それぞれの日々……④
「え? 自分の意思って、どういうこと?」
「どういうことも何も言葉通りの意味ですが?」
お互いの言葉を理解して同時に質問する。
「つまり、今まで通りオレの侍女でいたいってことなの」
「はい、そうですが……お嫌でしたか?」
「とんでもない! シンシアがいなくなるとオレ生きていけない気がする」
「それは単にリデル様が楽したいからのような気がいたしますが」
「そんなことないよ。いつも感謝してるって……それにシンシアって、けっこうオレに厳しいと思うんだけど」
「リデル様のためですから当然です」
こほんとアレイラが咳払いしてオレ達の会話に割って入る。
「お二人が仲の良いことは、大変よくわかりました」
少し呆れながらアレイラがオレ達をジト目で見る。
「えっ……まあ、そうかな。仲良しって言えば仲良しだよね」
「仲良しだなんて恐れ多いことです」
オレが照れながら肯定するとシンシアは恐縮する素振りを見せるが、微かに頬が緩んでいる。ホント、ツンデレさんめ。
「けれど、シンシアさん。よくお考えになってください。行政府に入ってケルヴィン宰相の下で働くということは、ゆくゆくは帝国の中枢となることを約束されているのも同然なのですよ。誰でもなりたくてなれるものではありませんわ」
「ええ、それは重々承知しております。本当に私ごときには、もったいないお話だとも思います」
「でしたら、何故?」
アレイラの疑問にシンシアは迷いもなく答える。
「私は今の仕事に誇りを持っているからです」
当たり前のように話すシンシアにアレイラは目を丸くする。
「……でも、シンシア。貴女の言うそれって、たかだか侍女のお仕事でしょう? 貴女ほどの才覚があれば、もっと重要な職に就けると思うのですけど……」
さすがにそれは言い過ぎだろってオレが口を挟もうとすると先んじる者がいた。
「アレイラ、その言い方は失礼すぎるぞ。シンシアが許しても、自分はちょっと許せないな」
シンシアの横に立っていたオーリエが怒ったような口調でアレイラに物申す。
「こ、言葉の綾ですわ。決して貶めたかった訳では……その、ごめんなさい、シンシア」
「いえ、お気になさらないでください。貴族の方々が、そうお考えになることはよく有ることですので」
シンシアは優しい口調でアレイラの発言を擁護する。どうやら、本気でアレイラを責めるつもりは無いらしい。
まあ、確かに平民の侍女に謝罪する侯爵令嬢もなかなかいないだろうから、アレイラは特殊な部類と言えるだろう。貴族的な考えとしては問題なのかもしれないけど、人としてオレは尊敬できる。アレイラも皇宮で12班のみんなと共に生活して、良い意味で成長したのだと思う。育った環境による固定観念は、そう簡単に変わらないけれど、他人を見下すのが当たり前の嫌な貴族には決してならないに違いない。
「オーリエ様もありがとうございます」
「いや、私だって『たかだか護衛の仕事』と面と向かって言われたら文句の一つも言いたくなるだろうからね」
「護衛と侍女は一定の貴族の方々にとっては調度品のように思われていますからね」
「そうそう、そもそも同じ人間と思ってない。ホント、頭にくる」
「あああ――つ、もうわたくしが悪かったですわ。反省してますから、虐めるのは止してください。リデル……皇女殿下からも何か言ってくださってもよろしいのに……」
当時に戻ったように一瞬リデル呼びするアレイラは心底、閉口したようにオレを巻き込む。
「まあまあ、二人ともそろそろ許してやったら? アレイラも反省してるみたいだし」
アレイラを揶揄うオーリエに釘を刺すと、オレは後ろを振り返ってシンシアに気になったことを聞いてみた。
「ねえ、シンシア。侍女という仕事に誇りを持っているのはわかったけど、それはそれとして何か他にやりたいことはないの?」
シンシアがオレの侍女をしてくれるのは正直とても嬉しい。気心が知れているし、細やかな気遣いも素晴らしい上に、歯に着せぬ助言をしてくれるのも得難い存在だ。何よりもオレはシンシアのことを最も近くにいて親身になってくれる親友か姉妹のように感じている。皇女として、側仕えをどうしても付けなければならないのなら、シンシア以外は考えられなかった。もちろん、姉のソフィアでも構わないのだけれど、年の離れた彼女に対し、どうも頼ってしまいそうでオレ的にはよろしくない感じがした。
そういう訳でシンシアがケルヴィンの誘いを断って、オレの侍女でいてくれることは心底嬉しい選択と言っていいし、手放しで喜びたいところなのだ。
けど、それは本当にシンシアにとって良いことなのだろうか?
シンシアはまだ若く才能に満ち溢れている。無限の可能性を秘めていると言ってもいい。職に誇りをもって勤しんでくれるのは立派な心がけだけど、もっと視野を広げるべきではないかとオレは思ってしまう。
「やりたいことですか? 今のところ、別にありませんが……そうですね。強いて言えば、今度クレイ様の立ち上げる商会にリデル様の名代として参加することぐらいでしょうか」
「今度クレイの立ち上げる商会?」
シンシアの口から飛び出した単語にオレは反応する。
「あ……」
思わず口を押さえるシンシア。けど、もう遅い。
「シンシア、知っていることを洗いざらい吐くんだ。さもないと、超絶くすぐりの刑に処すぞ」
「…………し、仕方ありません。リデル様に隠し事は出来ませんから」
くすぐりの刑を想像したのか、シンシアは身震いして素直に話し始めた。
「リデル様、お約束願います。口止めはされていませんでしたが、クレイ様が直接リデル様にお話なさるまで知らない振りを通していただけますか」
「うん、わかった。約束する」
「では……実はクレイ様なのですが、今回の一件で自分がアイル皇子の囚われの身になったことを酷く後悔していらっしゃいます。そして、その原因をゴルドー商会からの離脱によるものだと結論されたようなのです」
「ちょっと意味がわからないんだけど」
「つまり、ゴルドー商会のような組織力や資金があれば、あんな後れを取られなかったとのお考えのようです」
確かに一因ではあるけど、単にハーマリーナが凄かっただけで組織力は関係ないような気も……。
「だからと言って、一度袂を分かったゴルドー商会におめおめ戻るのはクレイ様の矜持が許さないらしく、新たな商会設立を画策するに至ったという訳です」
「新しい商会ねぇ……」
オレが『クレイの奴、また面倒なこと始めたな』程度の認識でいると、シンシアが気の毒そうな表情で聞いてくる。
「リデル様、クレイ様の真意がお分かりになっていらっしゃいますか?」
「クレイの真意?」
ほんの少し責めるような雰囲気のシンシアに対しオレは訳が分からず、ぽかんとする。
「ええ、クレイ様はリデル様のために新しい商会の設立を決めたのです。個人の力ではリデル様を手助けするにも限界があります。けれど、流浪の民の掟により公け《おおやけ》の地位に就いてリデル様を支援することも出来ません」
オレが呆気に取られているとシンシアは続けた。
「そのため、新商会設立を目指したわけです。実際の話、新商会の本拠地は皇女直轄領アリスリーゼと定めていらっしゃるようです」
…………いつの間にか3月ですね。
終わると……思います。
頑張ります!(>_<)