引き篭もりの魔女
俺達の顔を見て酷く怯える女。
薄っすらと周りを灯す明かりから見えるその姿は、全身を黒いローブで身を包み、まるで死体の様な青白い素足が目立っている。
腰まである長い髪は暗いこの空間と同化し、ブルーサファイヤを彷彿とさせる瞳は前髪がかかり見え隠れしていた。
見た目からすれば黒魔法使いの代名詞ともいえる魔女そのものだ。
「ひぃっ……っ!に、人間がどうしてこんな所に……オースティン君、どうしよう」
黒髪の女は自分で召喚したアンデットに泣きすがっている。
一体どういうことだろうか。
なんで一人でこんな何も見えないような暗闇の中にいるのだとかどうしてアンデットを召喚出来るのかだとかそんな疑問が頭の中で交錯している。
ここはまず慎重に行動するべきだ。
「なぁ、君の名前は?どうしてこんな所に?」
「ふぃ……人間、人間だぁ……」
俺が優しく問いただしてみても彼女はブルブルと身体を震わすだけ。
なんなんだこいつは……。
得体の知れない女に困惑しているとティナが俺の後ろからひょっこり顔をだし、彼女を視界に捕らえるとトコトコと駆け寄っていく。
「ねぇねぇ、貴方何してんのー?」
「おい馬鹿っ!だから迂闊に近寄るんじゃねぇってっ!」
いや、待てよ、もしかしたらこれは好都合かもしれない。
俺なんかよりティナの方が人当たりがいいし、話しやすいだろうからな。
俺の思惑通り、黒髪の女は身体をビクつかせながらもしゃがみ込んで話しかけてくるティナの顔を見て。
「わ、私はマンシーって名前で、ええっと一応魔女というか、黒魔法使いで……ふへへっ」
やはりこいつは黒魔法使いだったのか、となると遺跡にアンデットが沸いている元凶ってのは……。
「マンシーか。俺達は冒険者で、今この遺跡の調査に来ている。なんでもアンデットが発生するとかでな。……もしかしてお前が召喚しているのか?」
俺もティナの隣でしゃがみ込んで話に加わる。
するとマンシーは俺の顔を不思議そうにその青色の瞳を覗かせて。
「貴方、人間……?顔がアンデットみたいに死んでるけど?」
「ああ、人間だよ」
ちくしょう、初対面の奴にいきなり死人認定されたよ。
後、ゴム娘こっそり笑ってるんじゃねぇぞ。
「なんか、話やすそう……私、人間が苦手で、それも男となんて視界に入った瞬間ゲロ吐きそうになるけど……貴方は不思議ね、大丈夫そう……ふひひっ」
マンシーが紫がかった唇を上げて不気味に笑う。
なんなんだこいつは……しかもこの笑い方やっぱり親近感を覚えるな。
「んじゃ、本題に移るからな。マンシー、お前はなんでこんな遺跡にいるんだ?何の為にアンデットなんか召喚している?」
「そ、それは……」
先程まで快調に話していたマンシーだがここで口ごもる。
何かまずい事でも隠し持っているのだろうか?
「私、あの、人間が苦手で……それで、一人になりたくて……そしたら丁度いい遺跡があったからここに引き篭もってて……」
俺達から視線を外して目を泳がせながらしどろもどろに話し始めたマンシー。
「でも、人間が嫌いだけど、一人は寂しいので、こうやってアンデットちゃん達を召喚して……ふへへ、アンデットちゃんは可愛い……人間みたいに余計な事喋らないし、嫌われないし……」
「成る程な、つまりお前が犯人だ」
「ええっ!?私何も悪い事は……」
いや、してるんだよなぁ……。
人間が嫌いだから引き篭もる、まぁそこはよしとしよう。
だけれどもそれでアンデットを召喚するのはどうかと思うわ。
どんなに人間が嫌いでも俺達の種族は人間なんだし、それに馴染まなくてはいけない。
働くのだってそうだ、上司がウザい奴でもそいつに従わなくてはならないし、人間というのはそういう生き物なのだ。
全く、引き篭もりにはろくな奴がいないのか。
俺の人の事言えた立場じゃないが。
「あのな、マンシー。遺跡に引き篭もるのはまぁいいとしよう。百歩譲ってだ。だけどアンデットは駄目だ。お前が召喚しすぎて外まで溢れかえってるんだぞ?」
「そ、そうなのか……でも私の知ったことじゃないし……」
「それで皆困ってるんだ。森の生態系も崩れるし、俺達だって被害にあった。もう一度言うが引き篭もるのは好きにしろ。だけど人様に迷惑をかけちゃあ駄目だ。」
引き篭もり暦三年の俺が先輩として威厳のある態度でマンシーに諭す。
引き篭もりの基本として他人に迷惑をかけることはしてはいけない、これは人間としても当たり前の事だが引き篭もりというのは存在自体が迷惑の塊なのでなお更のことだ。
俺も引き篭もっていたときはかあちゃんに迷惑をかけた、だが今はこうして立派に冒険者として働いているのだ。
マンシーにもこの思いが伝わればいいのだが。
「でも……私も人間に迷惑をかけられたし?これでイーブンじゃ……」
「おいゴム娘こいつを捕まえろ。ギルドにつきだすぞ」
こいつは駄目だ、何を諭そうにも性根が腐っている。
同じ性根が腐っている俺でもここまで堂々とこの発言は出来ない。
ゴム娘はわかりましたと一言、そしてマンシーをがっしりと掴み肩に担いだ。
「よし、これでクエストクリアだな。お前ら、帰るぞ」
「待ってっ!話合おうっ!話し合おうじゃないかっ!」
「いや、お前に弁解の余地はない」
こいつは何を言っても無駄だろうしな。
「ひどいっ!こんなの大海に蛙を放り込むような残虐なことよくできるなっ!?」
「なんなんだよ、その例えはっ!?……いいかお前ら、こいつの言う事は無視していいからな。帰るぞ」
マンシーがギャーギャー騒ぐ中、俺達は来た道を引き返すことにする。
これで後はこいつをギルドに引き渡せばクエストクリアだ。
早く帰って飯でも食いたいなぁ。
「……生の業を全うし、土深くで横たわっている屍よ。我の呼び声に応えよ」
急に大人しくなったマンシーがなにやらブツブツと呟いている。
これは……詠唱?
「おいお前っ!なにやってんだっ!」
「今再び我の生き血で目覚めよっ。リサシテイションっ!」
マンシーから出会った時と同じ不気味な紫色の光が発光する。
「ふひっふひひひっ私を外に出そうだなんてそうはいかない……私の可愛いアンデットちゃん達が守ってくれるんだから……」
「ぐ………ぅお……」
闇の中からアンデットの呻き声が遺跡に反響する。
くそっ!この女ぁっ!