あなただけにお知らせします!②
「なんだ、エトック。どこへ行ってたんだ……こちらの方は……」
と言いかけて眼を見開いた。
「女の子?」
オレが男の格好をしていたので、遠目ではわからなかったらしい。
「ああ、一応ね」
嫌々肯定したが、エトックの父さんは口を開けたまま、オレの顔をしばらく見つめていた。
「ど、どうかしました?」
「あ、これはすまない。あんたみたいな別嬪さん、見たことがなくてねぇ」
純朴そうなお父さんは感慨深げに言った。
そんな風に純粋に褒められると、何だか照れる。
男の時は、可愛いと言われるとムキになって反論したが、今はそんなに嫌な感じはしない。
どういう心境の変化だろう。
「オレ……私、リデルって言います。白銀の騎士ルーウィックの知り合いの者です。何かお困りのことがあるって、エトック君から聞きましたので、不躾ながら参りました」
エトックの父さんは驚いた顔で、オレとエトックの顔を交互に見比べた。
「その話なら、もう済んだことで……せっかくおいでくださったのに申し訳ないことです」
「え、父さん!」
「お前は黙ってなさい。そういう訳で話すことは何もありませんです」
「でもイエナさんは、まだ見つかっていないのでしょう?」
オレはおじさんの眼をじっと見つめた。
一瞬、エトックに咎めるような視線を送ったが、オレに見つめられておじさんは眼を伏せた。そして、少し赤くなった。
「秘密は守ります。信用できないのはわかりますが、お役に立ちたいのです…………でも無理ですよね」
オレが悲しそうに俯くと、おじさんは慌てて話しかけてきた。
「いや、そこまで心配してもらったら、話さないことはないんで……」
やっぱり美人は得だね。
ちょっとしおらしくしたら、効果てきめんだ。美人に騙される男が多いって納得したね。
「いいんですか?話していただいても……」
「ああ、お願いします。その……ぜひ聞いてください」
オレは心の中でほくそえんだ。
「ごめんなさい、無理矢理話させて」
「いや、構いませんです。それより立ち話もなんですので、家の中へどうぞ。狭くて片付いていませんですが」
部屋は確かに広くなかったが、綺麗に整理されていた。中に入るとエトックのお母さんが驚いたようにオレを見る。女になったオレの姿に驚く周囲の反応を見るに付け、意外な気持ちに囚われていたけど、これも聖石の力なんだろうか?
一瞬、想いを巡らせていると、エトックのお母さんが椅子を勧めてくれた。
「何のお構いもできませんが、ゆっくりしていって下さい」
お茶の用意をすると、おばさんは奥に入っていった。
「さて、何からお話すれば良いかな」
「大体のことは、エトック君から伺いました。確認したいのは、何故探すのを止めたかです」
オレとしては、最も腑に落ちない点であり、憤りも感じていた点だ。
「それはですな、ラドベルク様に心当たりがおありのようだったからです」
「ラドベルク……ウォルハン!イエナの父親はあのラドベルクなのか?」
「エトックから聞きませなんだか、そうです。武闘王ラドベルク・ウォルハン様です」
ラドベルクの娘が行方不明!
そして突然の武闘大会復帰……。
これは、何かある……オレの嗅覚がきな臭さを感じてるぜ。
「それで、ラドベルク……さんは何て言っていたのですか?」
「はい、巻き込んでしまって大変申し訳ないと。今回のことは自分の不徳のいたすところにあり、うちには全く非はないと」
「そうですか。その心当たりについては?」
「何も話されませんでした」
沈痛な面持ちで続けた。
「最初に隣に越してきた時には、狂戦士と呼ばれた方だったので、とても心配しましたが、実際に会ってみると気さくで温和な方でした。うちとも仲良くしていただき、イエナさんもとても良いお嬢さんで、妻とも噂はあてにならないなと話したものでした」
おじさんは、思い出したかのように青ざめて言った。
「しかし、イエナさんの失踪を告げに行った時のラドベルク様は……」
「ラドベルクは?」
「正に狂戦士にふさわしい形相でした。既に誰かよりもらった文を握りしめておいででした。あまりの恐ろしい気迫に私は声をかけるのもはばかられました」
脅迫状か?
とにかくイエナは誘拐されたのに間違いないだろう。
「ラドベルク様は、私に気づくと我に返り、仰いました」
『申し訳ないが、私はすぐに旅立つことになった。長い間、世話になった。あなた方ご家族に出会えたことは、とても幸運だった』
「そして更にこうも仰いました」
『イエナは必ず取り戻す。安心して待っていてくれ。そして、これは誠に身勝手なお願いだが、もし私に万が一のことがあったら、イエナのことをお願いしたい。幸い、こちらのご家族を慕っているので大丈夫だと思う』
「そう言って、途方もない額のお金を置いていかれました。私が固辞すると、ラドベルク様は自分が戻ってくるまで預かっていて欲しいと言われました」
おじさんは真剣な眼差しでオレに懇願した。
「ぜひとも騎士様にお伝えください。ラドベルク様を……あの親娘をお救いください。お願いします」
「……わかった。必ず伝える」
必ず助けてやる。
平和に暮らしていた親娘を引き離すようなヤツはオレが許さない。
全ては武闘大会に鍵がある。きっと手がかりがあるはずだ。
オレはおじさんに、もう一度頷くとエトックの家を後にした。
オレがまだ見ぬ悪漢に闘志を燃やしていると、エトックがついて来ているのに気が付いた。
「さっきの宿屋まで案内します」
「大丈夫さ。一本道だったから……」
「送ります」
あれ、綺麗なお姉さんが気になるのかな?
オレがあらぬ妄想を抱いていると、エトックは思い切ったように言った。
「あの……僕、見たんです」
どうやら違うみたい。
「何を見たんだ?」
「はぐれた後にイエナを探して森を歩いていたら、黒ずくめの男達を見たんです」
「詳しく話してみろ」
オレは立ち止まって、エトックに向き直った。
「確か6人ぐらいでした。みんな武装していて……左の頬に刀傷がある男がリーダーみたいでした。柄の先が髑髏の形をした黒い剣を差していて、命令してました」
「そうか……」
「普段、あんな所に旅人が入る訳ないんだ。きっと奴らがイエナをさらったんだよ!」
「ありがとう、助かる。エトック、それを伝えたかったんだな」
「うん」
「そうか……わかったから、お前はもう、帰りな。あとはオレが何とかする。確約はできないけど、イエナをきっと連れて帰るから、大人しく待っていてくれ」
「お姉さん! 必ずだよ」
「おう、任せとけって。男に二言はない」
「お、お姉さん?」
「い、いや、男だったらな……」
危ない、危ない。
どうも気を抜くと、自分が女になったことを忘れてしまう。
やっぱり、口調も変えないと駄目かなぁ。




