あなただけにお知らせします!③
蒼竜亭に戻ると、クレイはかなり出来上がっていた。
「おう、ずいぶん遅かったな」
「まあな」
「リデルの食べる分は、ちゃんと残してありますよ」
騎士様は乱れた様子もない、さすがだ。
「ああ、ありがと。ヒュー」
丸テーブルの食べ物が取り分けられている席に座りながら、ヒューに礼を言った。
「いえいえ、礼には及びません。心配して取り分けたのはクレイですから」
「ちょ……バラすなよ」
赤ら顔のクレイが焦って言う。
「あ……その、クレイありがと」
何だかんだ言っても、クレイはオレのことを気にかけてくれる。
嬉しいような、恥ずかしいような妙な気分だ。
オレが黙って、シードル(りんご酒)に口をつけると、心配そうにクレイが聞いてきた。
「どうした、何かあったか?元気ないぞ」
「うん」
オレはそれだけ言うと、一気に飲み干した。
「確かに、リデルが大人しいとリデルらしくないですね」
ヒューも同調して頷いた。
オレはいつもそんなに暴れてるっていうのか。
大体、初対面に近いヒューにそこまで言われるなんて……。
全く失礼な奴らめ。
オレだって、静かに考えたい時はあるんだ……。
オレは気分を害して、ますます黙りこんだ。
このまま、相談するの止めようかとも思ったが、酔っ払い約1名が病気かもしれんと大げさに騒ぎ出したので、仕方なくラドベルクの件を二人に話した。
「う~ん」
腕を組んだクレイは、一言唸ると黙り込んだ。
「全く、許せない話ですね」
ヒューは憤慨していた。
「エトックから騎士様にって頼まれたから、一応伝えたけど、この件はオレが何とかする」
オレは宣言した。
「待ってください。依頼されたのは私で、こういうことは大人が解決すべき問題です。私にお任せなさい」
ヒューがなだめるように話しかける。
「何だと! オレを子ども扱いするな。オレは……」
立派に大人なんだと言いかけるが、クレイがチラリとオレに一瞥をくれる。
「オレは?」
「オレは……まだ子どもだけど、立派に大人の相手だってできる」
「リデル……貴女?」
ヒューの表情を見て、言い間違いに気づく。
「違う! 意味違う。剣の話だ、他の意味じゃない」
思わず赤面する。
オレの様子を見てクスクス笑いながら、ヒューは提案した。
「わかりました。元々は貴女が持ち込んだ話です。我々全員で解決するというのはいかがですか。それなら文句はないでしょう。いいですか、クレイ?」
「クレイ……」
オレ達はクレイの様子を窺った。
今まで、ずっと考え込んでいたクレイはそれには答えず、不意に立ち上がると店の奥に向かった。
「親父、いるか?」
奥に声をかけると、宿屋の主人が厨房から出てきた。
「酒の追加ですか?」
「いや、そうじゃない。親父、さっき妙なこと言ってたな。こんなに続くなんて珍しいって。どういう意味だ?」
「ああ、それですか。ここらは辺ぴな村なんで、泊まりのお客は滅多にないんですが、お客さん達の少し前に泊り客があったんで、つい……」
「そうかい。どんな人達だったんだ?」
「それが妙な人達でしてね。私と話したリーダーみたいな人以外は、ずっとだんまりでしたよ」
「その男、左の頬に刀傷がなかったか!」
思わず立ち上がって、オレは叫んだ。
「よくおわかりで、確かにありましたよ。お知り合いですか?」
オレの勢いに、驚いたように主人は言った。
「金払いはどうだった?」
クレイがオレを眼で抑えて、静かに質問した。
「それはもう、太っ腹でしたよ。何しろ、馬どころか箱馬車まで持ってましたからねぇ」
「ほう、箱馬車とは金持ちだな」
「へぇ、ここだけの話ですがね。馬の世話をしてる時に見ちまったんですが、馬車に紋章がついてましたよ。上手く隠してありましたがね……」
「紋章?」
「見たことのないものでしたが、あれはきっと何処かの貴族に違いありませんよ」
「滅多なことを口走らん方が、身のためだと思うがな。で、どんな紋章だった?」
「脅かしっこなしですよ、お客さん。ほら、こんな感じです」
主人は簡単に紙へ書いて、クレイに手渡した。
クレイの横から覗き込むと、それは火トカゲと剣を模した紋章だった。
「見たことのない紋章ですね」
オレはもとより、ヒューにも見覚えのない紋章のようだ。
それは、すなわち古い家柄ではないことを意味した。
けど、クレイは無言で紋章を見つめていた。
「クレイ? 知ってるのか」
「……いや、残念だが」
少しの間をおき、クレイが答える。何か隠しているとオレにはわかったが、敢えて口に出さないということは、何か理由があるのだろう。
「クレイ……」
「何だ?」
「お腹すいた」
「ああ、悪かったな。食べていいぞ」
「うん」
蒼竜亭の料理は結構、旨かった。