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透明の肉体

 俺とケンハシが対峙している後ろで、レイザーは狙撃銃を携えつつ、透明のマントを羽織っていた。


「ん? なんだそのマント……そんなもんつけて狙撃するのか?」


 もうすぐギュラゴが現れる。レイザーは狙撃の準備を終えて構えていなければならない筈だが……。


「これは光学迷彩用のマントです」


 レイザーがそう言って胸ポケットに入っている携帯端末のボタンを押すと……すうっと姿が景色に溶け込んで、見えなくなった。


「な……そんな装備があったのか」

「狙撃位置を移動します。僕のことはお気になさらずに」

「移動だって? 聞いてないぞ」

「敵を欺くにはまず味方からと言います――」


 ガサガサと草むらをかき分ける音がした後、レイザーの気配は消えた。

 喰えないやつだな……さすがS級戦闘員ってとこか。

 まあ傍に狙撃手がいない方が、俺も遠慮なく戦える。


「ンンッ? 狙撃兵に逃げられましたか! 詰めを誤りましたぁ……不覚でーす!」

「おまえの相手は俺だ。さっさとケリをつけようぜ」

「言われずとも、まとめて教育的指導ッ! あるのみです!」


 ケンハシは竹刀を両手で握り直すと、剣先を頭上高くに突き出した。


「ンンンッ! 八百万の神よ! 我に力をッ! 悪への裁きをお許しくださーい!」


 目を閉じて祈りを捧げるようなケンハシの様子に、俺は面食らった。


「なんだ? この期に及んで神頼みか?」

「ンンンンーーーーッ! キタキターーッ!」


 竹刀が赤く光り始め、炎のようなゆらめく波がケンハシの手から全身へとまとわりつき始めた。


「ホオオオッ! 熱血モードッ! ビシバシいきますよぉ!」

「なんだそりゃ……」

「全身の血を闘志でみなぎらせる! 厳しい修行の果てに身に付けたのです!」

「ふぅん、それがおまえの本気か」

「イエス! では……ンンッ! ホアァーッ!」


 全身を赤いオーラで包んだケンハシが、身構えつつ突撃してくる。先ほどまでとは素早さが段違いな上に、吹き飛ばされそうな威圧感がグンッと迫ってくる。


「オメーンッ! ドウッ!」


 竹刀を垂直に振りかぶった後、すかさず横からの斬りが襲いかかった。


「オウッ?」


 空振りに終わったことに気付き、ケンハシは茫然とする。既に俺の姿はケンハシの目前にはなかった。


「どこを見ている――」


 俺はケンハシの頭上……大木の幹に両足をぴたりとつけて、真横に立っていた。

 咄嗟にジャンプで竹刀をかわし、そのままヘルクライマーを起動すると、両足に重力制御を発生させ、手近な木にくっついた。


「なっ! 木に張り付いて……あなたは忍者ですか?」

「忍者ね……残念ながら違う。俺は忍ぶ必要はないからな。障害は力尽くで取り除く……それだけだ」


 重力制御を切り、俺はケンハシの頭上から襲撃する。


「くたばれ! 先公ッ!」

「ノオオオオッ!!」


 俺は蹴りを浴びせるが、剛腕の竹刀であっさりはじき返された。間を空けずに拳を繰り出し、着地と同時に足払いを狙う。一気に連撃で打ち倒そうとした。しかしケンハシは機敏な身のこなしと的確な竹刀の撃ち返しで、俺の攻撃をすべて防ぎ切った。


「やるな――」

「私は熱血教師ッ! 悪党には負けませんッ!」


 赤い炎をまとった竹刀が乱舞する。

 敵の攻撃をかわし、受け流しながら拳と蹴りを打ち込んでいく。


「ンハハハハッ! 熱血ッ! 教育的指導ゥゥゥッ!」


 男の剛腕から繰り出される剣が嵐のように絶えず襲う中、身を躍らせて肉体の武器を駆使した。数発は手応えがあったが、ケンハシはグッと声を漏らすだけで、後退することなく攻撃の手を緩めない。


「止まりませんッ! 悪が滅びるまで――ンンンッ!」

「ちっ――」

「ハァッ、ハァ……落ちなさいッ! 悪党ッ!」


 ケンハシの呼吸がだんだんと乱れ、連撃に間が空くようになるが……

 闘志は衰えずむしろ気合いは高まっているように見えた。追い詰められるほど燃える、厄介なタイプのヒーローのようだ。


 落ち着いてこのまま攻めれば、倒せない相手ではない、が……戦闘は想定以上に長引きそうだ。大怪獣ギュラゴはもうすぐ姿を見せるだろう。時間がない。どうする? 


「ンンッ! 隙ありぃぃぃぃーーーーッ!!」


 ケンハシは間合いまで踏み込むと素早く竹刀を振り抜いた。俺は回避が遅れ、剣先がヘルメットをかすめる。頭蓋に衝撃が走り、ピキッと嫌な音がした。


「くっ――」


 振動を感じた直後、俺のヘルメットは粉々に砕け散った。


「ンクククッ! よくかわしましたね。ほんの少しでヘルメットではなく、あなたの頭が吹き飛んでいたでしょうッ!」

「…………」


 ヘルメットは破壊されたが、頭部にダメージはない。ケンハシの言う通り、判断が遅れたら危なかっただろう。やはり油断のならない相手だ――。


「殺生はいけませんが、あなたは強敵……加減はできません。悪く思わないでくださいッ!」

「ああ、こいつは殺し合いだ――やはりおまえは、今まで戦ったヒーローとは、ランクが数段上のようだな」


 ケンハシを視界に入れて対峙しながらも、俺は深く呼吸してリラックスの状態をとる。


「まあリーマンマスク君やミストライダー君に、少し教育をした事もありますからねぇ」

「仕方ない――見せてやろう」

「見せる? なんです?」

「俺の本気――本当の姿をな」


 敵と向き合い、立ったまま、全身を脱力させる。

 意識を宙空に向けて、集中させた精神を無へと解放する――。


「……?」

「スカルフォーム、アントライオン」


 肉体が内から熱気を帯び、青白い炎が俺の肌を舐め尽す。


「ンンッ? な……これは……!」


 俺の身体が閃光に包まれた直後、血肉の全てが消失する。


「あ……あぁ……」


 ケンハシは竹刀を身構えたまま、驚きの表情で固まっていた。


「何が見える――?」

「骸骨の顔……手足が透明に……?」

「そうさ、透き通った装甲に骨格の芯体……これが俺の本性だ」

「あなたは、人間ではない?」

「俺は――すべてを捨てて、復讐を求めた」

「なんという……バケモノ!」

「違いない――」


 透明の表皮と化した右手を前に突き出すと、内部の骨が変形し、ズルリと大きな爪が出現する。


「俺の復讐の為に――死ね」


 目標へ向けて身体を躍動させ、関節のすべてを殺意の挙動で支配する。敵の生ある肉体目掛けて、残酷な牙を突き立てるためだけに、透明な意識を剥き出していく。


「くっ、くるなッ! 亡霊めッ!」

「違いない――」


 右手から突き出した爪はケンハシの竹刀に防がれた。

 しかし――爪が弾かれるのとほぼ同時に俺の胴体から三本の牙が飛び出し、男の脇腹に深々と突き刺さる。


「が……ああぁ……ッ!?」


 ジャージ男の腹部から赤い液体が噴き出した。ほどなくして、恐怖にふるえる口からもおびただしい量の鮮血が溢れてくる。


「うぅ……なんという……悪魔……ぐっ……」

「違いない――」

「おまえは……なに、を……ぁ……」


 言い掛けたまま、ケンハシはこと切れた。刃を引き抜くと生きる制御を失ってぐらりと倒れ込む。血だまりの地面へと死んだ肉体を横たえて、ヒーローは永遠の静寂へと至った。


 もはや死んでいる俺に、善も悪もない――

 生物の世界の、秩序など無意味だ。

 突き動かすのは復讐の意志――あるのは怨念のみ。

 それは俺の本気というよりは――狂気と呼ぶべきかもしれない。

 本性と言っても、既にヒトとしての本体はない。

 血も肉も(うつつ)から隔たれ、堕ちた悪魔の(むくろ)が俺のすべてだ。


 意識を透明から血肉へと移す。再び全身が青白い光に満たされる……

 俺の姿は『人間』の擬態へと戻っていた。


 ポケットに入れていた携帯端末を取り出し通話モードのボタンを押すと、肌色へと戻った口を動かした。


「こちらリッパー、機動教師ケンハシを始末した」

「こちらスピーダ、殺したのか?」

「ああ――加減のできる相手じゃなかった」

「こちらレイザー、さすがですね」

「レイザー、どこにいる?」

「すぐ近くです。狙撃態勢に入ってます」

「こちらミッソー、Gが見えたわ。間もなく有効射程よ」

「こちらレイザー、了解……後は任せて下さい」

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