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ある日、バスの中、おじさんに、出会った。

作者: ハルハル

 Into the Bus


 休日、少し暇ができたので、以前からほしかった本を買いに街へ出かけた。バスに乗って数十分。大した距離じゃなく、あっという間につくのだが、今回は違った。というか、座った席が悪かった。


 人の視線が気になる俺だ。あまり前の席に座っても後ろが気になってしまう。なので出来るだけ後ろの席を探して座ると、まぁ、結果からいえば最悪の席だったということ。




 俺は普段からあまり音楽を聴かない。ウォークマンを持ってはいるものの、結局は使わずにいる。こういう風にバスに乗っている今とかに聞くんだろうけど、今日ももちろん持ってきてはいない。


 ということで、席についてバックを下すと、必然的に前方もしくは窓の外を眺めるだけになる。


 前に座っている人について、少し観察してみようか。


 前の人は俺と同じくらいの男性だろうか。ずっとうつむいたまま微動だにしていない。その前の人は四十くらいのおじさんだろうか。さらにその前には主婦が座っている。


 別段、何もおかしくない。普通の人なら、もう気にしないで窓の外を眺めて着くのを待つだろう。でも俺は、もう少しだけ観察をした。


 人の視線が気になるというのは、自分が人を注意深く見ているからこそであって、他人の行動に敏感なんだろう。


 ということで、俺は前の人がどうしてうつむいたままなのか、気になってしまった。あまりよくないと思いながらも、少しのぞいてみる。


『笑いをこらえている⁉』


 驚きはしたが、声には出さないで飲み込む。


『こんなにも笑いをこらえるような、おもしろいことなんてあるのか?』


 こらえ過ぎていて、小刻みに震えすぎて体全体が携帯のバイブレーション機能になっている。


 こんなのを見たら、探してしまうだろう。普通。興味がわくだろう。


 それとなく、何がそんなに面白いのか、探してみることにした。


『別に、席には何も変なところはない。広告も、いたって普通。普通すぎて面白くない。外の風景もただ流れていくだけで、いつもと同じだ。前に座っているおじさんも主婦も普通の人…ん?』


 ヅラだ‼‼‼

 

 前のおじさん、カツラだ!違和感のある髪型だと思っていたが、耳の部分浮き具合。間違いない。


 い、いやしかし、ただそれだけのこと。ただヅラのおじさんが前に座っているだけだ。それだけなのにあんなに笑うことはないだろう。何よりも失礼だ!

  

 きっとなにか笑いをこらえられない事情があるのだろう。きっとそうだ、断っておくが断じて俺はもっと面白いことを探したいだけじゃないぞ。


 ふう、気持ちを少し落ち着けたところで、今一度、おじさんの観察を続ける。


『服装は何でもないジャケット。手荷物はなく、席になるのは帽子だけか』


 ちなみに席を立ってのぞいているわけではない。ちょうど俺の席はタイヤの上で他の席より高くなっているのだ。


『帽子か、確かにあれを脱ぐときヅラがずれたのなら面白い。そうだとしたら、残念だな…、あいや、見たかったわけじゃなく…お?』


 おじさんが動いた。手を伸ばして、それを頭に、指を耳の周りに持ってきて、それを。

 

 少し浮いているヅラの隙間に入れた‼‼‼


 蒸れたんだ!きっとあのヅラは密閉されていてむれてしまうんだ。


 前の男も今の瞬間を見たんだろう、ビクっと震えてさらに深くうつむいた。


 俺はこの程度では笑わない。確かに面白いが、まだまだだ。きっと前の男は笑いのツボだったんだろう。目の前だしな。


 さて、おじさんの観察も満足いった。どうしてあんなに笑っているかもわかったし、満足だ。俺は窓の外を見始める。

 

 少し涼しい。


 そよ風が入ってきている。前のほうを見ると主婦が窓を開けていた。今日は暑いからな。おじさんも蒸れてしまうほどだし。


『さて、一通りの観察も終わったな。街に着くまであと少し。もう、おもしろいこともないだろう』


 俺はそう思っていた。しかしこのおじさん、俺の予想をはるか上を行く。



 ヅラを少し持ち上げた‼‼‼


『まじか!あまりの蒸れ度にヅラを持ち上げて窓から入る風に当てている。気づかないと思っているのか!不自然な恰好で不自然な髪を持ち上げていれば、後ろの我々はどうなるんだ!』


 前の男のバイブレーション機能が二段階、いや三段階は上がった。


 おじさん!気持ちよさそうな顔をするな!こっちは笑いすぎて酸欠だ。俺もさすがに耐えられない。前の奴なんてこのまま死ぬんじゃないか!


 少しすれば、おじさんはヅラを戻した。さすがにばれるのを危ぶんだのだろう。しかしもうすでにばれているんだが。


 いつの間にかバスはもう一つの停留所で到着だった。この個性の強いおじさんとももうお別れかと思うと、…思い出すと再び笑えてくる。


 さて、到着か。どうやらおじさんも同じところで降りるようだ。先に降りるのを待つことにする。


 席を立って、降りようとする。ヅラはばっちり決まっているよ、おじさん。そしてそのまま降りようとする。


『だめだよ、帽子を忘れている』


 俺はそのことをおじさんにいうか迷っていると、自分で気づいてくれた。


 よかった。忘れたら、もしもの時に隠せないしな。


 そのまま、何事もなく終わってくれればいいのだが、このおじさん、笑いの髪、いや神がついているんだ。


 帽子を拾おうとして、ヅラを落としよった‼‼‼


 車内が固まる。


 主に後ろの席に座っていた者共が固まったが、前の男のように目の前でそれを見せられる気持ちも考えてくれ!もう、死んでしまう。酸素がたりやしねぇ!


 もう全員がうつむいて、おじさんが降りるのを待っていた。おじさんの表情がどうとかはもうわからない。ただ俺たちにできることはうつむくことだけだった。

 

 おじさんが降りたところで、バスの扉が閉まった。俺はおりそびれてしまった。だがいい。


「なぁ、あんた大丈夫か?」


 俺は前の男のことをうかがった。どうにもこの男をほおっておいたら心配になってしまう。


 さらにいうと、俺はにやけ顔が抑えられなかった。こんな状態でおじさんを追いかけるように降りたらどうなる事か、考えるだけでも気まずい。


「さ、深呼吸しよう。深呼吸」


 俺は男を一緒に深く息を吸う。


 だめだ、全然気持ちが落ち着かない…。このにやけ顔、止められない…。


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