プロローグ
季節は春。
穏やかで暖かいこの季節は始まりの季節だと例えられ、新芽が芽吹き花は咲いて、新しい物事に皆心躍る。
人間だってそうだ、これから始まる出来事に期待と少しの不安を感じつつも希望の花をその胸に宿して勉学や仕事に励むのだ。
俺、ミスト・アルケージュもその一人。
今日から念願の魔法学校に通い一流の魔法使いを目指し地元を飛び出して大きな街に来た。
己の内なる力を使う魔法使い、子供達の憧れの職業の一つで俺も親を何度も説得したりおつかいや家事のお掃除をして媚を売りなんとか夢の舞台に立つ事が出来た。
これで俺も魔法使いになれると考えただけで心臓の鼓動が止まらない。
ある魔法使いはマグマを断ち切り、またある魔法使いは海を割って道を造る。
俺もそんな魔法使いになれたらっ!
そしていつかは憧れだった冒険者として仲間と色んな場所へ旅に出ることができたらっ!
「ああ……ミスト。アルケージュ君。ちょっと来たまえ」
そんな俺に声をかけたのはどっぷりと白髭を顎に蓄えたいかにもお偉いさんの風貌を持っている初老の男性だ。
クラスで待機中にこんな偉そうなおじさんに声をかけられる事で教室中の視線が俺に集まる。
なんだなんだ、まさか魔法の才能がずば抜けてたとかそんな話か?
これは入学早々好スタートを切ることが出来そうだ。
そのまま俺はおじさんに連れられ個室へと案内された。
質の高そうなソファーが対面する形で設置されておりその真ん中にはガラス張りの机、どうやらここは応接間らしい。
「ミスト君、君には本校で学んでいくにあたってどうしても伝えなくてはならないことがあるのだが……」
渋い顔で俯き、何かいいづらそうなおじさん。
これは間違いなく吉報だろう。
しかもこんなに言いづらそうにして、よほどのことか?
もしや魔法の適正がずば抜けているどころかこの世界最強の魔法使い『大聖魔法使い』に匹敵する才能を持っていたとか……。
「ふひひ」
思わず間抜けな笑い声が漏れた。
これが笑わずにいられるか、まさかこんな事があるなんて。
俺は天に愛されているらしい。
ああ、神様に感謝、まぁ今まで祈ったことはないけど。
「その、言いにくいことなのだが……」
「なんですか? もったいぶらずに教えて下さいよ」
「ああ、では覚悟を決めて聞いて欲しい」
おじさんは意を決した表情を浮かべて大きく鼻を広げ息を吸った。
そして俺の顔をしっかりと見据えてから。
「君の適正は土魔法だ」
「へっ?」
土魔法? それっていうと魔法使いの中で一番不人気な土魔法って事?
出来ることと言えば土で家の壁の補強とか畑を肥やす為の土壌とか造ったりするあの土魔法の事?
とにかく地味で他の魔法使いから小馬鹿にされ続けているあの土魔法の事?
「じょ、冗談ですよね?」
そう、冗談だ、なにかの間違いだ。
だって俺はこれから炎とか氷とかかっこいい技が出せる魔法使いになって冒険したりとか色々……っ!
「冗談じゃない。本当じゃよ。本当」
おじさんは先程の神妙な顔つきから一転、今にも鼻をほじりそうな間抜け面をしてしれっと答えた。
「おいおっさんっ! 嘘をつくなっ! そんなアホ面で言われても信じるわけないだろっ!」
「だって本当なんだもーん、ワシ嘘つかんし」
「このっくそじじいがっ!」
怒りに身を任せて席を立ちくそったれじじいの胸ぐらを掴み上下に揺らす。
しかし、じじいは揺らされても全く動じず、ひょうきんな顔で鼻歌まで歌う始末だ。
そして、そんなじじいが次に発した衝撃の事実。
それに俺は完全に狂わされる羽目になる。
それは……。
「あ、後君魔法適正ほとんどないからこの学校辞めたほうがいいよ。つか魔法使い目指すのとか無理だから」
「あっ? 今なんて……」
「だぁーかぁーらぁー、君には魔法の才能なんてないの。ほぼゼロ。普通の人なの一般ピーポーなの。判ったらお家に帰って畑仕事でもしたら? その貧弱な土魔法で」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!」
季節は春。
始まりの季節は誰にだって訪れる。
それが例えどんなに良い出来事の始まりでも、悪夢の始まりでもだ。
俺の声にならない叫びは木霊になり、外に咲いている桜の木を揺らした。
桜の花がヒラリと舞い降りて、ゆらゆらと不規則に滑空しながら地面に音も無くゆっくりと落ちた。
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