ジョージ過去編②
ジョージ過去編②
小説家志望の少年 後編
破り捨てられ宙を舞う原稿を目の当たりにし、ジョージの思考は完全に停止していた。
数秒経ってようやく状況を飲み込んだ。
半年かけてまで書いた小説はやはり面白くなく、それどころか何か父の琴線に触れてしまったようだ。
エマはあまりの出来事に口をあんぐりと開けていた。母もさすがに動揺を隠せず目を丸くしたが、何も言わなかった。
「前に言ったはずだ、『お前には作家になるのに必要な〝新しい道を開拓する力〟があるのか?』と」
父はいつも通り静かに言った。ジョージは震える声で恐る恐る言った。
「だから…半年もかけて一生懸命書いたんじゃないか…プロになるのに必要なのは…『才能』なんかじゃなく、一作書き切る『努力』だから…!」
父はフゥと溜息をつき、
「その考えがすでに間違いなんだ。いいかジョージ?才能のなさを努力で補う事は確かに不可能ではない。だが、一流になる者というのは『才能』に加え、それを更に磨く『努力』する力を兼ね備えた者だけだ。お前にはその『才能』という条件が欠如している」
「…そんな事、父さんの個人的見解じゃ…」
「更に言えば!」
父は食い気味に言った。
「『才能』の有無だけでなく、単純に作家という競争率の高い職に就ける『確率』を考えると、早いうちに現実をみて諦めた方がいいんじゃないか?ということだ」
『才能がない、諦めろ』父はそう言った。
「だからって…何も原稿破る必要は…」
ジョージには、父が原稿を破った理由がなんとなくわかった。
「このくらいしなくては、完全に夢への未練を断ち切れない」
そんなとこだろう。
万が一に備えコピーをとっていたので、破られた事によるショックはいくらか軽減されたが、それでも血と汗の結晶である生原稿を破られ、『才能がない』とハッキリ宣告されたのは、ジョージの張りつめた一本の糸の様な精神をプチンと切るのには十分であった。
「…小説を書いて時間を浪費するより、その時間を勉強に費やした方がどれだけ将来の為になるか…」
「そうよ!」
ここぞとばかりに母が便乗した。
「最近部屋で何やってるのかと思ってたら、まだ小説なんて下らないもの書いてたなんて…!でも丁度いい機会だわ。これを機に作家なんて諦めて、お勉強に専念しなさい!」
ジョージは反論したかった。
『地上伝説』の主人公ならここで、自分の可能性を信じて両親を説得しただろう。
しかし、ジョージにはもうそんな気力は残されていなかった。
「そうだな、ここいらでハッキリしておこう」
父はソファーから立ち上がった。
「俺は、お前が作家を目指す事を認めん。このまま行けば、作家を目指すが半端なところで夢敗れ、気づいた時にはいい大人。そのまま親の金を食い潰して生活なんていう最悪の事態が目に見えるからだ」
「それか『青い星』に入るかね。あそこにはそういう夢敗れた若者が集まってるわ。でもあなたは違う、私たちの子どもなんだから。お勉強していれば将来間違いはないの」
「…そう、今のお前は『青い星』の連中と変わらん。お前の小説には『既存の価値観を変える』とか『支配者層を倒して自由になる』といった、あの反政府連中特有の反抗的な考えが見受けられた。だから一刻も早く、お前には夢を諦めてもらう必要がある」
ジョージはうつむいていた。
両親の言葉はほとんど耳に入らなかった。
「いい加減『夢』ではなく『現実』を見て大人になれ」
ジョージは部屋に戻り、ベッドに沈んだ。もう何も考えたくなかった。
(自分の半年の努力はなんだったのか。
その努力の量に見合う結果が出なかったどころか、ハッキリと『凡人』の烙印を押され、夢を奪われた。
自分はこれから何を目標に生きればいいのか)
ジョージの目に涙が流れた。
ジョージが3年生になった時、同級生達の話題は持ちきりだった。
3年生からは戦闘訓練が始まるのだ。
日本ではもし海外から他国が攻めてきた時に備え、中学校での戦闘訓練が義務化されていた。
「それではこれより、皆さんお待ちかねの射撃訓練を始めます!」
先生が言うと男子達が小学生の様な歓声を上げた。ジョージは彼らに
「何がそんなに面白いんだ」
と冷めた目線を送り、女子達と一緒に気怠そうにした。
去年父に原稿を破られて以来、ジョージは何事にも無気力になっていた。
どうせ自分は何をしても裏目に出るだろう、と。
しかし、この授業に関してだけは、内心ワクワクしていた。
射撃訓練は学校から重要視されており、いい成績を出すと高校進学への大きなアドバンテージになる。そのため、事前に父から一通りの射撃訓練を受けていた。人より数段先へ行っている優越感があった。
ジョージ達は訓練所の武器庫へと向かった。
アサルトライフル、スナイパー、ハンドガンなどなど、様々な武器が置いてある。いずれも生徒が使うものなので実弾ではなく模擬弾を使用する。
「皆さん一通り訓練の説明はすでに受けましたね?今日は特別に、各自好きなものを選んで、試しに使ってみて下さい」
男子達が狂喜し、我先にと武器庫に突っ込んでいく。ジョージは男子達がいなくなり静かになるのを待って武器庫に入った。
アサルトやスナイパーはやはり人気があるのか品切れていた。
ジョージは、本当は父との訓練で一番いいスコアを出せた、スナイパーを使いたかったが、仕方なく残り物のハンドガンを手に取り射撃場へと向かう。
訓練所内は広々としており、様々な種類の射撃場がある。
ジョージはどこか人気のない所はないかと探していると、訓練所の隅にあまり人が並んでいない場所があった。
そこにいたのはいずれも女子だったが、並んでいると言うより固まっておしゃべりしている。
大方、授業が終わるまで適当にここで時間を潰すつもりなのだろう。
(あそこにするか…)
ジョージはそこへ向かった。
女子の前でカッコつけたかった。
女子達はいさぎよく道を開けてくれ、ジョージはスタート地点に立った。
目の前には道があった。奥のゴール地点まで走り、その間に現れるターゲットを撃つという、難易度の高い射撃場の様だ。
「自分ならいける」と思った。
同級生達の中で唯一、射撃経験がある先駆感と、自分にはもしかしたら、隠された才能があるのではないか、という根拠のない自信があった。
「才能がない」と夢を潰されたあの日から、ジョージは自分の才能とは何か、探し求めていた。
結果は散々だった。
映画で見るようにカッコよく、したり顔で拳銃のスライドを引いたら思った以上に硬く、思わず銃を落としてしまった所を女子達に見られた。
恥ずかしさを紛らわそうと、銃を拾いスタート地点から飛び出したが、現れる標的に狙いを定めトリガーを引いてもなぜか発砲できない。
困惑して立ち往生していると、セーフティが掛かったままである事に気づいた。
背後で笑い声がした。
鬱々としながら射撃を始めるが、弾は全く標的に当たらなかった。
ジョージは、かっこ悪いところを見られたと、うつむいてスタート地点に戻ると、女子達は消えていた。
歓声が聞こえた。
遠くの方で人だかりが出来ている。
どうも一人、早々に銃の扱いに慣れ、高いスコアを出した者がいるらしい。
それは学年でも指折りのスポーツマンで、ジョージのよりも更に難しい、走りながら動く標的を撃つという訓練をしていた。
女子達も皆そちらへ行っていた。
(あいつは体育なら、何やらせてもある程度出来る。たとえ初めてやった事でも。
一方俺は射撃経験があるのに、ロクなスコアも出せない。
凡人の100の努力を、わずかな努力で抜き去る。そういう奴を「天才」っていうんだろうな)
ジョージはとぼとぼと武器庫へ戻った。
何だが気分が悪くなってきた。
「今日は早退しよう」
そう思い、拳銃を棚に戻した。
すると、横の棚にも一丁銃が戻してあった。
スナイパーライフルだ。
ジョージはちょっと使ってみたい衝動に駆られたが、やめた。
(自分に射撃の才能はない)
早退届けを出し、家に帰った。
帰り際先生に、
「何か悩みあるなら先生に言えよ」
と、至って平常な顔をしていたハズなのに言われた。
どうやら自分は、知らぬ間に思い詰めた顔をしていた様だ。
帰宅すると、家には誰もおらず暇になった。
しかしその暇が、何だが心地よかった。
他の連中があくせく学校で勉強している間、自分は家でのんびり出来ていると思うと、何だが優越感あった。
しかし、この早退が間違いだった。
一度ズル休みの味をしめてしまうと、後日から途端に学校へ行くのが面倒になり、
明日からは行こう、明日からは行こう、と何日か休んだ。
すると、次第に学校へ通っているクラスメイト達に罪悪感を感じ、
学校へ行ったら「今まで何してたんだ」と責められる気がして、余計行きづらくなった。
結果、ジョージは不登校になった。
両親はなんとしてでも学校へ復帰させようとしたが、ジョージはそれを拒んだ。
休めば休むほど、復帰は困難になった。
二ヶ月ほど経った頃、両親はこれ以上の説得は無意味と判断し、学校へ通わない代わりに家庭教師の授業時間を増やす事を条件とした。
当然、ジョージは難色を示したが、家庭教師が無理やり部屋に押しかけてくるのでどうしようもなく、渋々勉強した。
しかし、その時間は次第にジョージにとって、嫌なものではなくなった。
不登校になって以来、ほぼ人と接することがなくなっていたので、ジョージは人肌恋しくなっていた。
家庭教師は親しみやすい人で、向こうから自分の話をよく聞いてくるので、ジョージは普段喋らない分、聞かれたことは全部答えた。
ある日、奇妙な事が起きた。
「ねぇ、それなに?」
ジョージは家庭教師の右腕を指差して言った。
家庭教師はいつも、右腕の一部に包帯を巻いていた。
まるで何かを隠しているようで、ジョージは前々から気になっていた。
今日はその包帯が緩んでいた。
「⁉︎」
家庭教師は焦って腕を隠し、包帯を締め直した。
「あ…いや、何でもないよ」
変な汗をかきながら言った。明らかに挙動不審だ。
聞かれたくない事らしいので、ジョージはそれ以上追及しなかったが、腕に描かれてものはチラッと見たえた。
星のマークと、「XIX」という字だ。
後者はおそらくローマ数字だろう。
ジョージはこの二つを、以前どこかで見た気がしたが、思い出せなかった。
毎日勉強した甲斐もあってか、両親に薦められていた難関高校に合格できた。
結局、中学には復帰しなかった。
何だが、人生においてかなり重要な時を過ごさなかった気がするが、とりあえず気にしないようにした。
「これから新しい生活が始まる。やっと変われる」
そう思った。
入学式の日。
いつもより早起きして、洗面所で寝癖を直したり、ワックスで髪を逆立ててみたりと、普段絶対にやらないような事を、家を出る直前までやった。
そしてまたも裏目に出た。
日本有数の偏差値の高い、真面目な学校だからか、高校デビューなど試みる者は誰もおらず、ジョージの格好は悪目立ちした。
ここでジョージがクラスの中心になるような、おちゃらけた人柄ならまだ格好がついたかもしれない。
ジョージはそう演じようとした。しかし、
「ここの大人しい校風を考えると、そんな事したら逆に白い目で見られるのではないか」
という恐怖が先行した。
結果、嫌われる事こそなかったが、
「無口で不良みたいな恐い人」という第一印象がついてしまった。
(なにも変わっていない)
家に帰り、ジョージは悟った。
そもそも、高校に上がり周囲が一変したからと言って、自分まで変わったわけではないのだ。
どれだけ髪を整えたり、服装違反をしたりして外見を取り繕おうが、そんなものは所詮、表面的な変化。
自分自身が成長したわけではない。
高校に入れば、何か変わるかと思っていた自分が、みっともなく感じた。
ジョージは再び不登校になった。
高校には、自分と違って本気で勉強が好きな人間が集まっており、あまり気が合わなかったのと、次第に勉強にも着いていけなくなったからだ。
そしてまた暇になった。
両親はもうほとんどジョージを見限っていたのか、家庭教師の授業時間も減らしていた。
「あの子はもう駄目だ」
あまりにも暇なので部屋を出てウロウロしていたら、リビングからそう聞こえた。
父と母が何か話しているようだ。
ジョージは壁に張り付き、こっそり会話を聞いた。
「ジョージはもう諦めよう…それよりエマだ。あいつの塾の時間を増やしてやろう」
「そうね、あの子だいぶ変わったものね…」
「…うん。ジョージにこれ以上金をかけても無駄だ、エマに頑張ってもらおう」
「私たちの…老後の安泰の為にね」
ジョージの心臓が脈打った。
両親とはそう上手くいってたわけではないが、両親が「勉強しろ」と言い続けてきたのは、息子である自分の身を案じているからだと、心のどこかで思っていた。
自分はとうとう、親からも見捨てられた。
ジョージは、二階の奥にある物置へと向かった。ここには昔、エマと二人で入ったことがあった。
薄暗い物置の中で、ホコリかぶった細長い箱を取り出した。
中には、あの日本刀が入っていた。
「これ以上人に迷惑をかけるくらいなら、いっそ死んでしまった方がいい。自分一人が消えたところで、社会は何も変わらない」
ジョージは正座して、刀を震える手で握った。
最期くらい、昔の武士の様にカッコつけたかった。
腕に力を込めた。
その頃、名古屋の中心部の外側を取り囲む様にある貧民街。
その地下に広がる、薄汚れたダウンタウンのビルにて、一人の男の携帯電話が鳴り響いた。
何かの組織のリーダーだろうか、その眼鏡をかけた男は、広々とした部屋の奥にある皮の椅子に座っていた。
目の前には社長卓、さらに向こうには部屋の入り口が見えた。そして背後の壁には…。
星のマークと「XIX」と書かれた旗が掲げられていた。
「…もしもし?」
《…ザザッ……ジョーか?…俺だ》
電話の向こうの人物が言った。
ジョーと呼ばれた男は、心底驚いたように聞いた。
「お前…もしかしてジョンか⁉︎」
《…あぁ》
「ハッハッハッハッ!いやー、久しぶりだなジョン!12年ぶりくらいか⁉︎」
《そうだなジョー…お前も元気そうで何よりだ》
二人は電話越しの再開を喜び、しばらくの間話した。
数分後、ジョーが言った。
「…なに?もう『計画』を始動させる⁉︎ちと早すぎやしないか、まだ2195年になってさえいないぞ」
《だが明日はもう1月1日だろう、俺たちは早いうちに集まった方がいい。テルも来年17歳になる、いい加減地上へ出しても大丈夫だろう。それにさっき…テルの覚悟も聞いた。「自由の為に戦いたい」だそうだ》
カーネルは嬉しそうに言った。
「そうか…わかった。こちらも早急に、お前達を迎え入れる準備をする。……ただ…一つ頼みたい事がある」
《…なんだ?》
ジョーは黙った。
しかし数秒後、覚悟を決めたように言った。
「ひとり…お前達の旅に同行させてほしいやつがいる」
~To be continued~