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雨のち晴れ  作者: 栞那りあ
暗い中学時代
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いじめについて思う事

 彼らの事情を勝手に想像して同情するのも変な話だが、思春期の子供達はみんな多かれ少なかれ家庭や学校でストレスを感じて、その発散先をなんとか探すものなのだと思う。

 それにたまたまちょうど良かったのが私なのだろう。(その私も間違った形で発散してしまったが)

 弱肉強食、ヒエラルキー、強がることで自分を守る意識がある限り、残念ながら今も昔も今後もいじめはなくならないと思う。現に大人の世界や政治の世界、国交問題だってそうなのだ。戦争や紛争も絶えない。人と人との関係だからどこにでも考え方の違い(宗教も然り)が生まれ、哀しいことに対話などで解決せず、それぞれの違いを認められない場合は争いを避けられない。また、人間の歴史としても、その争い達が次の新しい世を作ってきた。政治議論などもそうだ。いじめ定義にもあるように一方的な弱いものいじめはけんかとは呼ばないが、考え方の違いから生まれる争いは人間である以上しょうがないのかもしれない。我々はそのやり方について常に自問自答して行かなければならないのだと思う。

 子供だけに限らず、人は“異質なもの”、“変わったもの”に対して強い拒否感を持つことがある。それらは自衛のうちであり、否定するつもりはない。違いを認め合うことで争いやいじめは起こらないはずだが、なかなかそうは上手く行かないことが証明されてしまっている。しかし、名誉棄損・傷害・恐喝など、犯罪行為(戦争については現在は戦時国際法という取り決めがあるので法に則ってやることなら合法となる)に走ってしまった地点で加害者側の負けであることは明確だ。決して許されることではない。被害者側の学生本人がどうにも出来なければ、そこは大人が介入するべきだ。


 死が最善の逃げだと思って決行した子に対して、そんな勇気があれば抵抗すれば良かったのに……なんて言っても届かないだろう。抵抗する気力さえも失くした子に掛けられる言葉は、今の私には見つからない。当時の私には逃げる気力がまだあった。

 逃げたい時は逃げられるうちに逃げれば良い。私は登校拒否や転校、叶うなら引越しなどを勧めたい。逃げは負けではない。自身を守ろうとする努力だ。(転校や引越しを願って、古い家を捨てて新しいマンションに住みたいと毎日思っていることがあった。間取り図のある広告を見るのが楽しみだった。親に言っても、そんな全部同じハチの巣みたいな狭い家に住むより御先祖から貰った一軒家がいいよと相手にされていなかったし、そもそも住宅ローンを組めるほどの信用も無かっただろう)

 ありきたりな言葉で申し訳ないが、死んでしまったら本当にそこで全て終わりだ。それでも最善の逃げが死だと信じて疑わないのなら、死を願ったこともある私に止める資格は無いのかもしれない。

 現在の私は3人の可愛い息子に恵まれているが、3回目のいじめから時が過ぎた23歳の頃にも二度目の自殺願望を持つことになるが、もし自殺していたら今はないのだと考えると恐ろしい。出来れば孫やひ孫も見てみたいと生に固執してさえいる。

 心に消えない傷を受けて、一生引き摺っていくのは辛いと訴える人も少なくない。見返そうと殺人や傷害など、いじめられっこ側からいじめっこ側への犯罪行為も起こっている。

 どうせなら、マイナスをプラスに変えて、いじめなんてどうということは無かったよと言い切れるくらい、立派な人間になって見返してやるというのはどうだろうか。いじめっこはその殆どがいじめたことも忘れて将来は人生を謳歌してるだろう。無論、簡単なことではないのも知っている。昔はいじめられっこだったと告白する人も著名人に見られ、決して不可能なことではないと確信して提言する。

 立派な人間になりたいと30過ぎても日々目指している私が言うのも変だが、立派とまでは行かなくても普通なレベルまでくらいには一緒に頑張りましょうと誘いたい。それが私のライフワークの一つでもある。(普通に生きるというのも語弊があるので、自分らしさを生かして健やかに過ごせる人生を……としておく)


……話を戻すが、今の私達に出来ることはいじめを最小限にとどめ、可能な限り起こらなくして行く他ないのだ。

 私はいじめられっこ側だったが、自分の子供がいじめられたらどうしようと闇雲な心配はしていない。むしろ、我が子がいじめっこ側にならないように気を付けたい。

 いじめっこがいなければいじめは存在しない。人の気持ちが分かる子供が増えて欲しいと切に願う。

 校内弁論大会用の原稿でも書いた気がするが、私は道外れていじめをするしかない、そんな行為で簡単に人を傷つけることが出来て快楽さえ感じているいじめっこ側こそ弱い人間だと断じている。本人達は必死にマウントを取っているつもりなのかもしれないが。

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