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一話


 灰色がかった黒い雲が押し寄せる。はぁ、と吐いた息は白い。今日はこれから雨がふりそうだ。


「……先輩。肩くらいなら貸しますけど」


 空から、ぼたぼたと涙を落とす先輩に視線を戻した。





 自分としては無表情のつもりはないけれど、微笑むこともそう多くない。笑えないわけじゃないし、おもしろいとも思っている。あまり表情に出ないだけ。

 友人が称した「頬が重力に負けているだけ」という理由がぴったりくる。


「―――というわけです。先輩」

「そ、そうか。怒ってないのか」


 目の前の先輩が安心したようににかっと笑った。


「いえ。怒ってます」

「えっ」


 先輩を放置してあたりに散乱したお弁当のおかずを拾う。べたっとついたご飯はちょっととれそうにない。掃除当番の人ごめんなさい。

 まあ。角から飛び出してきた先輩が悪いのであって私は全く悪くないけど。


「すまん」

「仕方ないですね。地球一周で許します」

「おう、それならお安いごよ、……って地球!? 校庭じゃなく!?」

「冗談です」

「真顔で言うのはやめよう」

「では、聞きますが冗談言う顔ってどんな顔ですか。人に指摘するんですから当然、先輩は出来るんですよね。して見せてください、さあ」

「後輩が無表情で追いつめてくる!」

「ほらほら早く」

「……ごめん。改めて考えると分かんねぇ」

「素直でよろしい」


 先輩を詰りつつあらかた拾い上げて弁当をしまった。


「それ、昼飯だよな……」

「ですね。もういいですよ」

「いや、それじゃ気が済まん! これ食べてくれ!」


 ずいっとパンの詰まった袋を差し出された。


「こんなに食べません」

「遠慮するなって!」


 してない。先輩相手に遠慮するわけない。


「いや、本当に」

「はぁあ? これくらいぺろっと食べれないからお前はそんな貧弱なんだよ」


 貧弱……場所次第では乙女の怒りの拳が飛んできますよ?


「とにかく! それやるから。じゃあな!」


 じと目の私に気がついたのか、それとも本能か先輩は私にパンを持たせると走り去って行、


「走るな、つってんじゃないですか」


 こうとした。ので、その背にパンをぶん投げる。


「いてっ」

「本当に反省してます? パン一個で十分なので、コーヒーでも奢ってくださいよ」

「お、おう……。ナイスコントロール」

「ほらほら、行きますよ」


 たいして痛くもないはずなのに頭をさする先輩の腕をつかんで引っ張る。

 先輩は馬鹿だ。

 こんな風に少し話せるだけでも嬉しくて、もうちょっとだけ長くいたいから、「コーヒーを奢って下さい」なんて可愛くない理由をつけてるんですよ。気が付いていないでしょう。


「ん? 俺の顔になんかついてるか?」

「……いーえ」


 先輩は馬鹿で鈍感だ。






 私、結城志乃は写真部員だ。私のお弁当をひどいことにしてくれた先輩は部長である。

 この学校の写真部は他校に比べて割と活動的な方。部員は十人いる。うち、三人は幽霊部員だけど。

 今は校外部活動の最中で外に出ている。今月のテーマは人物だ。いつも月の最後にそれぞれの撮った写真を飾って評価する。カメラの質で評価が分かれないように、月ごとにカメラも指定されている。今月はデジタルカメラの月。


 私が撮っているのは木々の間を寄り添って歩く一組のカップルだ。女性の方が私の姉である。偶然出会ったので撮らせてもらった。


 姉、緋乃(ひの)は私と違って愛嬌あふれる顔立ち。いつでもにこにこと笑っていて感情が顔にすぐ現れる。そんなところも似てないとよく言われる。

 隣を歩く彼氏さんは小太郎さん。カフェのマスターで、落ち着いた雰囲気の美青年だ。

 二人の間に流れる雰囲気は常にほのぼのとしていて見ていると自然と笑顔がこぼれる。


「……何撮ってんだ?」

「あ、先輩」


 写真をとっていた手を止めた。いつのまに来てたんだろう。撮るのに夢中で気がつかなかった。


「あっちにいる二人ですよ」

「お、マスターと、隣は……」


 先輩は小太郎さんの経営する喫茶店の常連さんなので小太郎さんは勿論、働いている緋乃とも面識がある。

 ちょうど緋乃の顔が見えなかったらしく身を乗り出した。


「……ああ。緋乃さんか」


 緋乃さん? 

 先輩はあまり人を名前で呼ばないのに、珍しい。


「許可は取ったのか?」

「はい。今日の成果見てくださいよ」

「おー」


 じゃーん。なんていいつつカメラを渡して撮った写真をみせてあげた。自信作揃いだ。


「……この二人ばっかじゃねーか! 出展は一人二枚、同じ人は駄目だからな!」

「じゃあ、ほら」


 先輩にカメラを向けパシャリと撮った。


「これでいいですね」

「そんな適当でいいわけないだろ!」


 適当じゃないですよ。この一ヶ月自然に先輩を撮る機会を伺ってたんです。なんてつぶやきは胸にしまっておく。


「ええー、よくないですかこのまぬけづ、気の抜けた顔」

「今明らかに間抜け面っていいかけたよな?」

「先輩ってばとうとう耳まで悪くなったんですか」

「しれっと俺を悪者にする後輩怖い」


 先輩は緋乃達の方を見て、ため息をついた。


「まあ、結城が写真撮る気持ちも分かる。マスター、かっこいいよなぁ」

「まあ、良い顔してますよねぇ。先輩と違って」

「結城、褒め方がおばさんみたいだぜ。あと一言余計だ」


 おばさんとか、失礼な。

 もう一度緋乃達の方をみた。


「どーせ俺はイケメンじゃないですよ」

「謙遜しなくても。先輩かっこいいですよ」

「えっ」

「部内ではNo.3の格好良さです」

「部には男子三人しかいないんだが!? そうかつまり最後か!」


 我が写真部の男女比率は7:3だ。


「落ち着いてください。最下位は四位の小林くんです」

「ん? 男子部員は三人だろ?」

「第一位には美樹ちゃんが堂々のランクインです」

「俺たち三人は全員吉岡に負けたのか……」


 吉岡美樹ちゃんは私を写真部に誘ってくれた友達だ。女子校だったら王子様になっていただろう格好良さだ。ちなみに彼女は今、彼氏ができて幽霊部員となっている。


「三番目、なぁ」

「四位の小林くんはかっこいいというかかわいい系ですもんね」

「俺のフォローはしてくれないのかなあ!」


 私の中では一番のイケメンです、と内心だけでフォローはしてます。

 散々騒いで落ち着いたらしく隣に腰を下ろした。


「で、他に写真ないのか?」

「私、好きな人しか撮らないと決めているんで」


 地味にアピールしてみる。まあ、先輩はどうせ気がつかないだろうけど。


「……ほー」

「ま、駄目なら子供でも撮ります」


 間の抜けた声。やっぱり気が付かない。

 私はちらりと先輩のカメラに視線を落とした。

 写真を撮っている先輩の横顔はかなり好きだ。普段しまりのない顔立ちをしている先輩が、すっと真剣な顔になる。ただただ撮ることに集中している静かな横顔。

 そうして写真を撮った後、お日様のように晴れやかな顔をして見せるのだから本当にズルい。


 先輩の撮った写真もすごく好き。彼だけの視線で見た世界がそこに切り取られているから。何気ない日常の風景でも先輩が撮ると、優しさと温かさが溢れ出て見える。構図とか、光の入り方とか。同じものを撮っているのに、先輩は誰より柔らかな世界を見せてくれる。

 ああ、先輩の目にはこんな風に見えているんだなぁって。それが分かるから、誰が撮った写真より先輩のものが好き。

 先輩はもう今月の撮ったのかな。


「先輩はなにとったんですか?」

「うおっ」


 ひょいっとのぞき込もうとするとカメラが遠ざけられた。


「……なんですか」

「いや、ほら……なっ?」


 なっ? って。意味わかんないですけど。

 隠されるとますます見たくなるのが人間の性というもの。


「あ、先輩。後ろ」

「なんだ?」


 古典的な方法にあっさりひっかかる馬鹿な先輩の意識がそれたので背後にまわったカメラに手を伸ばした。


「ちょっ、おま!」

「確保」


 腕を押さえて、ボタンを押す。何が映っているのやら。ドキドキする。


「……えっ」

「こ、これはその!」


 

 画面に広がったのは、緋乃(ひの)と小太郎さんの写真だった。

 よく見る前に真っ赤な顔をした先輩が腕を引き抜き、カメラをもってズサーっと後ずさる。


「ふ、深い意味はない! お前と一緒で好きな奴しかとらんとかそういうんじゃないからな!」


 まくし立てるようにそういうと逃げてしまった。

 なんて分かりやすい。

 そういえば先輩の好みは、明るい子だときいた気がする。緋乃は、無表情で淡白な私とちがってすごく明るい。

 

「……くもった」


 カメラに映し出した空は真っ青に晴れていたはずなのにいつの間にか太陽の光を閉じこめるように分厚い雲が覆っていた。




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