すと不服そうに睨まれる。

 その時、キンコーンと予鈴を告げるチャイムの音が響いた。

 先輩と顔を見合わせる。


「やっべぇ。さっきチャリで通り過ぎた奴、俺のクラスの遅刻常習犯だ!」

「周囲に人いませんね」

「急げ!」


 声が重なる。同時に駆け出した。


 ギリギリ間に合ったけれど、朝からものすっごく疲れた。息は絶え絶えで、膝はガクガクしてる。

 寒い日なのに全力疾走したせいで、身体が火照る。

 なにより、とっさに引っ張られていた手が熱い。


 座り込む先輩と目が合った。

 わははっと先輩の朗らかな笑い声が晴れた空に響く。



「先輩、熱くないですか? マフラーとったらどうです?」

「ん? いや、せっかく結城がやってくれたから取りたくないんだ」

「……」

 無言でマフラーを引きはがした。

「結城ぃ!?」

「うるさいです」


※次話は水曜日に更新します。

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