第二小説
教室の窓から抜けるように青い空をぼんやりと仰ぐ
窓際の席は好きじゃない。外の明るさと自分の今いる場所を隔離されているようで、それはさながら独房に閉じ込められた囚人のような気持ちになるからだ。
「青葉」
担任の英語教師に名前を呼ばれてはたと我に返った。
「おい、夏休みボケか?ぼーっとしてる場合じゃないぞ」
お前ら受験なめんなよーと幾分からかった口調でクラス全員に喝を入れる。受験という言葉にわずかに教室の空気がぴりっと張りつめた。
そう、受験生だ。つまらないことを考えている場合じゃない。
そう自分を叱咤してふと思う。つまらないこと?何考えてたんだろう私。
ぐるりと思考を巡らし、先日出会った少年の白い顔が浮かんできたところで目の前の鉛筆を引っ掴んで頭を一回ぶんと振り、その詳細を思い出そうとする思考回路の線をぶった切った。
このところ、気付くとあの少年のことを考えていた。
そしてそのあと決まってひどく動揺するのだ。
耳から離れないあの歌が気になった。
何の曲なのか知りたくてCDショップを回ったがそれらしきものは見つからなかった。
あの日以来毎日のように河原のそばを通って帰るのが日課になっている。夕焼けの美しい日にはあの少年の姿をさがしてしまう。別に会って話をするつもりも、まして友達になりたいだとかそんな気持ちはまるでない。
だけどあの歌を、
黄昏に似たあの旋律を
もう一度聞きたいと思った。
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毎日が単調に思えた。
部活を引退し、受験へ向けてのラストスパートをかけて寝ても覚めてもペンを走らせているクラスメート。
受験必勝法を口癖のように語る先生たち。
通学に使う電車の中では朝のラッシュ時にも関わらず、横柄な仕草で他の学生たちや乗客をその大きなお腹でもって押しのけるメタボリックなおじさん。
どれも変わらず毎日あって、いつまでも続くかのような錯覚
かといって実際は期限の決められた、数ヶ月後にはもう見ることのないであろう光景。
なんて儚くて
なんて空しい日常
自分も部活を引退し、さあ明日から追い込みの時期だというのに、その流れに乗る気持になることが出来なくて燻った空虚さを抱えて歩いていたあの日、彼に会った。
あの日からすでに一か月。
その旋律は私の心にできた歪みの中にゆっくり溶け込むように、儚くて空しいと思った日常にほんのり色を添えた。
だから聞きたい
きみのあの歌を。
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その日もいつものように河原の土手道を参考書の詰まった重たい鞄をぶら下げて歩いていた。
ここを歩くときはウォークマンは聞かない。
イヤホンを外すと外気に耳が触れてほんの少しくすぐったかった。
とたんに耳に流れ込んできた音に全身の筋肉が強張った。
自分の心臓が突然どくどくとありえない量の血液を送り始める。
ぐるりとあたりを見渡すと先日と同じ背の高い草の陰に、目に焼きついたように離れないあの後姿が見えた。
優しくて儚いのに、どこか強いあの歌
私はどくどくと喚き散らす心臓のあたりの服をぎゅうと掴んだ
うるさい、音が、聞こえないじゃない。
苦しいほどに切なくて泣きたくなった。
彼がゆっくりと振り返った
そして薄く笑う
「青葉さん。待ってたよ」
きみの奏でるメロディーに踊らされる。
きみのシナリオ通りに。