学園な毎日とオレ②
「リデル様、お目覚めください。時間が参りました」
ひやりとした口調のせいで、オレの意識がだんだんはっきりしてくる。
「涎をお拭きください。恥ずかしいです」
目の前には腰をかがめたシンシアが冷ややかな目で覗き込んでいる。
「……あ、ごめん。寝てたみたいだ」
「そのようですね。どこでも眠れる神経はさすがです」
う~、何気に馬鹿にされてる気が……。
「あれ、ユクは?」
気がつくとユクが隣にいない。
「とうにお目覚めでソフィア姉様に、これからの生活についての説明を受けておられます。私もそうしたかったのですが、クレイ様が寝かしておけと仰るので……」
シンシアは不満そうだ。
そういえば、クレイとヒューの姿が見えない。
「クレイとヒューは?」
「護衛陣には別の指示があるようで、先ほど出て行かれました」
「そうか……ゴメンね、シンシア。今から説明を聞くよ」
「残念ですが、もう時間がありません。先ほどのホールに再び集合するように指示が出ています」
そう言うと、シンシアはソフィアとユクにオレが起きたことを知らせ、退出のために部屋を片付け始める。
オレが手伝おうとすると、それを制して言った。
「リデル……様は、ユク様と先にホールへいらっしゃってください」
「じゃ、そうするね」
シンシアの葛藤に気付かぬ振りをしてオレはユクを連れ立って部屋から出た。
やはり、オレを主人として仕えるのに抵抗感があるように思えた。
「ただ今から班編成をお知らせします。配布する名簿と資料をご確認ください。授業や実習などは元より、日常生活でも基本となる集団になりますので、互いに協力願います。なお、1班から11班までは4人編成で、12班だけは全体の人数の都合で5人編成となります。ご承知おきください」
係員の説明を受け、配布された名簿を頼りに、それぞれが班ごとに集まりだす。
オレは、と名簿をめくると……げ、5人編成の12班だ。
12の札を持つ係員のところへ向かうと他の面々は既に集まっていた。
「あら、あなた。先ほど、わたくしをじろじろ見ていた不躾な娘ね」
嫌な予感はしてたんだ。
オレの目の前に例のお嬢様が立っていた。
「オレ、リデル・フォルテ……です。よろしくお願いします」
「『オレ』ですって! これだから下賎な人間って嫌だわ。あなた、言葉遣いに気をつけなさい。これから一緒に生活すると思うと、ぞっとするわ」
見下すように言い放つ。
「相手が名乗っているのに、名を名乗らない奴もどうかと思うけどね」
横から別の声が割り込む。
一見すると男の子に見違えるほど、髪を短くした長身の女の子だった。
「私はオーリエ・グレッグ。同じ12班だ。よろしく頼む」
爽やかな笑顔は、実に男前だ。
オーリエの科白にアレイラが慌てたように言葉を返す。
「わ、わたくしはアレイラ・テトラリウムです。下品な物言いに驚いただけで、作法をわきまえていないわけではありませんわ。そして、不本意ながら、皆さんと同じ班です。始めに言っておきますが、あなた達と馴れ合いするつもりは全くありません。承知しておいてください」
つんと澄まして、顔を背ける。
「はいはい、わかったよ。で、あっちにいる小さいのが、ノルティ。おい、こっちに来て挨拶しろよ」
オーリエに声をかけられて、小柄な少女が近づいてくる。
前髪をそろえたショートヘアで、丸い鼻眼鏡をかけたその女の子は聞き取れないくらい小さな声で自己紹介した。
「ボク……ノルティ・ヴィオラ……よろしくです」
それだけ言うと俯いて、それきり黙りこむ。
どうやら、人見知りする性格のようだ。
そして、五人目はオレから紹介した。
「この子はユク。ちょっとした経緯で、ここまで一緒に旅してきたんだ。とっても優しくていい子だから」
「ユク・エヴィーネです。皆さん、よろしくお願いします」
ユクは深々とお辞儀をする。
そう、名簿によると12班のメンバーは、リデル・ユク・アレイラ・オーリエ・ノルティの五人と記されていた。
この偶然の出会いから始まった五人が、後にあれほど長く深い付き合いになるとは、この時のオレは知る由も無かった。
係に案内されて、オレ達五人とその従者は宿泊棟に向かった。
本来は宮殿に泊まる貴族用の宿泊施設で、続き部屋大小二間で一室が構成されていた。
大きい方が主人用で、小さい方がお付きの者の部屋だ。
「こんな素敵な部屋に泊まれるなんて夢みたいです」
部屋を覗いたユクが目を輝かせながら、オレに振り返る。
「ユク……ここはソフィアの部屋。君のはあっち」
オレが奥の主人用の部屋を指すと、ユクの目が凍りつく。
「あ、あたし、あんな立派な部屋に泊まれません」
高価そうな調度品に怖気づいているようだ。
わからないでもない。
オレも確実に何か壊しそうな予感がする。
「何ですの、この部屋は。下級貴族用の部屋ではないですか。レベッカ!」
「はい、お嬢様」
「すぐに変えてもらうようにお言いなさい」
「はい……でも、お嬢様。先ほど、係の方が部屋の変更は認められないと……」
「何ですって! わたくしに口答えする気?」
「す、すみません。お、お赦しください、アレイラ様」
「全く、使えない子ね。あなた、屋敷だったら、即、クビよ」
オドオドした若い侍女は、主人の勘気に触れて、うなだれた。
「いいかげんにしてやれよ」
思わず口を出して、しまったと思った時には手遅れだった。
「何なの、またあなたなの? わたくしのすることに、いちいち口を挟まないで」
きっと睨まれたけど、べそをかいている侍女を見ると放ってはおけない。
「だって、その娘を責めても何の解決にもならないじゃないか」
オレの行動にシンシアが呆れているのが、視界の端に見えた。
「あ、あなたも、わたくしに逆らう気?」
「そりゃ、逆らうさ。オレ、あんたに雇われてるわけじゃないし、あんたの父親がどんなに偉いかも知らない。それに、あんたもオレもここでは、姫様候補の一人に過ぎないって扱いだろ。部屋の良し悪しを云々言える立場じゃないんじゃないか」
怒りで真っ赤になったアレイラが何か言おうとした時、
「アレイラもリデルもその辺にしときなよ」
オーリエが仲裁に入る。
「あ、ごめん。言い過ぎた」
オレはオーリエに頭を下げ、口をつぐんだ。
一方、アレイラは怒りの矛先をオーリエに転じた。
「あなたもわたくしの邪魔をする気なの。ふん、あなたの父親が国にどれだけ貢献したかは知らないけれど、所詮、傭兵風情じゃないの。その娘が、わたくしに意見するなど片腹痛いわ」
「何だと……」
オーリエの瞳が剣呑な色をたたえ始める。
一触即発の雰囲気を感じて、間へ割って入ろうとしたオレの後ろから、のんびりとした声がかかる。
「オーリエお嬢様、今夜の夕食はなかなか豪勢なものですよ」
絶妙のタイミングだった。
居合わせた一同は、呆気にとられ、毒気を抜かれた格好になる。
「でも、ジェームス。こいつ、親父のことを馬鹿にしたんだぞ」
ジェームスと呼ばれた男は、少し白髪が混じり始めた頭髪に髭を蓄えた細身で執事の服をかっちり着こなしたナイスミドルなおじ様だった。
「言わせておけば良いのです。傭兵であることは事実ですし、それによってグビル様の価値が損なわれることは、いささかもありません。それに、どんな大貴族も高官もグレゴリ傭兵団の影響力を無視できないのも事実です。名より実を取るのが我が傭兵団の信条でしょう?」
それを知らないのは無知と言わんばかりに、にこにことジェームスは言ってのける。
グビル・グレッグ……あの髭団長の娘か。
こんなところで出会うとはね。
オレは不思議な縁を感じていた。
「もう、勝手になさい」
間を外されたアレイラはオレ達を睨みつけた後、さっさとあてがわれた部屋に引き込んだ。
侍女のレベッカが一礼して、後に続く。
「あの……オーリエさん、ありがとう。味方してくれて」
「オーリエでいい、私も君のことをリデルと呼んでる。それに味方したわけじゃない。仲裁しようとしただけだ。もっとも、こちらが熱くなってしまったがな」
苦笑しながら、オーリエが自分の部屋に向かう。
「では、リデル。また後で会おう。夕食は期待できそうだ」
オーリエの後に続くジェームスをオレは呼び止た。
「ジェームスさんもありがとう。助かりました」
「いえ、礼には及びません。お嬢様のためにしたことですから」
丁寧な口調で、そう言うと部屋に消えた。
あれ、気のせいかな?
何となく冷たい感じがした。
オレ、気に障ることしたかなぁ。
「リデル様、こちらへ」
なりゆきを不安げに見ていた案内係がオレを促した。




