それぞれの日々……⑥
「なんだ、この程度の礼では不足か?」
驚きのあまりイーディスをまじまじと見つめていたら、オレが不服に思っていると考えたのか不安げに聞いてくる。
「いやいや、そんなことないよ。ご丁寧にありがとう。でも、別にお礼を言われるようなことはしていないし、逆にアイル皇子を倒してしまったことで恨まれてるかと思ってたよ」
「恨む……などということはない。あの場合、あれが最善策であったし、私もあの結果を望んでいた。君の選択は間違っていない」
ホントにどうした、イーディス。
父親を失ったショックで人格が変わってしまったのだろうか?
「それに本来であれば、私はあの場で死んでいた筈だ。彼の弁では、私と彼は復活の儀式により深い繋がりがあり、彼が命を落とせば私も道連れになる運命だと聞いた。けれど、私はこうして生き永らえている」
確かにアイル皇子はそんなことを言っていた。イーディスは自分の一部であり、アイル皇子の死はイーディスのそれと等しい、と。
そのせいで、一旦は共闘の約束をしたエクシィがイーディスを守るためオレ達と戦うことになったし、オレも最終局面においてアイル皇子を倒すことに躊躇したのだ。もっとも、イーディスの「この邪悪なる存在を打倒せ……私の身のことは考慮せずともよい」という皇帝としての命を受けて、オレはアイル皇子と戦うことが出来たのだけれど。
「おそらく最後に君が放ったあの不思議な力のせいで私は命を失わずに済んだのであろう。言わば、君は命の恩人と言ったところか」
生き残ったことにあまり喜びを感じていないような口振りだ。
「恩に着せるつもりなんてないし、オレの力でイーディスが助かったのかどうかはわからないけど、もしそうだとしたら貴女を救えて良かったとオレは思う」
あの時のオレは、ずっと敵対はしてきたけれどイーディスにはイーディスの事情や背景があり、決して相容れない存在ではないと理解できていたし、ただ単純にイーディスに死んで欲しくないと思ったのだ。
イーディスとしては不本意かもしれないが、オレとしては結果に満足している。
「すまぬ。皮肉を言ったつもりはないのだ。言葉通りの意味と捉えて欲しい」
オレの返答にイーディスは少しばつが悪そうに軽く頭を下げる。
以前のイーディスでは考えられない所作だ。
「イーディス、ずいぶん変わったね」
「信じていた諸々が崩れたのだ。変わらぬ方がおかしい」
思わず言ってしまったオレのド直球な言い分にもイーディスは苦笑で答える。うん、大人な対応だ。
「それよりもアリシア。大きな貸しがある君に対して私から提案がある」
「提案?」
「ああ、私は君に帝位を譲ろうと考えている」
何ですと?
イーディスが人払いさせた真の理由がやっとわかった。この提案……譲位についての提案を切り出すためだったのか。
「ちょ、ちょっと待った、イーディス。冗談でも言っていいこと悪いことがあるぞ」
「私はいたって本気だ。私が冗句を言う人間でないことは君も知っているだろう」
確かに『馬鹿』が付くほどの『真面目』で、こういう冗談は言わなそうなタイプに見える。けど、その提案は冗談で済まない大問題だ。
「な、何でそんな斜め上の発想に至ったか教えてくれるかな」
「別に斜め上の発想ではない。当然の帰結だ。アイル皇子の発言が事実であるなら……おそらく事実と考えて差し支えないが、私はアイル皇子の娘でなく妹に間違いない」
あの後、ネヴィア聖神官も裏を取ったが、どうやら事実らしい。つまり、イーディスはデュラント三世(神帝)とフォスティーヌ・メルトリューゼ子爵令嬢との間に産まれた娘で、アイル皇子やオレの親父(デュラント四世)の妹に当たる。
「しかもアリシア、君の方が一歳年長だ。帝位継承の序列では君の方が上位にある。私が即位しているが、本来あってはならないことだ。速やかに譲位すべきであろう」
なんで、そう短絡的な発想になるんだ。真面目過ぎるにも程がある。
「ちょっと待ってくれ、イーディス。それって、ケルヴィンとよく相談した?」
「いや、しておらぬ。何故、ケルヴィンに相談する必要があるのだ。帝室内のことであるし、帝室典範に則った事案だ。相談の余地などない」
即断即決で責任は全て自分が負う、ある意味で典型的な専制君主だ。加えて能力も高いし、公平性もあるだけに周りも論破されやすい。非常に不味い……。
「イーディス、この際だからハッキリ言っておくけど、オレ皇帝になるつもりはさらさら無いから」
「アリシア?」
オレの発言にイーディスは本気で驚いたようだ。
「だから……何度でも言うけど、オレは皇帝にならない。イーディスにずっと皇帝でいて欲しいんだ」
「き、君は何を言っている? 正気か?」
「正気も正気。本気で言ってる」
イーディスが信じられないものを見たような顔をしている。
まあ、気持ちはわからないでもない。誰だって頂点に立ちたいと思うのが普通の考えなのだろう。
普段は『権力だなんて真っ平御免』などと言う人ほど権力志向があったりするので、おそらくイーディスはオレが皇帝になりたいと思っていると信じていたに違いない。
けど、傭兵として底辺ではあるが自由気ままに生きてきた身としては、権力はあっても雁字搦めの生活には耐えられる気がしなかった。
それに、帝国を良くしたい強い想いもイーディスには敵わないと感じている。彼女は幼い頃から(アイル皇子に騙されていたといえ)皇帝になるべく帝王学を学んでいたという。オレの付け焼刃の皇帝とは土台が違うのだ。
「それにオレ、帝都が落ち着いたらアリスリーゼに移ろうと思っているんだ」
ようやく今日の面談の本題に入れそうだ。
3月も中旬を過ぎましたw
後、2回で完結するか微妙になってきました(>_<)
もしかしたら、4月にずれ込むかもしれません。
リアルがめちゃ忙しくて土日無しで働いているので……。
最悪でもGWまでには完結すると思います。
み、見捨てないでください(T_T)