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ログホライズン関係:考察・短編集

竜の街と探索者と迷子王

作者: みずっち

アキバ近郊の<妖精の輪>に、二人の冒険者が居た。

一人は全身鎧に身を包み、盾と槍を背中に背負っている。

もう一人は脇に従者を従え、優雅に扇子を揺らしている。


「モノノフさん、お一人で宜しいのですか?」

「えぇ。スポンサー(・・・・・)から準幻想級(支援アイテム)貰ってますし」


施療神官(モノノフ23号)は、頭に掛けたゴーグルを指差した。

目の前の召喚術師(菜穂美)は優雅に頷くと眉根を顰めた。


「まさか、あちらの手を借りる日が来るなんて…」


ゴーグルを見た菜穂美の表情が複雑に歪む。

情けないやら恨みがましいやら、若干安堵の色も見える。


「まぁ、仕方有りませんよ」

「…そうですわね…」


愚痴を言っても詮無い事なのは二人とも承知だ。

頷いた後、モノノフ23号はゴーグルを装着し、<妖精の輪>を確認する。


『ウェンの大地/帰還先書き換え:無し』


スポンサーによれば、このゴーグルではサーバとホーム書き換え有無しか分からないらしいが、それでも充分な性能である。

ゴーグルに表示された文字を確認すると、モノノフ23号は理解した様に頷き、光る輪に飛び込んだ…。






モノノフ23号の目の前に広がるのは、広大な岩肌だ。

眼前の風景に、彼は数瞬息を呑んだ。

ハッと我に返り、現在地を確認する。


「<竜の谷>?…ドラゴンズキャニオンか…情報通り、周期が変わってるな」


現実ではグランドキャニオンだった場所だ。

大災害前、或いは直後の周期を元にすると、中東サーバに出る筈だったが。

尤も、ゴーグルで行先を確認した時点で傍証は得ていたから、周期の変化は問題では無い。

問題は、現地での騒動などに巻き込まれる事だ。

只の依頼(クエスト)なら構わないが、冒険者たちが暴走した様な事は御免蒙りたいものである。

海外サーバの情報はある程度伝わっているのだ。


「まぁ、その時はその時か」


モノノフ23号は、ふーっと息を吐き、気持ちを切り替えて歩き出した。


「きゃっ!」


<妖精の輪>から離れて数分、脇の岩陰から短い悲鳴が聞こえた。

思わず緊張が走る。


「どうしました!?」


慌てて回り込むと、大地人の女性が地面に座り込んでいた。

青い目に青い髪、服装はヤマトでも見るような開拓村と同様の服装。現地の開拓民だろうか。

どうやら足を怪我したらしく、へたり込んで途方に暮れている様子だ。


「大丈夫ですか?」

「あ、す、すみません…」


声を掛け、ステータスを確認する。


『シェリア/女/開拓民・レベル17』


ヒールを掛け、怪我を治して彼女を立たせる。


「すみません、有難う御座います」


シェリアは怪我が治った事に驚き、モノノフ23号をまじまじと見つめた。


「冒険者の方ですか?」

「えぇ、僕はモノノフ23号と言います。ヤマトで<施療神官>をしています」

「まぁ、ヤマトから…確か、海を隔てた遠い異国の地だと聞いていますが…?」


シェリアは目を皿の様に見開いて眼前の青年を捉える。

そんな遠い所からここまではるばるやって来たのか。


「あぁまぁ、<妖精の輪>の調査の一環でして。それにしてもこんな所で何を…?」


モノノフ23号は辺りを見回し、警戒しながら問う。

視界には何も無いが、念のために<斥候>の能力でゾーン警戒を設定しておく。


「私は近くの村に住んでいるんですが、父が<竜の都>に出掛けておりまして。これから会いに行く所なんですが…」

「ここで転んだ、と」


モノノフ23号の突っ込みに、シェリアは見る見る内に顔を真っ赤にして俯いてしまった。


「は、はい…お恥ずかしながら…」


急いでいて躓いてしまったそうだ。

見た所、特に何も無さそうな場所である。

おっちょこちょいなのだろうか。


「じゃあ僕も同行しますよ。ここはドラゴンも多いらしいし、丁度<竜の都>には用事が有りますから」

「まあ。それは願っても無い事です。では宜しくお願い致します」


モノノフ23号が頷き、歩き出した所で<妖精の輪>が光った。


「あ?何だここは」


光が収まると、一人の冒険者がそこに立っていた。

装備を鑑みるに、<武闘家>の様だ。

周囲を見回し、モノノフ23号と目が合った。

すかさず簡易ステータスを確認する。


「ヨサク?…日本人ですか?」

「へぇ、モノノフ23号、ね」


お互いに歩み寄る。敵意は無い。

軽く挨拶をした。


「<ホネスティ>?アキバのギルドか…こんな所で何してんだ?」


ヨサクが訝しげに眉根を顰めた。

ここはウェンの大地(アメリカ)、荒野のど真ん中だ。

ヤマト(日本)の冒険者などそうそう居る場所では無い。


「<妖精の輪>の調査ですよ」

「あぁ、”円卓”ってヤツか」

「はい」


噂は聞いている様だ。

<ホネスティ>はアキバの巨大ギルドの一つ。

人海戦術で情報収集を行う事も可能である。


「ヨサクさんはソロですか」

「おう、まぁな」


ギルドタグは空欄だった。

ヨサクは、気楽な一人旅だと口の端を歪ませた。


「んで、あんたは大地人か」

「はい、シェリアと言います。よろしくお願いします」

「おう、よろしく」


頭を下げたシェリアに対し、ヨサクは気さくな態度で手を振った。


「んで?こんなとこで何してんだ?」


再び周囲を見回しながら、ヨサクが訊いた。

素朴な疑問だった。

ここには特に何も無い。<妖精の輪>以外は。


「近くの村に住んでいるのですが、<竜の都>に父が出掛けておりまして、これから会いに行く所なんです」

「そこでばったり出くわしたんです。丁度、<竜の都>の情報を収集しようと思っていたので同行する事にしたんですよ」


シェリアによれば、ここからだと歩いて一~二日らしい。


「へぇ、そりゃご苦労なこった」


ヨサクが斜に構えた様な態度で腰に両手を当てる。

一見して関わる気が無い様にも見えるが、もし一緒に来てくれれば、戦力としては大いに助けになるだろう。


「あの…もし宜しければ、同行して頂けますか?」


思い切って頼んでみる事にする。


「僕は<施療神官>なので、戦闘の方はちょっと…」


それに一人より複数の方が旅も楽しくなる。

そんな事を必死こいて説明した。


「あぁ、分かった分かった……めんどくせえが、まぁいいか。暇だし、付いてってやるよ」


本当に面倒そうに手で追い払う仕草をした後、頭をポリポリ掻いて溜息を吐いた。


「確かにコイツは頼り無さそうだしな」

「うぐっ…」

「有り難う御座います!」


モノノフ23号の呻きと対照的に、シェリアは朗らかな声で頭を下げた。

確かに<施療神官>は回復職だ。

殴りビルドは有るし、自分は典型的な<アーマークレリック>だから殴りビルドの範疇に属しているが、流石に本職の前衛には敵わない。

しかし、ヨサクの言葉はもっと別の事を言っている様に聞こえた。

認めたくは無いが人間性を評価された様な気がする。


「あぁ、わりーわりー。おめーに似たヤツが知り合いに居るんだ。まぁ雰囲気っつーかなんつーか」

「は、はぁ…そうですか…」


何と無く腑に落ちないが仕方ない。

シェリアをチラリと見ると、クスクスと笑っていた。

まぁ依頼人(クライアント)が良いなら良いか。






パーティ登録をして、歩きながらヨサクの話を聞く。


「アキバの人間か…じゃあ<ブリガンティア>っつったら分かるか?」

「あぁ、聞いた事は有ります。大災害直後、ススキノでのさばってた連中だと…」


あの頃、モノノフ23号はアキバで必死に生活していたから又聞きでしか知らないが、かなり横暴なギルドだったらしい。


「まぁ、控えめに言っても横暴だったな」

「まるで見て来た様な言い方ですけど…?」

「あぁ~、見て来たっつーか、入ってたんだ。そこに」


シェリアの方を向いてヨサクが事も無げに言った。


「もう存在しねえよ。今は<シルバーソード>の傘下だ」


確かにモノノフ23号はその話も聞いている。

12月中旬から<円卓会議>の幹部であるシロエがススキノに行った時、<シルバーソード>の力を借りたとも聞いた。

しかしモノノフ23号は当時の事を情報でしか知らないため、元<ブリガンティア>と言われても、ピンと来ないのが現状だった。

しかもヨサクは現在何処にも所属していない。

既に吹っ切っているのだろう。

更に話を聞くと、ミナミに友人が移ったのだそうな。


「ロンダークさん、ですか」

「おうよ…でな、迎えに行くためにあちこち旅してんだよ」


念話登録をしていなかったため、連絡の取りようが無いと言う。


「わざわざミナミに行くのにここまで来たんですか」


モノノフ23号は顔を顰めた。

ナインテイルに居たなら、そのままウエストランデに行けば良いのに。

少なくとも自分ならそうする。

シェリアは「まぁ、それは大変ですね」などと心配している様だが、自分には頭がおかしいとしか思えない。


「何、どうって事ねえさ。ミナミに行くまでの寄り道だ」

「それは『迷子』って言いませんか?」

「いや、俺は迷子じゃねえ、これはタダの寄り道だ」

「は、はぁ…」


ニヤリと笑うヨサクに対し、モノノフ23号は呆れ返ってまともに反応が返せない。


「凄いですね!」

「まぁ、諦めなきゃいつか出来るさ」


シェリアは目を輝かせてヨサクを称賛している。

この人はバカか?バカなのか?それとも大物なのか。

何と無く頭が痛い。


「ん…?」


頭を抱えた所で、ずっとアクティブにしていた<斥候>の能力が何かを検知した。


「冒険者の…集団…?」

「あ?何だって?」


ヨサクが反応する。

モノノフ23号は、それに答える様にそちらの方角を指差した。


「…何だアイツら?かなり多いな…」


ヨサクの眼にも見えたらしい。

荒野の向こうに大勢の人影が揺らめいている。


「む…これは…」

「どうした?」


<斥候>の能力で数を確認したモノノフ23号の様子に、ヨサクは不穏な空気を感じた。


「100人を超えてますよ!」

「何だと!?」


一気に緊張感が走る。

<斥候>のサブウィンドウに表示された人数は198人。

明らかに平常時の人数では無い。


「ちっ!二個大隊かよ!」

「これはまるで…」

世界規模(ワールドクラス)か?」


聞いた人数と二人の緊張に、シェリアも顔を強張らせた。


「い、一体何をしに…?」

「さあな。だが、こういう時は嫌な予感が当たるもんだ。特に俺のはな」


シェリアの疑問に答えたヨサクは、冷や汗を掻きながらそれでも口元を吊り上げた。

無理やりにでも皮肉を言って笑わないとやってられない。そんな心境だろうか。


「嫌な予感って…」

「まぁよ…取り敢えず、話聞いてみりゃ分かるさ」


話が通じる相手なら良いがな。

ヨサクが予感した事にモノノフ23号も思い当たり、唾を飲みこんだ。






集団全体がこちらに向かって来ている。恐らくこちらの存在を感知したのだろう。

200人近い冒険者の集団が大挙して迫って来る様子はかなりの威圧感を漂わせている。


「よう、俺たちに何か用か?」


先頭集団が近くに来た所で、ヨサクが先に声を掛けた。腕を組んで仁王立ちである。


「やぁ、すまない。ちょっと近くを通ったものでね」


リーダー格の冒険者が手を挙げながら近づいて来る。

それが合図だったかの様に、後方の集団も順次歩みを止めた。若干異様な光景だ。


「日本語か?すまないが読めないんだ。自己紹介してくれると有り難いんだが…」

「何言ってやがる。そっちが近づいて来たんだから、そっちから名乗るのが礼儀だろう。こっちだって英語は苦手なんだ」


ヨサクの言葉に集団の何人かが色めき立つが、リーダーの男は笑い飛ばした。

どうやら、お互いに牽制し合ったらしい。

ヨサクは大声を出してわざと後ろの連中に聞かせ、リーダーの男はそれを見抜いて器の大きさを示したと言う事か。

モノノフ23号はその事実に気付き、舌を巻いた。

この二人は咄嗟に心理戦を展開したのだ。どちらも場数に慣れている。


「あっはっは!確かにその通りだな。俺はマーカス、皆からはマークと呼ばれているよ」


職業は<盗剣士>、レベルは当然の様に90だ。


「俺はヨサク、<武闘家>だ」

「僕はモノノフ23号と言います。<施療神官>です」


次いでシェリアを紹介した。


「日本の冒険者と大地人(NPC)か」


お互いの自己紹介は済んだが、マーカスの差し出した手は宙ぶらりんのままだった。


「あ、こいつらレベル90超えてる!」


マーカスの後ろから声が聞こえた。

直ぐにざわめきが大きくなる。

実際、ヨサクはレベル94、モノノフ23号はレベル91だ。

やはり、他サーバ(海外)では珍しいか。


「あぁ!?それがどうした!!」


ヨサクが大声で一喝すると、見かねたマーカスが背後の集団を制止した。


「すまない、血の気が多くてね。だが丁度良い、我々に力を貸してくれないか」

「はぁ?何でてめえらなんかに…」


ヨサクが眉間に皺を寄せる。


「そうですね、いきなり言われても…話を聞かない事には判断出来ませんよ」


モノノフ23号も困惑気味に返答する。


「それによ、俺たちはこの嬢ちゃんを<竜の都>まで送り届けなきゃいけねえんだ。てめえらに構ってる暇は無ぇんだがな」


そう、こちらはシェリアを護衛すると言う仕事が有るのだ。


「なるほど、<竜の都>か。なら丁度良い、我々の目的地もそこなんだ」

「何…?」


ヨサクがピクッと反応する。

モノノフ23号は、先ほどのヨサクの言葉を思い出した。


「この人数で、一体何をしに行くんですか?まさか交易とかじゃないですよね?」

「ふむ…まぁ交易と言えばそうなんだが…」


マーカスが腕を組んで俯いた。

どう答えるか思案中の様である。

逆に言えば、素直に言えない理由なのかも知れない。


「ふん、あそこのトカゲどもを殲滅しに行くのさ」


また集団の方から声がした。

今度は前に出て来る冒険者が居る。

好戦的な様で、ニヤリと笑いながらこれ見よがしに自分の武器を肩に担ぐ。

巨大な斧だ。<守護戦士>の様である。


「そ、そんな…」


竜を殲滅すると聞いたシェリアが体を震わせた。

彼女に取っては、いや、周辺の大地人に取っては良き隣人でもある相手だ。

それを殺すと言われたのだから、衝撃は人一倍だろう。


「ルドルフ、今は戦闘中じゃ無いぞ。敵が出るまで仕舞っておけ」

「いけ好かねえ連中だな。交渉だと?この状態でどの口がほざくんだ?」

「武力を見せつけて何らかの取引を持ちかける…完全に脅迫ですね」

「いや、勿論それは最後の手段だ。我々の目的は物資の調達だ。大災害(カタストロフィ)から一年が経って、色々な物が不足しがちでね。だから、交易を行なって活気を取り戻したいのだ」


マーカスが弁舌を振るうが、どうにも信用出来ない気がする。

何か胡散臭い。まるで用意した台詞の様にも聞こえる。


「モノノフ、どう思う?」

「何だか棒読みと言うか、覚えて来た言葉をそのまま言っている様で…どうにも信じられませんが…」

「同感だ」


ヨサクは溜息を吐いて頷いた。


「マーカスっつったな。もし拒否したらどうするつもりだ?」

「その時は仕方無い…君たちの事は諦める。ただし、我々の邪魔をしたら敵と見做し、排除する事になる」

「おい…邪魔してんのはそっちじゃねえのか?」


ヨサクが噛み付いた。


「ほう?」

「大地人の生活の邪魔をして、俺たちの旅の邪魔をして、自分たちの邪魔はするなだと?よくもまぁ上から目線で物が言えるな」


仁王立ちで腕を組み、マーカスを睨みつける。


「<サウス・エンジェルス>から来たっつったな。ここに来るまでにどんだけ準備した?どんだけ周辺地域に迷惑掛けたか想像出来るか」


これだけ大人数での移動は、物資を最初から全て持っていくのは至難である。

当然、現地調達も視野に入れて計画を立てる必要が有るだろう。

さっきマーカス自身も言った通り、物資が不足しがちの状態でここまで来たのだ。周辺の村や町から”徴収”する場面が有ったのは想像に難くない。

ヨサクが畳み掛ける間に、モノノフ23号は相手を観察し、読み取った。顔から感情が消え、無機質になっていく所を。

モノノフ23号は理解した。これは拒絶だ。

恐らくヨサクの言葉は痛い所を突いたのだろう。


「…仮にそうだとして、君たちは…どうするんだね?」


逆にヨサクを睨むマーカスの顔には、不可逆の覚悟が滲み出していた。

多分三、四人ぶちのめした所で彼らは止まらないだろうし、この人数だ。三人纏めて返り討ちに遭うだろう。

特にシェリアは大地人だ。死んだら生き返らないし、そもそも女性だ。何をされるか分からない。


「…やれやれだぜ」


ヨサクの暗澹とした溜息はモノノフ23号にも伝染した。

結果、三人は討伐大隊の予備人員として後方のグループに入る事になった。

第二大隊の隊長はオースティンと名乗った。<海賊>、つまり日本で<武士>のクラスだ。

尤も、三人はここでも握手を拒否したが。


「…」


ヨサクが仏頂面で無口になっている。

性分だとか元々こういう顔だとか言い訳は思い付くが、モノノフ23号は何と無く察した。


「…もしかしてイライラしてます?…彼らの事、嫌いですか?」


恐る恐る訊いてみる。

勿論自分も全面的に好きにはなれない。

だが、個人個人では気さくな人間も少なからず居るものだ。


「まぁ、それも有るがよ…自分に腹立つぜ」

「自分に?」

「…結局付いて行くしかねぇ…」


ヨサクは頭をガシガシ掻いた。


「まぁ仕方ないですよ…これだけの人数は流石に…」


モノノフ23号は苦笑いだ。


「ちっ…情けねえ…脅しに屈するしかねぇのか」


ヨサクが足元の石ころを蹴っ飛ばす。


「都の皆様は私たちに取っては友人であり、家族みたいなものなのに…」

「まぁ、嬢ちゃんだけは守ってやるよ…最悪な」


悲しそうなシェリアに、ヨサクとモノノフ23号は複雑な表情を向けた。






日が落ち、夜になった。

一行は荒野で宿営の準備をしている。

三人も手伝っているが、他のメンバーとは違って黙々と体を動かしていた。

テントの設営などは三人とも出来るが、料理は流石に難しい。

シェリアは大地人なので、手作業で料理を作るのは慣れていない。

モノノフ23号もヨサクもサブ職に調理スキルは無かった。

だが、モノノフ23号にはアイテムが有る。とあるエプロンだ。

元々は<新妻のエプロン>だが、これは割烹着デザインで男でも恥ずかしく無い。スポンサーからの支給品である。


「ほー、あのエプロンがそんな風になんのか」

「えぇ、その様で」

「手作業の料理ってやっぱり凄いですね」


シェリアは開拓民なので普通に手伝えるのだが、辺境の村出身なため、<五月革命>から一年経ってもまだ珍しいようだ。


「よう、元気か?」


三人で晩ご飯を食べていると、団員の一人が近づいて来た。

装備を見るとローブを羽織っている。魔術職だろうか。

近くに居た冒険者の一人だ。


「あんだよ」


ヨサクが鬱陶しそうに相手を睨む。

モノノフ23号も釣られて相手を見た。

癖でステータスを確認すると、<癒し手>・Lv74だった。本人はジェイクと名乗った。


「まぁまぁそう警戒すんなよ。折角同じ中隊(チーム)に入ったんだし」


ヨサクとモノノフ23号の間に割り込み、しゃがみ込む。


「ドロップアイテムは山分けだからさ」


ニカッと歯を見せて笑う顔には一点の曇りも無い。

それが当たり前と言う風情で、モノノフ23号の引っ掛かりには気付いて無い様だ。


「ドロップアイテム、という事は竜を倒す前提ですよね?」

「え?他に何か有るのか?」


ジェイクはモノノフ23号の言葉に首を傾げた。


「…勘違いすんなよ。俺たちはあくまで嬢ちゃんの護衛だ。てめーらの予備じゃねえ」

「取り敢えず<竜の都>までは同行しますが、そこから先は目的が違いますからね」


二人は<都>の竜たちを狩る事は考えていない。

話が通じるなら、戦闘が避けられるならそれで良いと考えている。

なるべく平和的に。それが二人の一致した意見だ。

ジェイクは二人に睨まれ、後ずさりしながら立ち上がった。


「分かったよ、そう睨むなって…にしても可愛い子だな…シェリアちゃんか」

「あ、あの…?」


今度はシェリアにちょっかいを出すつもりらしい。

回り込んで傍に寄ったジェイクに、シェリアは若干体を引き気味だ。


「おい、何してんだ?」

「べ、別に何もしねえよ、いやホント…」


ヨサクの殺気に気圧されたのか、ジェイクは慌てて誤魔化しながら離れて行った。


「シェリアさん、なるべく僕たちから離れない様にして下さい」

「は、はい」


モノノフ23号の忠告に、シェリアは真剣な面持ちで頷いた。

食事が終わると、ヨサクとモノノフ23号は交代で夜の見張りに参加する事にした。

とは言っても、これだけの数の冒険者が居れば、並大抵のモンスターでは太刀打ちできないだろう。

それに、二人の主たる目的はシェリアの護衛だ。

冒険者は男が多いから、一人にしておくと何をされるか分からないと言うのが本音である。

だから彼女の寝ているテントからはあまり離れられない事は伝えてあるが、自分たちを含めて200人も居れば順番が回って来る事は滅多に無い。

結果、二人の心配は杞憂に終わった。






翌日、三人を含めた討伐部隊は、日の出から少しして再び移動を開始した。

モノノフ23号は歩きながらヨサクに話を聞いている。


「そう言えば、ナインテイルのギルドには入らなくて良かったんですか?<工房ハナノナ>でしたっけ?」


昨日少し聞いて疑問に思っていた事だ。

ナインテイルで起こった事件を何度か一緒に対処したと言うなら、それなりの親交は有る筈だろう。


「ロンダークを迎えに行かねえといけねえからな。それに、今のナカスは<プラント・フロウデン>が押さえてる」

「だったら、それこそ<プラント・フロウデン>に入れば良かったんじゃ?ロンダークさんにも会えるかも知れないし…」

「それはガラじゃねえよ…入って地道に出世なんて、会うまでにどれくらい掛かるか分からねえしな」


あそこは排他的で、余所者には冷たいとぼやく。

もしかしたら経験が有るのかも知れない。


「なるほど…」


モノノフ23号は妙に納得してしまった。


「でも、お弟子さんもいらっしゃるんですよね?」

「…まぁ弟子って程でもねえがな。多少心得を教えてやった程度さ」


教えられる事は全て伝授した。後は本人次第だ。

元は<大地人>だが、もしかしたら<古来種>になれるかも知れない。


「それは凄いです!」


ヨサクの話にシェリアは目を輝かせた。

大地人に取って<古来種>は冒険者に匹敵する強さを持った存在だ。

それこそ畏怖と尊敬の対象である。

それが新たに生まれるかも知れないと思ったら興奮するのも無理は無いだろう。


「<古来種>ってなれるもんなんですかね」

「さぁな。だが、少なくともアイツは信じてるし、俺も信じてる」


モノノフ23号の呟きに、ヨサクはふっと笑った。


「おい、聞いたか」


ジェイクが近づいてきた。若干声音が弾んでいる。


「何がだ…?」

「もうすぐだってよ!」


ヨサクの反応に、ジェイクは嬉々として喋り出した。

どうやら、竜の都まで残り数キロメートルらしい。

前の集団もざわついている。

連中は早くも浮足立っている様だ。


「ここからは、馬だと一時間ぐらいです」


シェリアが頷き、呟く様に説明した。

歩いても三~四時間程度だそうだ。

実際、先頭集団の眼には、都が見えてきているらしい。


「二人とも気ぃ引き締めろよ。この連中、何するか分からねえからな」

「勿論」

「はい」


このペースなら昼過ぎには辿り着くだろう。


「前の連中が偵察に行くらしいぞ」

「ホントかよ!」

「良いなぁ…俺も早く行きたいぜ」

「何で後ろなんだよ」


周囲から暢気な声が聞こえてくる。

都に着いたら何をするか、相談する者も居るようだ。

問題は着いた後の行動だ。

三人は互いの顔を見て頷き合った。


「ん?…何だ、あれは…?」


その頃、偵察に当たっていた先頭の集団が、都の上空に何かを発見した。

<竜の都>の上空が暗くなっている。

丁度そこだけが黒い塊で覆われている様だ。


「…雲か…?」


思い付いた様に<暗殺者>の男が呟く。


「こっちに近づいて…い、いや、雲じゃねえぞ!!」


<召喚術師>の男が叫んだ。


「竜だ!竜の群れだーーー!!!」


<盗剣士>の男が慌てふためきながら念話を掛ける。


「総員戦闘態勢!フォーメーションを作れ!!」


マーカスの指示が波の様に伝わって行く。

あちこちでざわめきや雄叫びが上がり、昂揚感がまるで伝染する様に広がって行った。


「やれやれだ。到着前にお出ましか」

「あの竜たちって、もしかして都の…?」


ヨサクとモノノフ23号も、会話しながら装備を整える。


「さぁな。だがあの様子…あの連中が話し合う様に見えるか?」


二人に顔を向けてヨサクが問うた。


「…そんな…」


シェリアの顔が悲しそうに歪むが手足は移動準備に動いている。

状況は流動的だ。もたついていると最悪の事態になりかねない。


「俺たちは予備要員だ、このまま後ろに下がるぞ」

「そうですね」

「は、はい、分かりました」


事前の話し合い通り、シェリアをモノノフ23号が守り、周囲をヨサクが警戒する形を取った。

目標は最後尾だ。

何故なら、前の方は激戦地になるだろうし、最低限身を守る以外に戦う意志の無い自分たちがうろうろしていては、彼らの邪魔になるだろうと判断したからだ。

シェリアは身を屈め、モノノフ23号が彼女の右手に立ち、ヨサクが左手側の一歩後ろを陣取る様に走り出した。






空が暗くなる。

数百体の竜が視界を埋め尽くし、まるでここだけ夜になった様だ。


GUOOOOOOOOOOOOOOO――!!!


BAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO――!!!!!


竜の雄叫びが頭上のあちこちから降り注ぎ、空気を震わせた。

巨大な体躯を遠慮なく地面にめり込ませ、地響きを立てながら次々に降りてくる。

まるで地震でも起こった様に足元が揺れる。


「な、何だ…こりゃ…」

「レイドボスが…こんなに…」


最前線に立つ冒険者たちが呆然とした様に呟いた。

確かに竜と戦う覚悟はしていた。

だがそれは、レギオンレイドを一体ずつ、或いはフルレイドを数体ずつ、そう言う認識だったのだ。


「ひ、怯むな!陣形を整えろ!」


第一中隊の隊長が檄を飛ばすが、時は既に遅かった。

先ほどの竜たちの雄叫びが、前に居た数十人の冒険者に<麻痺>や<萎縮>の状態異常を付けていた。

ハッと我に返った冒険者たちは状況や立ち位置を確認しようとしたが、横合いから幾つものブレスが襲い掛かって来たのだ。

結果、前列の彼らは四方八方から攻撃を浴びる事になった。

被害は第二中隊の一部にも及び、事ここに至って漸く、彼らは出遅れた事を理解した。

報告を受け、状況を即座に理解した他のチームも動き出すが、既に竜たちの包囲は殆ど完成されていて、昔見た日本の漫画の様に高く聳える壁となって、彼らの前に立ちはだかっていた。

その壁は、連絡を受けて参加した第二大隊の後ろの方まで威圧感を伴って見えている。


「たかが竜なのに…連携してる…?」


第二大隊の誰かが呟く。

それは、後方に居た殆んどの冒険者の気持ちを代弁したものだ。

少し離れて見れば分かるが、パーティランクやハーフレイドの少し小さ目の竜たちが、大きなレイドランクの竜たちの隙間を埋める様に攻撃を仕掛けて来ている。

そしてこの『壁』は、正面と左右に展開していた。

ひしめき合った冒険者たちには逃げ場が無い。

いや、もちろん物理的な隙間は有る。だが、立ち位置を変えると連携が取れないため、それほど柔軟に対応出来ないのだ。

彼らの限界を示している様にも見える。


「流石に只のモンスターじゃ無さそうだな」

「フレーバーでも、元々知能は高いと設定されてますしね」


その様子を見たヨサクとモノノフ23号が囁いた。

二人でシェリアを庇いながら後方に移動して行く。


「<竜戦士団>の皆様があんなにお怒りに…」


シェリアが悲しそうに呟いた。恐らく何人か知り合いが居るのだろう。

だが戦況はお構い無しに変わっていく。流動的で予断を許さない。

呟いた直後、ヨサクが彼女の頭を押し下げ、矢玉を弾いた。

すかさずモノノフ23号がヒールを掛ける。


「モノノフ!ぼーっとしてんじゃねえ!」

「はい!」

「あ、有難う御座いますぅ!」


突き飛ばす様な勢いでシェリアを渡されたモノノフ23号は周囲を見回した。

戦力差は明らかだ。冒険者が200人ほど居ても、レギオンレイド二体でほぼ互角になってしまう。

それが確認出来ただけで十体以上は居る。

更にダブルレイド・フルレイド等々、パーティランクも合わせて、あらゆるランクの竜たちが襲い掛かって来ているのだ。

モノノフ23号は、現状を見るに見かねて<オーロラヒール>を周囲に投射した。

焼け石に水だろうが、少しは耐えられるだろう。


「てめーは物好きだな!こんな連中を助けるなんてよ!」


流れ弾を弾き魔法を掻い潜りながら、ヨサクが皮肉混じりに叫ぶ。


「一応<施療神官>ですから!それに何となく性分なもので!」

「やれやれ…なんかアイツみてえだな…」


ヨサクは頭を掻きながらぼやいた。


「それにしても、俺たちはあまりダメージ受けて無ぇな」

「僕たちが後ろの方に向かっているからでは?」


モノノフ23号が周りを見渡しながら言葉を返す。


「いや、この集団は三方を囲まれてる。それに俺たちは集団の中心じゃ無くて、少し端に寄ってる。実際、近くのヤツらは攻撃食らってるぜ」

「なるほど…確かに」


観察してみると、ヨサクの言う通り自分たちの周りだけ攻撃が浅い。

左右や頭上からブレスが降って来ているが、自分たちに直撃はしていない。

近くの冒険者たちはHPの減りが遅いが、遠くのメンバーは既に死んだ者も居る。

時々来る流れ弾は冒険者のものだ。

ヨサクのカバーとモノノフ23号のヒールで防げる程度で、それも勢い余って目標が外れたぐらいのものである。

確かに、何かが不自然だ。

ふと、ヨサクは自分たちの頭上に落ちる影を見つけた。

三人を中心にグルグルと周り続ける影。

空を見上げると、何体かの竜たちが交代で自分たちの頭上を旋回し続けているのが目に飛び込んで来た。

ステータスを確認したヨサクの感覚では、サファイア系が多く、特定の個体が目立っていた。

視線を地上に戻し、モノノフ23号とシェリアを庇いながら考える。

そう言えば、シェリアの目と髪の色は、サファイアドラゴンと同様の鮮やかさを持っている。

目は西洋人の青と言われればそれまでだが、髪に関しては偶然かどうか疑わしいレベルで色彩がそっくりである。


「まさか…そう言う事なのか」


只の推測、いや、推測でも無く閃きであって、確証も無い。

だが、ヨサクには何と無く確信が有った。

理由を問われると漠然としていて言葉にも出来ないぐらいの淡いモノだが。


「えっ?何か言いましたか?」

「いや…何でも無ぇ。てめーは嬢ちゃん守っとけよ!」

「は、はぁ…?」


ヨサクの呟きをモノノフ23号が拾った。だがあまり聞こえなかったらしい。

飛んできた矢を弾いてシェリアに意識を戻させる。

やはりモノノフ23号(こいつ)はトロい所が有る様だ。


「やれやれだぜ…」


ヨサクは誰にも聞かれ無い様に小声で呟いた。






走る三人の視界は前後左右360°、冒険者と竜たちの戦闘で埋め尽くされている。

まだ諦めずに奮闘する者、既に心が折れた者、様々な顔が背後に流れていく。

何かが焦げた様な臭い、泡になって消えていく者、断末摩の叫びも置き去りにして走った。

何分走ったか、三人は息を切らしながら包囲網の最後方に辿り着いた。


「あ゛ぁ!やっと出られたぜ…!」

「油断は、出来ませんけど…一先ず、ですかね」

「は、はい…」


ヨサクが首と肩をコキコキ鳴らし、モノノフ23号とシェリアは膝に手を突いて息を整える。


「あ、人数が…!」


シェリアが叫んだ。

振り返ると、冒険者の集団が40人程度になっている。

それに、必死に走っていて気付かなかったが、竜たちの包囲網も少しずつ縮まっていた様だ。想定より早く『壁』の外に出られたらしい。

そして形勢は傍目に見て分かる。これはもうダメだろう。


「二個大隊居たのに…」

「こんだけ竜が居りゃあな」


モノノフ23号とヨサクが呟く中、冒険者たちの最後の抵抗が数分に渡って続いたが、それも直ぐに終わった。

今、この荒野には、自分たち三人と数百体の竜が対峙している。


「さて…俺たちはどうすりゃ良いんだろうな?」


ヨサクがお手上げと言った様子で肩を竦める。


「少なくとも彼女だけは守らないと…」

「あの、待って下さい!」

「シェリアさん!?」


モノノフ23号はシェリアを庇おうとしたが、彼女はそれを押しのけて二人の前に進み出た。


「私たちの頭上を飛んでいたドラゴンは、私の父なんです!」


そう叫び、シェリアの体が青く光る。

シルエットが大きくなり、<碧竜(サファイアドラゴン)>に変身した。


「えぇっ!?」


モノノフ23号が目を丸くして驚いた。

レベルは50を少し超える程度、ランクはパーティ×2だ。やはりと言うか、少し体格が小さい。

それでも<碧竜>なのは変わらないが。


「なるほど、道理で」

「えっ!?」


納得した様子のヨサクに、モノノフ23号は再び驚きの声を上げてヨサクを見た。


「ヨサクさん、いつ気付いたんですか!?」

「ついさっき、逃げ回っていた時だ。俺たちの頭上を同じ竜が旋回し続けていた。恐らく、嬢ちゃんと俺たちの場所を知らせてたんだろう」

「そ、そんな…気付かなかった…」

「この辺の大地人は竜に変身出来るヤツも居るって話だった。嬢ちゃんは髪が青いだろ?サファイアドラゴンだ。上を飛んでたのはサファイア系だし、嬢ちゃんの知り合いかと思ったが…まさか父親だったとはな」


二人のやり取りを尻目に、竜に変身したシェリアは翼を広げて彼らと竜たちの間に立った。


「このお二人は敵では有りません!どうかお怒りを静めて下さい!」


竜だから顔の表情はあまり分からないが、声色からすると必死の形相と言う言葉が相応しいだろうか。

モノノフ23号とヨサクが状況を見守る中、竜たちが全員人型に変身した。

どうやら敵意は既に無い様だ。


「シェリア!」

「お父さん!」


シェリアが人型に戻り、飛び出してきた一人の大地人と抱き合った。

お互いに無事を確かめ、泣いている。


「その人が親父さんか」

「無事に会えて良かったですね」

「…はい!」


シェリアは二人の方に振り返り、溜まった涙を拭って力強く頷いた。






領主と騎士団の厚意により都で宿を取ったモノノフ23号は、その夜、部屋で念話を掛けた。

相手は菜穂美だ。

こっちの出来事を報告する。


「…という事で、今は<竜の都>に居ます」

『まぁ、それは大変でしたわねぇ』


二、三日滞在したらアキバに戻る旨を伝えて念話を切った。

続けて、<魔法の鞄>からアクセサリを取り出した。

狐の顔を模したキーホルダーを腰に付け、装備すると、メニュー画面が目の前に現れた。

幾つか操作すると、モノノフ23号のギルドタグが<ホネスティ(表向きの所属)>から<プラント・フロウデン(スポンサー)>に切り替わる。

同時にフレンドリストの菜穂美の名前が灰色(ノンアクティブ)になり、KRの名前が白色(アクティブ)になった。


『やあやあモノノフ氏。いや、23号と呼ぶ方が良いかな?他にも何人か居るからね、元<ゆうゆうFC>のメンバーは』


念話を掛けるなり、KRの飄々として掴み所の無い声が耳に飛び込んで来た。


「相変わらずですねあなたは」

『あっはっは!まぁそうだね、僕もギルドも相変わらずだよ。君がアメリカ(ウェン)に居る事を知ってるのもそこの竜たちとどんちゃん騒いだ事を知ってるのも相変わらずさ。何か動きが有ると直ぐに報告が来るんだ。いや全く、少しは休ませてくれても良いのに』


そう言う体制を作り上げたのは自分だろうに。

情報は命だ。

そう言って世界中を<幻獣憑依>や<入れ替え>で駆け回り、『知り合い』や『友達』と言う名目で情報網、いわゆるスパイを手に入れ、逐一情報交換を行っている張本人が何を今更。

勿論この愚痴が冗談である事はお互いに分かっている。

KRのキャラと言うか性格と言うか。


「全部知ってるなら、報告省きましょうか?」

『ん~、概要は聞いてるけど詳細は聞いて無いんだよねぇ。頼めるかなぁ?』

「はいはい」


分かりきった様な返事と共に、モノノフ23号は報告をした。

とは言っても、菜穂美と同様の内容だ。

流石に一言一句という訳にはいかないが、殆ど同じ内容だった。


『へぇ、ロンダーク君の知り合いね。しかし<妖精の輪>に飛び込み続けるなんて、恐ろしい事考えるね。僕には無理だよ』

「KR氏だって世界中駆け回ったり飛び回ったりしてたじゃないですか」

『あれは情報収集って言う明確な目的が有って、身の安全が確実に保障されていたからさ。<幻獣憑依>使ってたし』


確かに<召喚術師>は<武闘家>と比べると一人旅はリスクが高いが、そもそも海外サーバの情報を収集しようとする場合に自ら行こうと考えるのは常人の思考では無いだろう。

実は以前、その様な事を言った事が有るのだが、『当たり前じゃないか。僕は道化だからね』と笑い返されてしまった。


『で、今回はどうだった?』

「同じですよ。ヤマトの冒険者たちと」

『あぁ違う違う。君の気分を聞いてるんだよ』

「え?」

『僕たち<冒険者(地球人)>に対して、自分の存在を二重(・・)に隠している気分…あ、橋渡し(ダブルスパイ)って意味では、シロエたち(アキバ)に対しては三重になるのかな』

「あぁ。流石にもう慣れましたよ…<大災害>から一年経てば」


モノノフ23号は苦笑しながらぼやいた。

アキバでは誰も気付かなかった自分の正体に、KRには出会った瞬間に見抜かれた。そしてミナミでも他には見抜いた人物は居なかった。

もう三ヶ月ほど前の事だ。

とは言っても、自分の本当の正体を知っているのはKRと旅先で出会ったロエ2だけだ。

この二人が喋らなければ他は誰も知らない筈。


『そりゃ確かにそうだね。で、さっき”ヤマトの冒険者と同じ”って言ってたけど』

「えぇ、まぁ良くも悪くも」

『ま、同じ地球人ならそうなるか』


流石に民族や文化が違うので好戦的だった事は伝えておく。


『向こうは狩猟民族の血が濃いし、資本主義の極致を体現してる国の連中だからねぇ。どうしても力技に頼りたくなるんだろう。力任せが悪い事ばかりでも無いんだけどね』


一頻りぼやいた後、ミナミの情報を雑談の様に話して来る。

それによると、斎宮家が何やら動き出しているらしい。

まだ先だが、アキバにも影響が出るかも知れないとの事だった。


「ふぅ」


モノノフ23号は念話を切り、アクセサリを外した。ギルドタグが<ホネスティ>に戻る。

どこから調達してきたのか、狐のお面を<凝魔鍛術>で加工した結果、濡羽の<情報偽装>と同じ様な効果を持つアイテムが誕生した。

ただし、ステータスの中でサブ職、ギルドタグ、帰還先の内一つだけであり、一々外さないと別の物に変えられない欠点が有るが。


「”地球人”…か」


モノノフ23号は窓の外を見つめ、<都>に入る前に別れた新しい友人の事を思い返していた。



『ヨサクさん、有難う御座いました』

『ふん…まぁ、おめぇのお蔭で助かった所も有るし、お互い様だな』

『ロンダークさんですか…会えると良いですね』

『あぁ、その内会えるさ』

『それでは、また何処かで』

『二度と会わねぇよ』



あの時、背中越しに手を振った彼を見送り、モノノフ23号は判定を下した。

ヨサクの知性ランクは4は有りそうだ、と。

窓の景色をバックにフレンドリストを開く。

こっそりヨサクを登録しておいたが、今はノンアクティブ(灰色)になっている。

どうやらウェンの大地(北米サーバ)からは脱出したらしい。また何処かに行ったのだろう。

ヨサクらしいと彼は口元を歪めた。


「さて…我が同士たちは、何をしているかな…?」


ウィンドウを閉じたモノノフ23号は、空を見上げて呟いた。

煌々と輝く満月、あそこには<監察者(仲間たち)>のコミュニティが有る。尤も、<典災>も居る訳だが。

セルデシア(こちら側)で受肉したのは、自分を含めて少数の固体だけらしい。恐らく両手では余るだろう。

当たり前と言えば当たり前か。

冒険者の肉体は本来、地球人のための(インターフェース)だ。別世界から来た自分たちが入る器など無い。

自分がモノノフ23号になったのは本当に偶然だ。

ログインしたまま放置された肉体を見つけたからそこに入り込んだだけである。

KRが先ほど『二重に隠している』と言ったのはそこだ。

あの瞬間、<航界種(じぶん)>はこの器(インターフェース)に乗り移り、蓄積された<共感子>から人格(ソフトウェア)を形成した。

OSは完璧だったはずだが、KRには見破られてしまった。

まぁ使いっぱしりと言いつつ、殆ど自由に動いて良いらしいのであまり変わらないが。


冒険者(彼ら)は、どんな選択をするかな」


ロエ2は、自身を作った親とも呼べるシロエに手紙を送ったらしい。

確かに円卓の議題にも上った様だが。

この世界の資源(エンパシオム)は殆ど彼らの物だ。自分もロエ2と同じくそう判断した。

ならば、地球人(冒険者)たちがそれを守り、元の世界(地球)に帰りたいと言うなら、規定に従い、それを手伝って<採取者>を排除しても良いだろう。

彼らがそれをなすなら、手を貸すのは吝かでは無い。

月光を反射したモノノフ23号の目には、虹色の揺らぎがちらついた――。

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― 新着の感想 ―
[一言] 迷子王の天然っぽさやヨサクの渋さがとても良かったです! 菜穂美さんが出てきましたか、シゲルさんの物語は僕が担当しますので、どうぞお楽しみに!
[良い点] お疲れ様です。m(_ _)m ラストに発覚したモノノフさんの驚きの設定には、マジでビックリしました! えっ?〈航界種〉だったのぉ〜!?…的な。 でも、これはこれで面白かったです! 本…
[一言] きたー(ノ≧w≦)ノ迷子王きたー! しぶい! ヨサクしぶいわー! バカしぶい! うん、バカしぶい! ユイが<古来種>になれるのかって話題で、 「アイツはなれると信じてるし、俺もそう信じ…
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