メールもいいけど、手紙がいいね ④
「クレイ!」
驚いてオレが叫ぶと、
「や、遅れて悪い。こいつを捕まえるのに手間取ってね」
クレイは片目をつぶりながら、背後に隠れていた人物を室内に押し出す。
「バミゴル!」
ダノンが驚愕の声を上げる。それは行方不明になっていたダノン男爵家の家宰だった。
「貴様、よくも私を謀り……」
と言いかけて慌てて口をつぐんだ。そりゃ罵ったら、せっかくの口裏合わせも台無しだ。
クレイは驚きで言葉を失った査問会の面々を見回して、オレに聞いた。
「あれ、何かお邪魔だった?」
「そ、そんなことない! 助かったよ」
クレイって、オレが困ってる時に、いつも現れてくれる気がする。
ちょっと感動した。
そんなことを考えたせいか視線を合わせるのが、何だか恥ずかしかったので、バミゴルの方を見てみる。
彼は後ろ手に縛られている上に、ここまで走らされてきたようで、息を切らして、ぐったりと座り込んでいた。
「君はいったい何者かね?」
突然の侵入者に審理官は訝しげな顔でクレイに尋ねる。
「あ、オレはこいつの……リデル・フォルテの保護者で、クレイと言います。公子暗殺事件に関わりのある人物を連れて参りました」
ふむ、と頷いた審理官は、クレイに張り付いていた職員たちに下がるよう命じた。
「彼がバミゴルか……確かラドベルクの話では暗殺の指示を出していたことになっていたな」
オレとクレイを見比べながら審理官が再確認する。
「うん、その通りだよ。だから、このバミゴルを問いただせば真実が明らかになると思う」
オレはそう話しながら、近くまで来たクレイに気になっていたことを質問する。
「だけど、どうしてバミゴルを捕まえられたんだ?」
「そのことか。ほら、前に言っただろ、ずっとダノン邸を監視してたって。俺達がダノン邸から脱出したあの後も、事後確認のため引き続き監視を行っていたのさ。そしたら、こいつが明け方近くに馬車をあつらえて慌てるように屋敷から出発したんで、念のため所在を追っておいたんだ」
クレイはオレの肩に手を置くと、照れたように続ける。
「でも、お前の意識が戻らなくて、焦っちまってさ。他の事はすっかり頭から抜け落ちてて……手紙を見て思い出したって訳だ。それで、急いで捕まえに行ってたんだが……意外と時間がかかってね」
ごめんな、と頭を下げるクレイを抱きしめてやりたい衝動に駆られたが、表面上は冷静を装って皮肉を言う。
「全くだよ、あらかじめ言っておいてくれれば、こんなにやきもきしなかったのにさ……」
オレ達が微妙な空気を醸し出していると、審理官が一つ咳払いをする。
「査問会中に私語は慎むように……とにかく、せっかく連れてきてくれた関係者だ。彼の言い分を聞こう」
審理官はバミゴルに立つように促し、証言を求めた。
「バミゴル、本当なところはどうなのだ? 査問会ではお前がラドベルクに暗殺を持ちかけたかどうかが焦点となっている。正直に話してくれれば、罪状に関して考慮しないこともない。逆に嘘偽りを申すと、お前のためにはならんぞ」
審理官の質問にバミゴルが答えようとすると、伯爵が口を挟む。
「あらかじめ言っておくが、その男と全く面識が無いとは言わん。しかし、彼はダノン家の雇われ人であり、私とは直接の関係がないと言っておく。仮に彼が根も葉もない虚言を語ろうと、それは事実ではないし証拠も無い」
何か話そうとしたバミゴルが口をつぐむ。
「それがそうでもないんだな」
バミゴルの代わりにクレイが発言する。
「伯爵様には悪いけど、バミゴルが何も証言しなくても、あんたの罪は明白なのさ」
クレイが伯爵に対して、わざと申し訳なさそうな身振りを見せながら反論する。オレを含めた一同が不思議そうな顔をすると、クレイは懐から手紙の束を取り出した。
「バミゴルの馬車からたくさんの書簡が見つかってね。ここに持ってきているのは暗殺計画に関する指示が書かれたものばかりだ。差出人の署名はないが、全て自筆だから筆跡を鑑定すれば誰が書いたものか明らかになるだろう」
初めてベリドット伯爵の顔色が変わる。
「それにもう一つ、伯爵様は普段、書状を祐筆(秘書官のような職)に書かせているから知らなかったようだが、手紙の用紙はかつて羊皮紙だった頃の名残で高位貴族にはそれぞれお抱え商人がいて、その家独特の仕様があるんだそうだ。だから、この手紙もどこの商人がどこの家に納めたものかは、調べればすぐにわかるらしい」
うなだれるバミゴルに伯爵が射殺しそうな視線を送る。
「な、何故だ! あれほど処分するように命じたのに……」
声を荒げた伯爵にバミゴルが顔を上げて答える。
「伯爵様が悪いのです。私を道具か何かのようにお考えのようでしたから。ですが、私は道具で終わるつもりはなかった。だから、貴方が私を切り捨てることを想定して証拠の品を残しておいたのです。万が一の時、貴方と交渉するために」
「くっ……」端正な伯爵の顔が歪む。
そして、目を閉じると大きく息を吐くと椅子に身体を預け沈黙した。
オレは審理官に尋ねた。
「伯爵の言う証拠も出たし、暗殺事件については、ほぼ決まりと思っていい? 確か、帝国法では皇帝等の要人暗殺の場合、準備しただけで罪に問われるんだっけ?」
「君の言う通りだ。ベリドット伯爵様におかれましては、公爵様も含めた上位の方々の御前で申し開きが必要のようですな」
そう言って目配せすると、近衛兵が沈黙を続ける伯爵を立たせて、付き添って退出した。
「計画に連座した者は別個に取り調べられることになろう。連れて行け」
バミゴル、次いでダノンが連行され、ラドベルクが連れて行かれそうになって、オレは慌てて声をかけた。
「ちょ……待ってくれ。ラドベルクは一味じゃない、被害者だよ」
審理官に詰め寄ると困ったような顔をした。
「しかしな、現に計画を実行しようとしたことを認めている。理由はどうあれ、加担していることには間違いない」
「それは人質を取られて仕方なくやろうとしてたんだ。実行犯と言うより被害者じゃないか」
オレが必死に審理官を説得しようとしていると、ラドベルクがそれを止めた。
「ありがとう、リデル。しかし、私はこのまま裁きを受けようと思う。君の数々の助力にはとても感謝している……だが、もう良いのだ。私は裁かれるべき人間なのだ」
穏やかに話すラドベルクに、オレはかっとして言い返した。
「何言ってんだ! 死にたがりのあんたはそれでいいかもしれないけど、残されるイエナの気持ちを考えたことがあるのか!」
「……私のような凶暴な男と二人で生活するより、温かな家族の中で暮らす方があの子のためだ」
ぷちっ……。
「お前、それ本気で言ってるのか?」
冷静さを保つため、声のトーンが低くなる。
オレの様子が一変し、ラドベルクとの間に緊迫した空気が流れると周囲がざわめく。怒りで鋭くなったオレの視線を静かな目でラドベルクが返す。
護衛兵達はオレの暴発を抑えようと周りを囲み、クレイはさりげなくオレの後ろへサポートに入る。
一触即発の雰囲気の中、審理官の席の後ろにある奥の扉が、前触れも無く開いた。
「やあ、リデル。相変わらず、怒った顔も素敵だね」
あまりに場違いな発言と唐突な登場に言葉を失い、怒りが急速に萎えるのがわかる。
「レオン……お前……」
脱力感で目眩がした。
「ごめんよ、リデル。君の無実を信じてたから、すぐにでも助け出したかったんだけど、身の安全が保証されるまでは会ってはいけないと、爺やに言われてね」
こ、こいつ隣の部屋で成り行きを窺い、オレが窮地に陥ったら、かっこよく現れていいとこ見せるつもりだったな、さては。
それが、クレイの登場で現れるタイミングを逸して出るに出られなかったというのが真相じゃないのか?
オレが白い目で見ると、レオンは少し焦ったように審理官を呼び寄せる。
「ああ、ネイド首席審理官、話は聞かせてもらった。ラドベルクの罪は問わないことにしたまえ」
「ですが、公子様。それでは法に背くことになりますが……」
審理官はやんわりと反意を示す。
「狙われた当の本人である私が許すと言っているのだ。構わないだろう?」
「ですが……」
さすが、支配する側の人間だ。法も何もあったもんじゃないが、この際ラドベルクのために目をつぶろう。
「それにだ、ネイド君。仮に私を襲おうとしても、私の神々しさに彼はきっと剣を持つ手が震え、とても暗殺など叶わなかったに違いないよ」
本気か?本気なのか、レオン?
いや、あの目は冗談で言ってないぞ!
「したがって、ラドベルクが大罪を犯すことは不可能なのだから、彼の罪は不問とするのが当然だ」
むちゃくちゃな論理だけど、断言されると納得…………できないわな、やっぱり。
「……致し方ありませんな、今回は公子様の仰せに従いましょう」
え、いいの? そんなあっさり。
レオンの鶴の一声で、ラドベルクの無罪が確定した。オレがあんなに苦労して査問会で熱弁したのは、いったい何だったんだ。
まぁ、ラドベルクが無事なら我慢するか。
「それでは、これにて査問会を閉会する」
審理官の厳かな宣言で、参加者が一斉に動き出す。レオンはオレのところへ得意満面で来ようとして爺やさんに捕まり、ずるずると部屋の外へ連れていかれた。
情けない声でオレに助けを求めるレオンを無視して、アーキス将軍のところへ近づく。
「おっちゃん、ありがと。援護してくれて助かったよ」
「いやいや、君が思ったより弁が立つので正直驚いたよ。それに暗殺計画の首謀者を捕縛できたのも、君のお手柄だ」
「いや、バミゴルを捕まえてきたクレイの功績さ」
後ろにいたクレイが慌てて否定する。
「そんなことはないさ。あくまでもリデルの活躍があったからの話だ」
「オレだけじゃ、正直やばかったってば……」
お互いに相手のおかげだと言い合うオレ達を見て将軍は、目を細めると楽しそうに笑った。
「全く君たちはお似合いのカップルだな」
え……何ですと。
「ちがっ……」
「結婚式にはご招待しますよ」
ばきっ。
したり顔でたわごとを言うクレイをぶん殴る。
「おいおい、照れて未来の旦那を邪険にするとは、君にもなかなか可愛いらしいところがあるのだな」
だめだ、完全に誤解してる。
オレは納得する将軍のそばから逃げ出し、審理官と事後処理の手続きをしているラドベルクの元へ向かった。




