第一小節
彼は不思議な少年だった。
今でもあの日と同じ色の空を見ると思いだすのは少し低い彼の体温。
そして同時に
私の口をついてこぼれ出るあのメロディ。
唇に残る温度と旋律
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私が彼と初めて出会ったのは夕焼けがあまりにも奇麗なとある放課後だった。
その日は高校生活最後のバスケの引退試合に負けた帰り道で、妙な虚無感と達成感がないまぜになったような気持ちで鞄をぶんぶんと大きく振りながら殊更ゆっくりとした歩調で歩いていた。
最近では珍しい河原の草道を進みながら吸い込まれそうに美しい金色の太陽を見上げた。
どすっ
「あ」
よそ見をしたために手元が滑り振り回していた鞄を取り落としてしまった。それを屈んで拾うのもなんだか億劫でふわふわとした草の生えるその川辺にごろんと寝転がった。
寝転がった際に制服のスカートが少しめくれたみたいだったがどうでもよかった。こんなところに人もいないだろう。
急にうっと目元に何かがこみ上げて慌てて袖で顔を覆う。
なんだか急に、心に隙間を感じたのだ。3年間打ち込んだものの終りが妙にあっけなく感じたことが寂しかった。
しばらくそうしていて、私はふと自分の耳に聞きなれないメロディが入り込んでいることに気づいた。
いつから聞こえていたのか全く分からないほど自然に私の中に入り込み、浸みわたり、心地よくキラキラ瞬いて沈んでいく旋律。
そして穏やかに弾かれるバイオリンのような声色。
今日の夕日のようだと思った。
うっとりとしかけて、自分のスカートが乱れていることに気付く。慌てて上半身を起き上がらせると背の高い草の陰に人の後ろ姿が見えた。
その人影は私が立てた物音に気付くとゆっくりこちらを振り返り、私と目が合うと少し驚いた顔をした。
肌の白い、切れ長な目をした少年だった。
薄い唇を閉じて私を見ている。
先ほどの旋律はもう聞こえない
ではあのキラキラしたメロディは彼から発せられていたのか。
理解すると同時になんだかのぞき見でもしていたかのような気持ちになって気恥ずかしくなり、彼から目をそらして早々にその場を立ち去ろうとそばに落ちていた鞄を引っ掴んだ。
くるりと踵を返して立ち去ろうとした私の背中にゆったりと歌うように声がかかった。
「今日は夕日が綺麗だね」
まさか話しかけられるとは思わず、驚いて振り返ると彼の薄い笑顔にかちあった。目が合うとわずかに目を伏せ、少し遠目でもわかる長いまつげの影が頬に落ちた。その仕草が男の子相手にどうかとも思うが、綺麗で頼りなげで、庇護欲をあおられるように感じた。
「今日、バスケの試合だったよね」
彼の言葉に僅かに身体が強張った。なぜそれを知っているのかと訝ったが、彼が今日試合で赴いていた学校の制服を着ていることに気づくと多少警戒心は緩んだ。
私が小さく頷くと彼はまた少し微笑んだ。
そしてよいしょと立ち上がると
「かっこよかったよ」
そう言って私に背を向けて逆へ向かって歩き出した。
その背中をぼんやり見送りながら何なのあの人、といかにもつまらないことだと言うように呟いた。
一瞬赤くなった頬には気づかないふりで。