宴の後に彼女はそっと語る。
俺達はギルドにクエストをクリアした事を伝え、採ってきた無限ゼンマイを渡した。
脳筋グリズリーの件も伝えたところクエストクリア扱いになるそうだ。
無限ゼンマイは一本五千メロス、それを俺達は一人十本、計三十本採ってきた。
それに加えて脳筋グリズリー討伐の報酬五万メロス、今回の報酬は合計は二十万メロスになった。
これはクエストにしては十分過ぎるくらいの額だ、これで暫くは宿や飯の心配をしなくてよさそうなくらい。
俺は受付嬢から今回の報酬が入った袋を受け取る。
ずっしりとした重さが伝わり、大金を手に入れたという実感が湧いてきた。
金が入ったらまずやることは一つだ。
「お前らぁっ!今日は食うぞっ!」
昨日座っていた席に俺達は移動し、料理を注文した。
テーブルに並べられた料理は、肉だったり魚だったりがどれも美味しそうに並べられている。
「後、これは依頼主様からのお礼ということで」
店員さんが並べてくれた最後の料理は俺達がゲットした無限ゼンマイだ。
それが煮物となってテーブルに並べられた。
煮物の家庭的な匂いが俺の鼻腔に広がり、食欲をそそる。
「それじゃあいいか?ちゃんと作ってくれた人と食材に感謝してだな……」
「うわーいっ!いただきまーすっ!」
俺の話を無視してティナが早速料理を口に運んだ。
「馬鹿っ!折角俺が良いこと言おうと思ってたのに。……まぁいいか、そんじゃあ俺も食うぞっ!」
まず箸に取ったのは無限ゼンマイの煮物、すくい上げると黄金のタレが雫となって滴っている。
これを採る為にどれだけ苦労したことか、思い出すだけで涙が出てくる。
おっと、泣いてる場合じゃあないな、だってこれはお祝いなんだらっ!
俺はゼンマイをパクリと一口、噛んだ瞬間にジュワっとゼンマイに染みこんでいたタレとうま味が風船が割れるように口の中で弾けた。
弾けて拡散したそれはゆっくりと食道を通って胃の中を満たしていく。
うめぇ、すげぇうめぇ……。
甘めに調理されたタレとゼンマイ本来の苦味がマッチしていて美味い。
そして何処か懐かしいこの風味、かあちゃんの手料理を食べているようだ。
まぁ、かあちゃんはこんなに料理上手くなかったけど。
各々が食事を楽しむ中、一向に箸を持たないゴム娘に俺の視線は移った。
「ゴム娘どうした?食わないの?」
「いえ、私は……」
「えぇー、もったいないよ。こんなに美味しいのに」
ティナも気になったのか口いっぱいに料理を詰め込んで話しに入ってくる。
お前は食いしん坊のハムスターかよ。
「私はゴーレムですので、食事は必要ありません。お二人で楽しんでください」
ゴーレムは食べなくていいのか。
そういえば召喚してから今日まで彼女が食事をしていた所を見ていないかも。
昨日の水だって飲んでいなかったし。
ゴーレムには性感帯や触覚がないと言っていたし味覚もないのかもしれない。
「でもこんだけ用意したんだし、少しは食べてみろよ。美味いぞぉ。なぁティナ?」
「うんっ!すっごく美味しいよっ!食べないなんて勿体無いよっ!」
「そう、ですか。ではお言葉に甘えて」
ゴム娘は遠慮がちに丁寧に箸を持つと恐る恐るゼンマイの煮物に手をつけ、一口食べる。
「成る程、確かにこれは美味しいですね」
普段あまり表情を変えない彼女がほんの少しだけ口角をあげた。
その事が何故か俺も嬉しくて頬が緩む。
ティナも同じ気持ちだったのか頬っぺたに食べカスをつけながらニッコリ笑って。
「でしょでしょーっ?ほらもっといっぱい食べてっ!」
「あの、そんなに一遍は食べられない……」
「遠慮しないでっ!ほらほらーっ!」
小皿に沢山の料理を盛り付けゴム娘に渡しているティナ。
俺は頬杖をつきながら二人のやり取りを微笑ましく眺めていた。
まだわくわくな冒険なんかしていないし、初日に高級ホテルなんか泊まっている程冒険者らしくない俺達だがこう、仲間とわいわいやっているとやっと冒険者になったんだなという実感が湧いてくる。
身体の内側からじんわりと広がってくるこの暖かさに心地よさを感じながら俺はまだ熱気が篭もるコーンスープを一口飲んだ。
宴もピークが過ぎ、皆の箸が進む手も止まってきた。
腹も満たされ、心地の良い疲労感と眠気を感じながら明日の予定を立てることにする。
「取りあえず、明日もクエスト受けたいんだけどどう思う?」
俺達の目的は小金集めではない。
ゴム娘の身体に必要な星屑の砂探しが第一の目標なのだ。
とはいえ、それがある大いなる砂漠までここからかなりの距離がある、その為活動資金は多いに越したことはないだろう。
「私は一向に構いませんが」
「あたしも大丈夫だよっ!明日も頑張ろっ!」
それぞれ異論はないようだ。
しかし、俺にはクエスト中からある疑問がある。
これは今後の冒険に大きく関わることだから早めに解決しなくてはならないことだ。
俺はやる気満々に瞳を輝かせるティナの方を向いてから。
「……ティナ、お前本当に魔法使えるんだよな?」
そう、ティナの事だ。
彼女は俺と同じ魔法使い、更に魔法のエリート学校出身だ。
なのに今回のクエストで魔法を使っている姿を一度も見ていない。
彼女が今回していたことと言えば鼻歌歌いながら歩いたり、昼飯におにぎりを食べたり、脳筋グリズリーに襲われ怯えていたりしていただけだ。
魔法使いなんだよな?魔法使えるんだよな?
もしかしたら経歴を詐称している可能性もある。
「使えるよっ!……一応だけど……」
「一応?」
先程のやる気に満ちた瞳は何処へやら、すげぇ目泳いでるけど。
「おい、一応ってなんだ。詳しく説明しろ」
「あ、あははっ……」
「笑って誤魔化すなよっ!」
怪しい、凄い怪しい。
こいつ絶対何かあるな。
俺は挙動不審なティナをそのまま見つめる。
ティナの小さな額からは大粒の汗が溜まり、流れる。
そして。
「うわぁーんっ!ごめんなさいっ!あたし、魔法上手に使えないのっ!」
「上手く使えないというと?」
俺みたいに三流ってことか?
「グスっあたし、魔力は人の何十倍もあるらしいんだけど、制御できなくて、それでね、魔法が上手に使えないの」
目に涙を浮かべ、鼻声になりながらティナは語る。
魔力が多い人も大変だな、俺は逆に全然ないから困ってんだけど。
「でもティナはエリート学校出身だろ?それくらい教えてもらえるだろ」
「それも、上手に出来なくて……クラスでは落ちこぼれだったの……」
そうか、落ちぼれかティナの気持ちは人類落ちこぼれ代表の俺には痛いほど分かる。
劣っているから、クラスには馴染めず、屑だの馬鹿だの顔が気持ち悪いだの童貞臭いだの色々陰で言われるのだ。
言われるよな? これ俺だけじゃないよな?
しかもティナは俺と違って魔力は人の何十倍、きっと初めは凄い期待されたんだろう。
期待されていた分だけ裏切った時の罪悪感と周りの評価や態度がガラリと変わるのはさぞ辛かったことだろう。
「今まで黙っていてごめんなさい。ミスト達も幻滅したよね。あたしの事はもうパーティから外していいよ。……もう慣れてるから全然悲しくないし……」
慣れている、か。
恐らくティナは俺達と出会う前から幾つかパーティを組んでいたのだろう。
帽子にばっちりエリートの証である校章までついて歩いているのだからさぞ期待されて。
だけど、ティナはその期待に応えることができなかった。
その結果愛想を憑かれたのだろう。
だから俺達駆け出し冒険者の仲間になったのだ。
俺は悲しそうに俯くティナを見ながら考えを纏め、大きく息を吐いた。
そして。
「いいか、ティナ。お前が俺達と出会う前にどんな辛い経験があったかは知らねぇ。だけどこうやってクエストを一緒にやった。飯も一緒に囲んで食べた。俺達はもう仲間だ」
「み、ミスト……」
「大体俺はそういう才能がないから見捨てるとかそんなのは大嫌いなんだ。すげぇ冒険者になってそいつらを見返してやろうぜっ!」
「そうですよ、ティナさん。マスターなんてこんなにポンコツでみすぼらしいヘタレなのにこうして生きているじゃないですか。頑張りましょう」
「ゴム娘ちゃん……ミスト……っ!」
ティナが大きな瞳に溜めた涙を零して俺達の顔を交互に見る。
このゴーレムはご主人様を貶さないと生きていけないのだろうか。
「うんっ!わかったっ!二人ともありがとうっ!えへへっあたし頑張るよっ!」
泣き顔だった彼女も結局最後に見せるのは何時も通りの可愛らしいとびきりの笑顔。
「よしっ!そんじゃあ明日もクエスト頑張ろうぜっ!」
俺達三人は拳を天井に突き立てて、まだ見ぬ冒険に思いを馳せながら決意を誓った。
「なぁティナ、気になったんだが魔法が使えないならよく退学にならなかったよな」
「うん、それはね、パパが学校にお金を渡して色々してくれたの」
「……へぇ、そうかい」
……やっぱ金持ちは嫌いだ。