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仲間一人助けられねぇで何が冒険者だっ!

 「あ、あわわわわわっ」


 「グオオオオオオオっ!」


 ティナの震える声と熊の雄叫びが普段静かであろう渓流に響き渡る。


 黒いイカ墨がかかったような毛並みに筋骨隆々な身体、この熊は正しく先程クエスト対象になっていた脳筋グリズリーだ。


 恐らく先程休憩していた場所を縄張りとして生息し、この川には餌である魚を採りに来たといった具合だろうか。


 取りあえずまずはティナの安全確保が最優先だ。


 「ティナっ!いいか?慌てずに焦らずにゆっくりこっちに来るんだっ!……っておい?」


 俺が呼びかけるもティナからは返事が無い。


 それどころか彼女は地面に寝そべり、身動き一つすらとらなくなった。


 これってもしかして……。


 「死んだふりかよっ!よせ馬鹿っ!それは逆効果だっ!」


 「ふぇっ?そうなのっ?」


 そう、熊に遭遇した際に死体のふりをしてやり過ごすというのは迷信だ。


 熊というのは死体も食べる為、死んだふりをするなんて熊からしてみれば目の前にご馳走があるようなもの、その大きな口と牙で噛み殺されてしまう。


 更に本当に死んでいるのか確認する為にナイフや刀にも劣らぬ鋭い爪で引っかいたり噛み付いて振り回したりするそうだ。


 脳筋グリズリーは再び耳が痛くなるくらいの雄叫びをあげて眼前のティナの凶器ともいえる右腕を振り落とした。


 くそっ!やるしかねぇっ!


 「ジェネレートサンドっ!」


 俺は土魔法の初級魔法であるジェネレートサンドを唱える。


 横文字でカッコいいがその効果は手に砂を集めたりそれを放ったり出来るだけだ。


 俺は生成した砂をグリズリーのつぶらな両目に目掛けて発射した。


 「グオっ!?」


 よし、着弾を確認っ!グリズリーが怯んだ。


 「ティナっ!今のウチにこっちへ来いっ!」


 「ふぇえ……足がすくんじゃって無理だよぉ……」


 先程から力を入れて立とうとしてはいるが完全に腰が抜けている為立てないようだ。


 っちぃ!魔法のエキスパート設定は何処へ行ったんだよ。


 「くそっ!どうするっ!?」


 俺が直接ティナの所にいって助けるか? 


 いや、駄目だ、俺じゃあ力不足だ。


 考えて見て欲しい、俺は三流魔法使い、力も運動能力もその辺の女の子以下。


 そんな奴が助けに行った所でグリズリーのランチが少し豪華になるくらいだ。


 恐怖と圧倒的劣等感から一歩を踏み出すことが出来ない。


 その間にグリズリーも俺の砂を振り払い、正気に戻った様子、再びその視線をティナに移した。


 「た、助けてぇっ!」


 ティナの悲痛な叫びが俺の耳に届き、俺の胸を締め付けた。


 ちくしょう、俺が助けに行った所で何の意味もねぇ……。



 だけど、だけどもだ。


 目の前で助けを求める女の子をこうやって見過ごすことはできねぇ。


 それは俺が三流だとか、へっぽこ人間だからとかそんな理由は抜きにして、だ。


 

 女の子一人救えねぇで何が男だ。


 仲間一人助けられねぇで何が冒険者だっ!


 「待ってろよっ!ティナっ!」


 俺は踏み出しきれなかった一歩をしっかりと地面に刻んだ。


 何か取り付いていた足枷が外れたかのように軽い一歩。


 だが俺にとっては大事な重い一歩を。


 「うおおおおおおっ!!!」


 「グオオオオオオっ!!!」


 俺の叫び声に反応したのかグリズリーは俺の方を向き、迎撃体勢をとる。


 上等だっ!やってやんよっ!


 俺も心の中でジェネレーションサンドを唱えて手に砂を溜める。


 これでどちらも準備は万端だ。


 さぁっ!始めようぜっ!命を賭けた戦いをよぉっ!



 「マスター、私に任せてください」



 不意に後ろから聞こえるゴム娘の声。


 そして一厘の風が舞うと一気にゴム娘は俺を追い越しグリズリーに猛突する。


 グリズリーもゴム娘を眼前に捕らえたのか視線を移し、構え直すが。


 「ふんっ!」


 ゴム娘が走った勢いそのままに右拳をグリズリーの大きな腹に突き刺した。


 それを受けて前かがみになるグリズリー。


 その一瞬をゴム娘は逃さなかった。


 腰を右に捻り遠心力を利用したアッパーカットが見事グリズリーの顎に命中。


 石が綺麗に割れたような快音と共に口から牙の破片と血を吹き出し宙に浮いて落ちるグリズリー。


 そしてその巨体が地面に落ちた鈍い音が渓流に響き、遠くの方で小鳥たちが離散する羽ばたき音が聞こえてきた。



 え、えぇ……。



 「いやぁ、ゴム娘ちゃんさっきはありがとぉ。ほんと食べられちゃうかと思ったよぉ」


 「いえ、仲間を助けるのは当然ですからね」


 「えへへ、このパーティに入れてもらえてよかったっ!」


 グリズリーを倒した後、俺達は川を辿って上流へ向かっている。


 ティナは食べられるという恐怖から開放されすっかり元気なようだ。


 ほんと、元気でなによりだなぁ……。


 「はぁ……」


 「マスター、ため息なんてついてどうしましたか?」


 「こっちの話だから気にすんな」


 あの時だした俺の勇気を返して欲しい。


 なんだよ、俺かっこつけちゃってさ、雄叫びなんて上げてさ。


 いや、実際あの時自分でもかっこいいと思ったよ?


 それならさ、普通俺が助けるシーンだろっ?そうだろっ?


 何かすげぇ恥ずかしいよ、完全に俺スベッた感じじゃん。


 どうすんだよ、この砂、完全に出し損じゃん、魔力の無駄使いじゃん。


 まだ俺手に握ってるよ、ほんとこれどうすんの?


 「ミストもありがとね、助けようとしてくれて、その、かっこよかったよ」


 ハニカミながらもティナらしい可愛い笑顔で俺に感謝してくる。

 

 やめてくれ、今その笑顔は胸に刺さる。



 俺達は川の上流にたどり着いた。


 そこは湿地帯となっていて水の溜まり場には藻やハスの葉が浮いている。


 周りを軽く見渡して見ると、ようやくお目当ての物を見つける事が出来た。


 「あったぞ。これだ」


 水の溜まり場に沿って生えている無限ゼンマイ。


 それはさきっちょが普通の螺旋を描いているゼンマイとは違い、『∞』のマークを描いている。


 おまけに背が高く俺の腰の辺りまで伸びているのだ。


 大きく伸びた茎が湿地帯の水気を吸っておひたし等で食べると水々しく、それでいてほのかに苦い。


 「よし、これを採ってさっさとクリアといこうか」


 「そうですね、しかも私たちは脳筋グリズリーを倒したので受付に言えばクエストダブルクリア扱いしてくれるかもしれません」



 


 かくして俺達は無事帰還し、無限ゼンマイと脳筋グリズリー討伐のクエストをクリアした。


 初めてクリアしたクエストは俺にとってちょっぴりほろ苦い経験となった。

 


 

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