それぞれの日々……③
「アリシア皇女殿下、お越しいただきありがとうございます。陛下がおいでになるまで、どうぞ中でお待ちください」
談話室の前で待ち構えていたのは、これも旧知の仲であるアレイラだった。念のため言っておくけど、彼女はテトラリウム侯爵家の長女で、皇女候補生としてオレと同じ12班に所属したことが縁で今も仲良く(?)させてもらっている女性だ。オレは友達だと思ってるが、向こうがオレのことどう思っているかは実のところ、よくわからない。元々はライノニアのアルフレート公子の婚約者で、オレのせいで婚約が白紙となったことで、当初はずいぶん恨まれていたけど、現在はケルヴィン宰相の補佐官として行政府で働き、何故か知らないけど帝国初の女性宰相を目指しているらしい。ホントにどうしてだろう?
「やあアレイラ、久しぶり……でもないか。けど、ずいぶん他人行儀じゃないか。普通に話してくれても良いのに。それと聞いたよ、とうとう宰相補になるんだって?」
「……まったく、相変わらずですわね」
大きく溜息を吐いたアレイラはシンシアにちらりと視線を向けた後、オレに苦言を呈する。
「シンシアさん、お傍に仕える貴女の苦労が本当に忍ばれますわ……皇女殿下、少しはお気を付けください。皇族や貴族には、その場に応じた格式や作法がございます。皇女殿下も皇女候補生時代に学ばれたのではありませんか?」
「え~と……そうだったっけ?」
「そうだったっけ、ではございません! 皇女として他の貴族の手本とならねばならない御方だというのに……」
アレイラめ。ずっと離れ離れで、やっと再会出来たせいで最近オレに甘めのシンシアに安心していたら、とんだ伏兵だ。ここは、話題を変えないと鎮火しているシンシアに飛び火してしまう。
「つ、次から気を付けるよ……それよりさっきも聞いたけど、アレイラとうとう宰相補になるんだって、おめでとう」
「ま……まだ内定の段階で、決まったわけではありませんの。あまり大きな声で話さないでいただけます?」
窘めるような言い方だけど、表情は緩んでいるので、よっぽど嬉しいらしい。
「いや、この間ケルヴィン本人から聞いたから本決まりだと思うよ」
それに実兄でライノニア公国のシャルダン将軍との密約もあるから、アレイラの宰相補就任は既定路線と言って良かった。
ちなみに密約とは内戦終結の条件の一つとして、アーキス将軍を始めとするカイロニア公国出身者が多く占める兵衛府(帝国軍)に対抗するため、行政府にライノニア公国出身者を送り込もうとするライノニア公国の思惑を受け入れるというものだ。
なので、アレイラの宰相補就任は政治的なバランスによって引き起こされた人事で、アレイラ自身の能力にまったく関係ない話なのだ。裏事情を知ったら、自信家のアレイラのことだ、きっと激怒するに違いないから絶対に公には出来ない。
「まあ、わたくしの話は良いのです。それよりシンシアさん。貴女、ケルヴィン宰相のお話を断ったそうではありませんか……」
「そ、その話は今ここでは……」
アレイラがそう口にするとシンシアは焦った表情で遮った。
ケルヴィンの話?
「どういうこと、シンシア?」
「と、とにかく立ち話は不調法なので、中に入ってお話ししては如何でしょうか? リデル様」
珍しく慌てた様子を見せるシンシアの提案でオレ達は談話室に入った。
皇帝の私用談話室はかなり広めで護衛も含めた大人数でも狭さを感じさせない造りとなっていた。
アレイラに席を勧められ腰を下ろすと、シンシアとオーリエがオレの背後に立つ。護衛と従者の定位置だ。普段は同じ卓に座ってもらうが、さすがに皇帝の私室ではそういう訳にはいかない。
「イーディス陛下は御多忙でいらっしゃいますので、しばしここでお待ち願います。今、茶菓子等をご用意させますので、ごゆるりとなさっていてください」
ハーマリーナ似の侍女(何号かは分からないけど)に指示を出すとアレイラをオレの対面の席を空けて、その右側に座る。
オレはそれを確認し、皆が落ち着くのを待ってから振り返ってシンシアに問い質した。
「で、ケルヴィンの話って何なんだ? 話せないのなら言わなくていいけど、そうでないなら教えて欲しいな」
「それは……」
「殿下、本人からは言いにくいでしょうから、わたくしがお話ししますわ」
答えに窮するシンシアを見かねてアレイラが口を開く。
「うん、頼む、アレイラ」
オレとしても異存が無かったので、頷いてアレイラの返答を待った。
「いえ、簡単な話なのです。ケルヴィン宰相がシンシアの能力を見込んで行政府に配置換えしないかと彼女に打診したんですの」
「えっ、シンシアを?」
「そうです。彼女が皇宮に囚われていた際、自主的に仕事をこなしていたのは聞いていらっしゃるでしょう?」
「うん、皇宮に潜入した時には驚いたよ。まさか、自由に行動してるとは思わなかったもの」
「ええ、そうですわね。で、その時の仕事っぷりが実に常軌を逸していたのですわ。とても一介の平民出身の侍女がこなせる内容ではなかったので……このわたくしでさえ驚きましたけど、イーディス陛下が特に驚嘆し、片時も話さず身の回りの世話をさせておいででした。その様子は、まるで侍女のそれでは無く政策に係る腹心のそれでしたわ」
「買い被りです、アレイラ様。多少、目利きは利きますけど、アレイラ様のような教養のある方から見れば付け焼き刃に過ぎません。陛下も面白がって重用なされたのだと思います」
「御謙遜を。ケプロスの『農政本論』を元に皇帝陛下に戦後の農業改革を具申できる侍女など、わたくしは聞いたことがありません」
「あ、あれはノルティ様の受け売りで深い考えがあったわけでは……」
シンシアの反論する言葉も尻つぼみになる。いつも強気のシンシアとは思えない弱弱しさだ。
「そして、その優秀さが陛下の口からケルヴィン宰相の耳に入り、実際に会って話してみてケルヴィン宰相は愕然としたそうですわ。『この年齢でここまで出来るなら、末怖ろしい逸材だ。侍女にしておくのは勿体無さ過ぎる』ということで早速引き抜きにかかったわけです」
まあ、シンシアもそうだけどソフィアも優秀なことはわかっている。というか、そもそも『流浪の民』の教育力って凄まじいものがあると前から思ってたんだ。
「ところが、シンシアさんはその申し出をすげなく断ったのです」
「え?」
アレイラの言葉に思わずシンシアを見つめると彼女は困ったように俯く。
「シンシア、もしかしてオレに遠慮したってことはないよね」
日頃から自分が付いていないとリデル様はダメダメだからとぼやいていたけど、本当にそう思っていたのだろうか。
けど、オレのせいで、シンシアの未来が閉ざされるなんて、とてもオレには耐えられない。
「シンシア。オレのことなんか、気にせず自分の意思を優先して欲しい」
「リデル様。私は自分の意思で申し出を断ったのです。決して遠慮などしていません」
同時に出た互いの言葉は正反対のものだった。
え~と……3月には完結します(たぶん)。
後日譚を書いたら、エピローグだけなので、すぐに終わるはず……なのですが、あれ?
ぬぬ、書き足りないことは外伝にすれば……ぶつぶつ。
だ、大丈夫です。絶対に完結します!
あと、人名辞典。ホントに考え中です。