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魔法少女(男)

 漁を終えた船が港に到着する。

 たくましい肉体を持つ海の男たちが、魚を満載したコンテナを運び出そうと作業を始めるが……。


「プッシャシャアアァァァーーッ!!」

 

 海面から水しぶきを上げて、ザリガニ男が飛び出した。


「で、出たぁぁぁ! エビのバケモンだぁぁぁ!」

「クズラーだ! クズラーの怪人だッ!」


 海の男たちは慌てて逃げ惑った。

 そりゃ驚くよな……。


「プシュワァァァーーッ!!」


 漁船の甲板に着地したザリガニ男は、ハサミと口から白い液体をまき散らす。白液を浴びた男たちの身体は麻痺して動かなくなった。一時間くらいは痺れが持続するようだが命に別条はない。意外と無益な殺傷はしないのがクズラーのやり方らしい。テレビや新聞では残酷な悪の組織ととにかく喧伝されているが……意外とお優しい幹部や緩い規律なども含めて、かなりイメージと違う。


「よし、急いで出港しろ!」

 レイバルン将軍が戦闘員を率いて倉庫から出ると、ザリガニ男が暴れている漁船へと向かう。


 俺も後に続こうとするが……

 上空に人の気配を感じてハッと見上げる。


「じゃじゃーん! 正義の味方、魔法少女マジカル・ユーファだよっ♪ 悪いクズラーの怪人なんかパラパラステッキでやっつけちゃうんだから! キラッ☆」


 出た……青と白の派手なドレスをまとった魔法少女(男)


「えーい!」


 男の魔法少女は空中から急降下して、戦闘員の群れに突っ込んでくる。

 着地する直前に、両手で持った杖を振り下ろす。

 衝撃波が広がり戦闘員の数名が吹き飛ばされた。


「パラパラヒーット! キラッ☆」


 パラパラヒットの射程は半径2メートル程度。威力はさほどでもないが、衝撃波で弾かれてしまうので接近するのは難しい。だが真横は衝撃が半減する、真上や真後は死角だ。


「次ィ、いっくよー!」


 今度は俺のいるグループの方に向かってくる。

 上を狙うのは無理だな……後ろに回るのも厳しい……。


 あ、そうか、下を狙えばいいんだ。


 俺はユーファの着地点を先読みすると、素早く真下へと滑り込んだ。


「きゃあぁあぁぁっ!? ちょっと下はやめてっ! パンツ見えちゃう!」

「見ねえよ!」


 でも見えた、水色……

 腕を真上に突き出して、ユーファの太腿あたりを狙う。


 バシンッ! 


 電気が走ったような痺れと硬いゴムのような感触が、俺の拳を受け止めた。


「ぐっ! これがバリアか……」

「はぁ、間に合ったよぉ……このエロ戦闘員ッ! なんてことすんの!」


 着地のタイミングを逃したユーファは空中へと退避する。淡緑色の球体が魔法少女(男)の身体を覆い尽くしていた。


「くそっ、すぐ逃げられちまう。動きを止めないと……」


「大丈夫だ……よくやった、サンマルサン」

 レイバルン将軍は鞭を取り出し、ユーファへと近付く。


「おまえの一撃でマージナルバリアに亀裂が入った」

「あ~、良く見ると、ヒビっぽいのが見えますね」

「後は私がやる――」


 将軍は鞭を構えて跳躍した。

 そして、まだ空中にいるユーファ目掛けて攻撃する。


「えっ?」

「砕けろッ!」


 女将軍の鞭が赤い炎をまとって、緑の球体に叩き付けられる。

 パシッと水の弾けるような音がすると、マージナルバリアは粉々に砕け散って消滅した。


「は、はうぅぅ……私のマージナルバリアがっ!」


「貴様のバリアは過去に一度、破ったことがあったな。あの時は苦労したが……」

 レイバルン将軍は勝ち誇った笑みを浮かべて言う。

「対策さえわかってしまえば、もろいものだ」


 レイバルン将軍の本気の鞭はかなりの威力のようだ。しかもユーファのいる高度まで軽々とジャンプした。戦闘力はかなり高そう。


 ユーファは迂闊に手を出せず、空中を漂っていた。

 魔法力には限りがある。マージナルバリアはかなりの魔法力を消費するらしい。もう一度バリアを張ってしまったら、攻撃へと回すリソースが足りなくなるというわけだ。


 肉体そのものは非力な少女……じゃなかった少年。

 戦術をミスれば途端にピンチに陥る。


「作戦通りだ、バリアを破れば手出しはできん。漁船を確保しろ!」

 レイバルン将軍と配下の戦闘員は再び漁船へと向かって走り出した。


「あうぅぅ、どうしよ……マグロ、寿司ィィィ……」


 やっぱり駆け付けた理由は寿司なのかよ。


 まあ今回も楽勝か。

 ヒーローは倒せそうにないが、作戦自体はこれで成功だ。

 そもそも俺の目的はレオだけなのだから、

 他のヒーローはどうでもいい。


「ゴラアアァアアァァーーッ!!」


 獣のような雄叫びが埠頭に響き渡った。

 びっくりして声のした方を見ると……戦闘員の群れの中に巨大な灰色熊が乱入し、大きな腕を振り回して暴れ狂っていた。


「グマアアァァアァァーーッ!!」


 な、なんだあのクマ……いつの間にあらわれた!?


「ティーガ! 来てくれたんだ!」

 空中を舞うユーファが嬉しそうに熊に話しかけた。


「遅くなってごめんよ、ユーファ!」

 灰色熊は流暢な日本語を喋った。


「故郷に帰ってたんじゃなかったの?」

「ユーファがピンチだってのに、呑気に家族サービスなんかしてられないさ! いや家族サービスも大事だけど!」

「どうして私がピンチだってわかったのよ」

「僕がいない時は、いつもユーファはピンチじゃないか」


 なるほど、こいつが灰色熊のヒーロー

 『グリズリー・ティーガ』か……


 って、おいィ! 話がちげえぞ! 


「ユーファは僕が守るゥ!」

 灰色熊が太い両腕を振り回して突っ込んでくる! 

 その巨体と怪力であっという間に戦闘員が蹴散らされてしまう。

 戦術もクソもないが単純にパワーが違いすぎる……。


「こっちだよ~♪ 当たらないよ~♪ キラッ☆」

「フシュオオオォォォーーッ!!」

 ザリガニ男はユーファに挑発されて、白い液体を無意味に空中に噴き上げていた。


 そっちじゃなくて熊を狙えよ熊を! 

 男の娘にぶっかけることに執着してんじゃねえ! 


「サンマルサン、おまえはティーガを食い止めろ!」

 レイバルン将軍の美声が俺の耳に届いた。

「マグロ漁船さえ手に入れば作戦は成功だ、任せるぞ!」

 女将軍はマントを翻して颯爽と漁船に乗り込む。


「はい了解……あ、でも漁船の燃料は大丈夫ですか? 尽きたら遭難しちゃいますよ」


「だったら漕げばいいだろう!」


 行き当たりばったりな……

 そもそも作戦を立案したゲズ将軍がアバウトすぎるのか。


 とりあえず熊を黙らせるというレイバルン将軍の指示は妥当だ。戦闘員たちはまったく相手にならず熊に吹き飛ばされている。これ以上被害を出すわけにはいかない。俺は駆け足で灰色熊の前へと躍り出た。


「おい熊公、俺が相手だ」

「ガウ? きみはどこか違うね。さてはリーマンマスクとミストライダーを倒した新入り戦闘員?」

「もう俺の存在が知れてるのか」

「ヒーロー組織の情報網を甘く見ちゃダメだ」

「そうか……じゃあハイランダー・レオに伝えて欲しい」

「ガウ? レオの知り合い?」

「レオは多くの罪のない人間を殺した。戦闘の巻き添えでな」

「みたいだね……彼はヒーローの中では冷徹だよ。クズラーをせん滅させる為には一般人の被害も厭わない。僕もどうかと思ってるんだけど」

「恨みを思い知れ、必ず俺が倒す……レオにそう伝えろ……まあ、おまえが無事に帰れたらだが」

「レオに恨みがあるんだね」

「熊公に恨みはないが、悪く思うな――」


 地面を蹴り、空中で腰を捻って、右足を突き出す。

 目の前の巨体、お腹の中心目掛けて爪先をめり込ませた。


「ガウゥッ!?」


 灰色熊は弾けるように後ろに飛び上がり、上半身をふらつかせながらも着地した。手応えがあったが、柔らかい毛皮の内は鉄のように硬かった。さすがに人間とは身体の丈夫さが違う……。


「グウゥ、すごいキックだ……」

「おまえもすごい硬さだな、熊公」

「リーマンとミストがやられたのも納得。でも、僕は負けないよ!」


 獣の巨体が雄叫びを上げて、俺に襲いかかる。


「ガウウウゥゥゥッ!!」


 素早く鋭い爪の一閃が何度も連続で俺の頭上から振り下ろされた。その強力な攻撃をかろうじて避けながら、こちらも負けじと拳を剛毛の肌へと叩きつけていく。何発も、何発も……しかし、灰色熊は倒れない。


「グアアァァァァッ!!」


 でかい、硬い、速い、強い。正面から打ってもダメだこれ。

 すげぇ、熊すげぇ……と改めて思った。

 機関銃でもなければ、普通の人間に勝ち目なんかねえな。


 普通の人間なら――。


「ガウッ?」


 熊の爪が俺のマスクに食い込む。ヘルメットを兼ねるその被り物は、ガリッと内部構造のひしゃげる音を立てて破壊される。既に中身の俺はその場所にはいなかった。


 呆気にとられて硬直している灰色熊の頭上を飛ぶ。

 背後に着地する前に、その太い首に渾身の手刀を打ち込んだ。


「ウグッ!?」


 灰色熊は低い呻きを漏らした後、頭をふらふらとさせて、その場に倒れ込んだ。

 ズシンッ!と地鳴りが港に響き渡る。


「はっ、ティーガ! うそっ、そんなっ……」


 空を飛んでいたユーファは親友が倒れたのを見て青ざめた。

 わき目もふらずに慌てて傍に下りてくる。


「ティーガ! しっかりして、ティーガッ!」


「気絶してるだけだ。熊の首はすごいな……手が痺れた」


「くうぅぅ、よくもティーガを……!」


 悔しそうに唇を噛みながら俺を睨む魔法少女。

 こうして間近で見るとなかなか可愛い。

 色気付き初めてはいるがまだ汚れは知らなそうな。

 妹が同じくらいの年齢だった頃を思い出す。

 でも、くどいようだがこいつは男だ……。

 

 俺はちらっと後方を見る。マグロを満載した漁船はもう港を出ていた。


「作戦完了だな――」


 ザリガニ男と戦闘員が、倒れた灰色熊と魔法少女を取り囲む。ユーファは逃げる様子はなく、まだ動けないティーガを守るように仁王立ちしてステッキを握り締めていた。


 戦闘員のひとりが網を放り投げ、ザリガニ男が白液を撒き散らす。

 ほどなくして魔法少女(男)も動かなくなった。


「おっと伝言は……まあいいか」

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