国民突撃隊
国民突撃隊
Volkssturm
1944年7月の総力戦宣言により、16歳から60歳までのドイツ国民男子の全てが軍務に就く事となった。これら16歳から60歳までのドイツ国民男子によって編成された民兵組織が国民突撃隊《Volkssturm》である。
国民突撃隊の動因・編成計画は、600万人の男子を召集し10,180個の国民突撃大隊を編成、国土を42に分割した地方隊の指揮下に置く、というものであった。
国民突撃隊の召集は次に書く4段階に分けられた召集規定に基づいて行われた。
第1次召集
召集対象
・兵役免除者を除いた20歳から60歳
召集兵力
・120万人(1,850個大隊)
用兵
・兵舎を宿営地とし、自宅が属する管区以外の前線で戦闘大隊として戦闘任務に就く。(注1)
第2次召集
召集対象
・兵役免除者を除いた20歳から60歳
召集兵力
・280万人(4,860個大隊)
用兵
・自宅を宿営地とし、自宅が属する管区内で建設・設営大隊として前線後方で建 設・設営任務にあたる。
第3次召集
召集対象
・全ての16歳から19歳、及び15歳の志願者
召集兵力
・60万人(1,040個大隊)
用兵
・16歳のヒトラー・ユーゲントを主な対象とし、各地のヒトラー・ユーゲント軍 事教練基地で訓練を受け、訓練を受けた基地が属する管区に投入される。
第4次召集
召集対象
・全ての20歳から60歳、60歳以上の志願者
召集兵力
・140万人(2430個大隊)
用兵
・後方警戒任務を主任務とし、強制収容所の警備等任務中にも含まれる。
1945年3月の第3次召集では、一応は志願とされているが15歳未満の男子に対しても召集が認められるようになった。状況はもはや末期的という言葉も陳腐に聞こえる程の様相を呈していた。
召集された隊員は訓練の後、各国民突撃大隊へ配属された。以下に国民突撃大隊の基本編成例を記す。
・国民突撃大隊―編成
・大隊本部
4個中隊(1個中隊は4個小隊編成、1個小隊は3~4個分隊編成)
その他支援部隊
兵力
指揮官 82名
隊 員 334名
装備
拳銃 54丁
小銃 154丁
軽機関銃 36丁
短機関銃 136丁
パンツァーシュレック 36基
パンツァーファウスト 36発
ソヴィエト軍がベルリンを目指し西方への突破を図っていた4月20日、この時点でベルリン防衛のために投入可能な国民突撃隊の兵力は69個大隊、41253名と報告されている。さらに、ベルリン防衛へ全戦力を投入することを意味する暗号「クラウゼヴィッツ」を発令した場合、6時間以内に47個大隊、52,841名の追加徴募が可能と見込まれていた。
しかし、116個大隊、94,094名の兵力に割り当て可能な火器は小銃・42,000丁、短機関銃770丁、軽機関銃2,000丁と大幅に不足している。しかも、「クラウゼヴィッツ」発動後の52,841名の徴募数はあくまでも徴募可能であろうという「見込み」の数字に過ぎず、実際にこれだけの数を集めることが出来るかは疑わしいものであった。
国民突撃隊は十分な装備もなく、訓練も足りず、そもそも頭数を揃えるという基本的部分で問題を抱えている組織であった。実戦でも隊員の逃亡が続出しーベルリン市内に自宅がある隊員にとって逃亡は容易なことであったーまた、戦闘力の低さに絶望した指揮官が解散を命じる部隊もあった。
国民突撃隊はこのように弱体な組織であった。しかし、ベルリン市街戦では防衛隊の一員として激戦の渦中にあり、降伏まで戦っている。
(注1)
召集対象として一般SS《Allgemeine-SS》、突撃隊《Sturm Abteilung(SA)》、国家社会主義自動車輸送軍団《Nationalsozialistisches Kraftfahrkorps(NSKK)》。国家社会主義航空軍団《Nationalsozialistisches Fliegerkorps(NSFK)》の人員を召集対象として含む。