彼らの事情とオレ③
それから程なくして、ケルヴィンと私は帝都に赴き、帝国の登用試験を受けた。
皇帝不在で屋台骨が傾いているとはいえ、帝国の中枢を望む者も多く、競争は激しいものになった。
ケルヴィンは帝都でも指折りの私塾で、ずっと首席の立場におり、受かることを微塵も疑ってはいないようだった。
私の方はというと、実戦にはそれなりの自負があったが、座学は不得意で正直のところ受かる自信など毛頭なかった。
けれど、ケルヴィンは行政官として、私はなんとか武官として登用されることができた。
それは私達の……というより彼の野望の大いなる一歩に過ぎない。
めきめきと頭角を現した彼は、やがて重大なことを失念していたことを悟る。
皇帝がいなければ、帝国宰相はおろか、帝国三官にも任じられないという現実を。
一方、私の武官としての最初の任務は帝都周辺の治安維持を図ることだった。
その過程で、偶然にも私は恩人との再会を果たした。
私を助けてくれたメルベルテ家の先代だった。
往時の勢いはなかったが、帝都周辺の裏社会ではそれなりの影響力を持っていた。
自分の立場を考えると、彼との付き合いは決して褒められるものではなかったが、私の感謝の念はそれに勝るほど強かった。
けれど、彼は私の身を案じ、必要以上に私との関わり合いを避け、公私のけじめに気を遣ってくれた。
私も、公的に彼の便宜を図ったことは一度もなかった。
しかし、私がケルヴィンのような異例の出世を遂げた背景に彼の助力があったことは間違いない。
私がそのことを告げると、決まって『私は何もしていない。それはデイブレイクの努力の賜物だよ』と身内を見るように目を細めながら笑った。
頼みとしていた彼の息子は既に他界し、孫を後継者に選んでいたが、いつも頭を悩ませていたようだ。
『孫のセイジェルは悪い子ではないのだが、感情に左右されやすくてね。君のような側近が居てくれたら安心なんだが……』
よくよく私は肉親を託される体質なのか、と内心苦笑したが、彼のためにその孫と友誼を交すことに躊躇いはなかった。
しかし、セイジェルとの相性は最悪だったと言っていい。
祖父の信頼の篤い歳の近い人物の出現は、彼にとってはなはだ面白くない出来事だったのだと思う。
先代の前では、表面上仲良くして見せたが、私達が実際に親しく交わることはなかった。
関係に転機が訪れたのは、先代の闇闘技場に君臨していた闘王が急死したことからだ。
その死に衝撃を受け、先代もまた病に伏せった。
一時的に運営を任されたセイジェルが提案したのは、この私に闘王の代わりを務めさせるという暴挙だった。
立場上、私は先代と会う時には身分を隠していたので、セイジェルは私の公人としての立場をその時はまだ知らずにいた。
単に先代に可愛がられている傭兵風情と思い込んでいたのだ。
自分に意見する生意気な男も使役する立場に落とせば、自由に言うことを聞かせられる……そう考えたようだ。
私は迷った末、素顔を隠すことを条件にその案を受け入れた。
発覚すれば、職を失するかもしれないが、先代の病状を好転させるためには、他に選択の余地がなかった。
私は期待に応え、勝ち続けた。
その甲斐があってか、先代は病状を回復させ、オーナーに復帰しセイジェルの思惑は外れた。
しかも、私は黒の闘王として発言力を高め、先代の信頼はますます篤いものとなっていった。
セイジェルは表向き冷静さを装っていたが、私達の溝はより深いものになった。
やがて、そうした二重生活を続けている内、ケルヴィンは行政局長に私は帝都守備隊長に抜擢された。
その一方、先代が病いがちのため、メルベルテ家は急速に力を失っていた。
他家の圧迫にかろうじて対抗していた先代は、会合の帰途に再び倒れた。
先代は死の床に私を呼びよせると、孫のことをくれぐれもよろしく頼むと言い残し、息を引き取った。
「それが、今から三ヶ月前のことだ」
長い話を語り終えたデイブレイクにオレは驚きを禁じえなかった。
正直、彼がこんなに多弁だとは思わなかったからだ。
「デイブレイク、何でそこまで……」
話してくれるんだ?……そう質問しようとしたオレの肩を後ろから、やんわりとクレイが押さえる。
「お前達だからだよ」
耳元でクレイに囁かれ、振り向こうとしたオレは思わず顔が赤くなる。
い、息がかかってドキドキするってば。
ん……オレ達だから?
不思議に思いながら、隣に座るオーリエとユクを見て、ハッとする。
オレ達は姫様候補だ。
男のオレがなることはあり得ないし、身元がしっかりしているオーリエもかなり、疑問が残るけど。
それでも、もしかしたら姫様になるかもしれない可能性は秘めている。
デイブレイクはそのオレ達にケルヴィンの想いを伝えたかったのではないだろうか?
オレ達の誰かが万一、姫様になった時に、幼い頃から帝国宰相を志し、努力を重ねてきた友人の志を知っておいてもらうために。
恐らく任を解かれ、帝都を去ることになるであろう自分の最後にできる手助けだと考えたんだ。
デイブレイク……あんたって、男は……。




