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04:コボルトに歓迎されてしまい、そんで成り行きに任せることにしたオッサン

そこに居たのは、2本足で直立した犬だった。

いわゆるコボルト。

ファンタジーでよく登場するモンスターだ。


1匹じゃない。

ざっと見た限りでも10匹近くいる。


柴犬にパグ、ブルドッグにシベリアンハスキー、ゴールデンレトリバー、チワワ、ボクサー、シェパード、プードル、チャウチャウ。


僕はすっかり半包囲されてしまっていた。


ハッハッ、とコボルトどもは舌を垂らして息を荒げている。


対して僕は息を詰めていた。


不思議といえば不思議だけど、連中は犬種の違いに関わらず大きさ…背丈はほとんど同じぐらいだった。だいたい僕の胸元ぐらいだろう。


粗末とはいえ服らしきものを身に着けていることから、知性はあるようだ。


ハッキリ言って怖い。


愛らしい? もふもふ? 獣人萌え?

そんなこと思うはずがない。思える余裕がない。


そもそも犬が2本足で直立していることに対して、強烈な違和感があるのだ。

しかも、ほどほどデカいときてる。


愛らしさなんて感じるはずがない。


もふもふだって、コボルトは風呂どころか水浴びもしてないみたいで、泥だらけの毛がだ(・)ま(・)になってるのだ。

しかも、なかなかエグイ臭いをさせている。


そんな連中に萌える?


冗談じゃない!


これから美味しくいただかれるかも知れない獲物(仮)の僕としては、萌えるどころの話じゃない。


コボルト達と僕は見詰めあう。


時間にしてそれは数秒のことだったろう。

でも体感としては数分にも感じた。


「あの~」


と恐る恐るの声をだしたのはコボルトだった。


「つかぬことをうかがいますが、あなた様が御使い様であらせられますか?」


麿まろまゆをしたパンの耳みたいな毛色をした柴犬だ。


声からして、女性…メス? なのか。なんとなくだけど若そうだ。


というか日本語? いいや、そういえば自分を鑑定したときのステータス画面のスキルに言語理解とかあった気がする。つまりは、そういうことなのだろう。


ともかく、相手は交渉をしようとしている。


僕はガチガチに緊張しながら


「そうですが」


なんて間の抜けた返事をするのが精いっぱいだった。


すると。


わおーーーーん、とコボルト達が吠えだしたじゃないか。総勢10匹? 10人? のコボルトが喉を反らして吠えたてているのだ。


恐い! 思わず後退さって、つまづいた僕は尻餅をついてしまった。


けれども、どうやら襲われる心配はないようだった。

何故なら、コボルト達の尻尾は千切れんばかりに左右に振られていたから。犬と性質が同じなら、尻尾を振るのはご機嫌なあかしのはずだ。


まさか、獲物がとれた喜びということはないだろう。


それはコボルト達の次の言葉でも安心できた。


「女神様の御使い様がおでましになられた!」


「巫女様のお告げの通りだ!」


「これで我が部族は救われる!」


口々に叫んで、感極まったのか、抱き合ってるコボルト達もいる。


とりあえず僕は、彼等にとっての敵ではないみたいだ。

とはいえ安心はできない。

嫌な予感しかしない。

お告げとか。救われるとか。どう考えても、勇者的な役割を負わされる展開じゃないか。


逃げたい。


こんなモンスターが跋扈ばっこしてそうな世界で勇者とか、正気の沙汰じゃない。

僕はどうやら保守的な人間だったみたいだ。冒険とかはしたくない、スローライフ万歳なのだ。


けど、ココでコボルト達とサヨナラするわけにはいかなかった。


なんせ僕は迷子。

このまま丘の上に居たところで、夜になれば獣に襲われる未来しか見えやしない。


しかも現状、コボルト達に包囲されているのだ。そもそもの話、逃げられるものじゃないだろう。


「やっぱ、嘘で~す、御使いなんかじゃありませ~ん」


なんて言ったら、八つ裂きにされる未来しか見えないし。


だから、僕はこう考えた。


今はやり過ごそう、と。問題は先送りにするのだ。


「では、御使い様。どうぞ、我らの村へお越しくださいまし」


立ち上がった僕に、ダンディーな声のゴールデンレトリバー氏がうやうやしく頭を下げる。


「お願いします」


と返事したら、なんだかコボルト達がそわそわしてる。


なんだろう?


「こちらでございます」


麿眉の柴犬コボルトちゃんが、耳を伏せて尻尾をお股に挟んで言う。


すんごい緊張しているのが伝わってくる。


僕は無表情をつくろって、コボルト達に従って丘を下りた。


森へと入る。


見事に原生林だ。

完璧に人の手が入ってない、入ったことのない、深い森だ。


丘から見ていたのではわからなかったけれど、木が高い。30メートル以上はあるんじゃなかろうか。それでいて幹が細い。これは陽当たりが悪いからだろう。


幹が細いから、案外に樹木の間は開いている。

とはいえ、歩きやすいわけじゃない。木漏れ日が弱いから薄暗いし、地面は木の根がデコボコと盛り上がって、しかもシダ植物が覆っていて滑りやすくなっている。


情けないけど、僕は10メートルも進まないうちに3回もこけそうになってしまった。

ゴム草履が悪いのだ。けれど、脱いだら僕の足の裏は直ぐに切り傷だらけになってしまうに違いない。

それに情けないけど、僕は中年太りしていた。お腹はポッコリのくせして、脚はヒョロ細い。どう考えてもスポーツをしていた体型じゃない。


「御使い様」


シベリアンハスキー君が、手を差し出してくれる。


なんとなくだけど、彼は少年な気がする。ほんとに何となくだけど。


「ありがとう」


と感謝して手を取る。


そこで気づいた。コボルトは指がきちんと5本あった。ただ、ずんぐりむっくりして短い。繊細な細工とかはできなさそうだ。ピアノも弾けないだろう。加えて、肉球があった。固い肉刺まめみたいな感触だけど、各指の先、それに手の平に大きいのがある。


面白いものだ。


興味深く手をニギニギと触っていたからか、シベリアンハスキー君が変な表情をしてる。犬顔だけど、わかる。犬って意外と表情が豊かなんだ。


「あ、すみません」


謝ると、僕に注目していたコボルト達が困惑したみたいに顔を見合わせている。


「御使い様は、その……ずいぶんと気さくなのですね」


ああ、それでコボルト達は困惑してたわけだ。


謝ったり感謝したり。どう考えても御使い様なんてうやまわれるような存在の言動じゃなかったし。


とはいえ仕方ない。僕は御使い歴が30分も経ってないのだから。


演技…。は無理な感じがする。直ぐにボロがでそうだ。


そこで僕は開き直った。


今まで通り? 素の僕で対応しよう。


「気さくなほうが接しやすいでしょう? それに女神も」


と僕はミカを思い浮かべた。

傍若無人なヤリタイ放題の振る舞い。


「とても砕けた性格の方だからね。僕もしゃちほこ張るのが嫌なんだよ」


ところで。僕は重大なことに気がついてしまった。ミカがコッチの世界でどう呼ばれているのか知らないのだ。


「あのさ、ちょっと訊くけど。女神はどんな名前で呼ばれてるの?」


またもや困惑したみたいにコボルト達が顔を見合わせる。


「女神様は、女神様ですが? 名前とは?」


う~ん。たぶん、だけど。ミカの他に『神』がいないんだろう。だから名前がない。んだと思う。


「えーと、何でもないから。忘れて」


「御使い様がおっしゃられるなら」


そこで再び気づいてしまった。彼等は僕に名前をたずねていない。きっと僕もミカと同じで『御使い様』とだけ呼ばれるようになるんだろう。


再び道行きが再開される。


シベリアンハスキー君に手を引いてもらいながら、転びそうになるたびに、麿眉の柴ちゃんと毛玉がごわごわできてるチャウチャウの姐さんが、両サイドから腰を支えてくれる。


そんな具合だから思ったように進めるはずもなく、だんだんとが傾いて来ていた。


コボルト達の様子に焦りのようなものがうかがえる。


この森は彼等にとっても安全じゃないんだろう。


だって、コボルト達がキョロキョロと落ち着きなく周囲を警戒しているのだ。


肉食のけもの。ことによっては、正真正銘のモンスターが潜んでいるのかも知れない。


そして。コボルトは決して森の中で上位の存在ではないようだ。

だからこそ群れているんだ。

怯えているんだ。


突然だった。


コボルト達の歩みが止まった。


みんながみんな、森の奥の一点に注目している。


「御使い様、我らのうしろに」


先頭を進んでいたゴールデンレトリバー氏が戻ってきて、僕の前に仁王立ちする。

シベリアンハスキー君も僕の手を放した。

麿眉柴ちゃんもチャウチャウ姐さんも腰を落として、警戒をしている。


ガリリ、と木を削るような物音がした。

ブフー、と盛大な鼻息めいた音が聞こえてくる。


そいつが木の下闇から姿をあらわした。

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