03:異世界に死に渡って、そんで途方に暮れるアラフォーのオッサン
楽しんでいただけたら、嬉しいです。
とりあえず、13話までは投稿すませました。少なくとも2月6日までは毎日投稿です。
あと、土日は14時投稿、他は17時にしてあります。
よろしくです。
ぐええええ!
死ぬほどの苦しみに……いいや、実際に死んだ苦しみと、そして生まれ変わる苦しみに、僕は身をよじりながら胃液を吐き出した。
痛い、んじゃない。
苦しいのだ。ただただ圧倒的に苦しい。
酸欠とかの苦しみとは違う。
魂が苦しいのだ。
ギュ、と魂が無遠慮に握られる、圧縮される。それが次の瞬間には解放されて、魂が元の形を取り戻そうと膨らむ、そこでまたもや潰される、プレスされる、そして再び解放されて……そんな繰り返しが続くのだ。
苦しみは、風がそよいで頬を撫でるぐらいの時間でしかなかっただろう。
でも、体感だとそれこそ10分にも1時間にも感じるほどの拷問だった。
涙目になりながら、辺りを見回す。
「何処だ、ココは?」
さっきの場所じゃない。丘の上。四方には森が迫っている。
『やっほ~、聞こえてる? そこはワタシのホームグラウンドのひとつ。あなた的にいうと異世界だね』
頭に女神の声が聞こえた。
「僕に何をしたんだ!」
声に向かって、怒りをぶつける。
『だから~、異世界に送ったんだってばさ』
その悪意の欠片もない声の調子に、僕の怒りは流されてしまった。
怒るだけ無駄だ、そう思ってしまった。
『コウヘイはね、死ぬことで世界を渡れるようにセッティングしてあんの』
「なんでそんな」
というか。僕はやっぱり殺されたのか…!
殺害されたことに対する言いようのないショックがあった。同時に、身震いするほどの恐怖がある。
ミカは言った。死ぬことで世界を渡れる、と。
たぶん…僕は地球に戻るときも死なないといけないのだろう。
あの苦しみと痛みを再び経験しないといけないのだ。
『説明すんのは難しいんだけどさ、アッチとコッチとじゃあ、肉体を構成する物質そのものが違うんよ。だから、そのままアッチの体をコッチにもってくると』
バーン! ミカが大声を上げる。
耳が痛…くはないけど、脳が揺さぶられるみたいなショックがある。
『ってなるわけ。だからね、いったん死んでもらって、それから肉体を構成しなおす必要があんの』
「死なずに体の元素を書き換えることはできないのか?」
『それしたら、コウヘイは狂っちゃうからな~。狂ったのを修正する分だけ、手間がかかるし。ま、そうしたいなら、それでもいいよ。けど、苦しいのは死なない方が遥かに上で、それを転生したときに憶えてるか憶えてないかの差でしかないよ?』
「…分かった。それなら、僕は死ぬよ」
狂うほどの苦しみや痛みだなんて、冗談じゃない。
『OK~、それが最良の選択だと思うよン。つ~わけで、頑張ってね。バッハハ~イ』
プッツリとご丁寧にノイズの音をさせてミカの声が途切れる。
バッハハ~イ、て。
「おい! おい! ミカ!」
幾ら呼び掛けても、返事がない。
たぶん、聞こえてるし、見てもいるはずだ。
御使いになったからか。パスがつながって、確信に近い感覚として感じる。
おそらく、僕の行動を見て楽しんでいるのだろう。
基本はあれだ、初めてのお使いを観ている気分なのだろう。
こうして這いつくばっていても仕方がない。
僕は立ち上がった。
ちょっと風が強いけど、汗ばんだ体に心地いい。
僕はしっかりと衣服を着込んでいた。地球にいた時と同じものだ。これもまたコッチの世界に適合するように構成し直されたのだろう。
そのTシャツの長袖で額ににじんだ汗をぬぐう。
「ここから、どうしたらいいんだ?」
……。
やっぱり答えはなかった。
とりあえず、現状の把握が先決か。
「マップ」
唱えれば、例によってウィンドウが出現した。
が。
現在いるだろう丘を中心として半径100メートルほどの同心円状にしかマップは映されなかった。
地球だと北海道がまるまると描写されていたのに。
これはあれか? 探索して、地図を更新しろということなのか?
「まるっきりゲームだ」
そう呟いて思い出した。
ステータス! 僕は自分を鑑定して能力を見ていなかった。
ドキドキしながら唱える。
「鑑定」
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コウヘイ 【職業:無職】
種族:ミカの御使い
性別:♂
年齢:0
レベル: 1
HP : 15
MP : ∞
こうげき:10
ぼうぎょ:10
ちから : 10
すばやさ : 10
きようさ : 10
かしこさ : 10
せいしん : 10
こううん : 10
かっこよさ: 10
スキル:全魔法適性
:マップ
:鑑定
:アイテムボックス
:言語理解
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目を引くのがMPだ。無限。
さすがは御使いということか。
そして職業…。ニートじゃなくて、無職。確か年齢で呼び方が変わったはずだ…。
見なかったことにしよう。
問題は数値だ。
オール10。如何にも適当に決めた数字だ。
この10という値が、この世界の平均と照らしてどうなのか。少なくとも、高いということは無いだろう。
あの性悪女神がチートを与えてくれるとは欠片も思ってはいない。
それは、この10並びのふざけたステータスを見ても分かる。
それにつけても、問題はステータス画面の数字の向こうにぼんやりと浮かんでいる自分のバストアップだった。
まず思ったのは進行中ということだった。
何処が、とは訊かないでほしい。悲しくなる。ちなみにMの形で浸食されつつある。
外見から推し量れる年齢はまかり間違ってもステータスで表記されている0歳児じゃない。
だからといって10代でも20代でもない。30代? それすらも温い。ハッキリ言って40歳の手前ぐらいだろうか?
人生の折り返し地点。
そんな思いがよぎる。
けど、自分の顔に違和感はなかった。ということは、見慣れた自分の顔なのだろう。
どうせなら若返らせてくれたらいいのに。
そう思わないでもない。だが、相手はあのミカなのだ。
顔の造形は、普通。
60点…というところ。ブサイクでもない。普通。凡庸。モブ顔のおっさんである。70点にはギリギリで届かない顔だ。名刺を渡されても、帰宅時には顔が思い出せない、そんな特徴のない顔。
これが『かっこよさ』10だとしたら、10という数字は必ずしも悪くはないんじゃないのか?
手前味噌ながら、そんなことを……思ってしまう僕はナルシストだろうか?
「物は試しだ」
僕は丘のてっぺんにヒョロリと生えている木に体の正面を向けた。
腰を落として、正拳突きの構え。
ちから:10。もしかしたら…。ミカに一片でも愛があるなら!
「へやあああああ!」
僕は、木にむけて正拳を放った。
異世界転移をして、知らず知らずで気が大きくなっていたんだろう。
普段の僕なら絶対にこんなことはしない。
だってさ…。
「痛ってえええ!」
折れるはずないもん! むしろ、僕の拳の骨が折れたかも知れない!
赤くなった拳をおさえて、痛みにその場で転がりまわる。
ごろんごろんごろんごろん。
『ぶひゃひゃははは、ひーーーーひっひっぐほほおぼげふげふ』
ミカの奴が笑い過ぎて咳き込んでるのが聞こえる
僕は真っ赤になった拳に息を吹きかけながら、涙目になって眼下の森を見下ろした。
魔法は使い方が分からない。
身体能力は普通?
場所は見知らぬ原生林の真っただ中。
「こういう言葉は嫌いなんだけど…詰んでるんじゃないのか?」
傷む拳をサスサス撫でながら、ボーと空を見上げる。
ああ、雲が高い。
昼間なのに、お月様が2つ見える。
あそこ飛んでるのはワイバーンか?
「まごうことなき異世界なんだな…」
などと半ば現実逃避していたせいか、僕は背後から接近する者たちの気配に気づかなかった。
ガサリという草を踏む音で、僕は大慌てで背後を振り返った。
絶望、という言葉が脳裏を占める。
そこに居たのは、2本足で直立した犬だった。
いわゆるコボルト。
ファンタジーでよく登場するモンスターだ。