雪子・5
〈省吾、きっと心配しているだろうなぁ〉
急ぎ足で歩いた。省吾とは職場で知り合った。私が派遣されている会社の課長。
職場では、私たちの関係は、誰にも知られてはいない。
彼も一度、結婚に失敗していた。
歳は私より二つ下だけど、あの一番苦しかった時、いつも側にいて、ずっと
支えてくれた。
家を飛び出したあの日から、〈誰にも頼らない、頼りたくない〉と、意地を張って、
頑張っているけど、省吾にだけは、安心して甘えられる。
出来るなら、省吾と一緒に暮らしたいと、この頃、思い始めている。
でも、まだそれを私の方から、口に出す勇気はない。
ポプラの前に、着いたのは十時を過ぎていた。〈9時頃〉って言ったのに、
カラオケボックスが圏外だったこともあって、メールもしないままで、待たせてしまった。
助手席の窓から覗くと、省吾は、運転席を倒して寝ていた。
「ごめんね、すごく待たせて。」
ドアを開けてそう声を掛けると、省吾は、いかにも、寝ぼけた仕草で、
「ん?おかえり。あ〜、よう寝た。」って何でもない顔で言った。
でも、私にはわかった。居眠りした後の省吾の目は、ちょっと赤くなる。
けれど、今は何ともない。ずっと、起きて待っていてくれた。
私が戻って来たのを見て、寝ていたふりを、したんだよね。
「どう?楽しかったか?」省吾が聞いた。
「うん、とっても。みんな、昔のままだった。」。
「そうか、楽しかったか。良かったな。」
省吾は、優しく笑って、頷いた。
「省吾、ごめんね。すごく待たせて。」
「ん?何?いいよ。久しぶりの同窓会なんやから。二次会まで出たんか?」
「うん、二次会の途中まで。」
「なんや、せっかくやから、最後まで居てたら良かったのに。気にせんでええのに。」
「ありがとう。・・省吾・・。」
助手席から、省吾の首に抱きついた。
「おいおい、どうした?何かあった?」
「ううん、何にもないよ。ただ、省吾に会いたかった。」
「なんやねん、変なやつ。」省吾は、私をちょっと抱きしめ、
「よし、今夜の中に、福岡まで行くぞ。」
そう言いながら、ウインカーを出した。
それから、いくらも走らないうちに、省吾が突然車を止めた。
「ユキ、言い忘れてた。この旅行から帰ったら、*****。なっ。」
《えっ、何?》横を通りすぎた、深夜便のトラックの音で、よく聞き取れなかった。
「今、なんて?」私は、聞き直した。
「ああ、家を探そうって言っただけや。」
省吾は、そう言うと、また車を走らせた。
涙が込み上げてきた。
うれしくて泣くのは、今日二度目だった。
完