終焉……①
◇
肩から多量の血を吹き出し仰向けに倒れ込むゾルダートに(邪神でも、やっぱり血は赤いんだ)などと場違いな感想をぼんやり抱いていると、横合いから得意げな声がした。
「リデル、お見事。でも、僕のおかげだってこと、忘れないでくださいね。どうです、他の連中なんかより、ずっと役に立ったでしょ」
「イクス……お前」
何か文句を言ってやろうかと思ったけど、目に映る姿に言う気を無くして、まじまじと見つめる。
そこにいたのは、偉そうな口調に反して、ちょこんとお座りして小さな手をぺろぺろ舐める仕草をする黒い猫だった。しっぽがゆらゆら動いて、とても愛らしい。
「ん、どうしました?」
「いや、皇女候補時代に見た姿だなって思ってさ」
オレが皇女候補時代にユク達と一戦交えた際に現れたイクスは今と同じ黒猫の姿だった。何でもルマで受けたオレの聖石の力によるダメージが大きすぎて人間の身体を維持できなかったとか言ってたっけ。
そう思って、さっきまでイクスのいた場所を見てみると、案の定だけどイクスの姿は見えなくなっていた。
「もしかして、あの時と同じ理由で猫の姿になってるのか?」
「半分正解ですね」
舐めていた手を下ろし、ふいっと顔を上げて円らな黒い瞳でこちらを見つめる様は、意図しなくても可愛らしい。生意気そうな口調も絶妙に似合っていて、こんな状況でも心が癒される。
「無理せず、あのまま回復に専念すれば、こんな事にはならなかったのですけど。リデルのピンチを救うためには、人間形態を捨てる必要があったんですよ」
「そうなんだ……ありがとう、本当に助かったよ」
普段のイクスに対してなら、負けた気がして素直に礼を言えないところだが、この姿だと何故だか正直な気持ちが言える。
「おや、リデルにしては珍しいですね。素直に礼を言うなんて……やっと僕の良さがわかってきたんですかねぇ」
「べ、別に……オレはいつもと変わらないし、お前の良さなんて全くわからないけど」
「おぉっ……ついにリデルにもデレ期が決たとか?」
「デ、デレてないし。いい加減にしないと怒る……」
「あ、リデル。ちょっと待ってください」
オレが反論しようと声を荒げると、イクスは真剣な口調でオレの台詞を遮った。
「どうやら、簡単に終わりとは……いかなかったようですね」
イクスの視線を追うと、倒したはずのゾルダートがゆっくりと起き上がる姿が目に入った。
◇◆◇◆
「そんな、まさか……」
確かに倒した手応えはあった。
テリオネシスの剣の切れ味は凄まじく、ゾルダートの身体を肩口から斜めに切り裂き、ほとんど両断する状態に近かった筈だ。それなのに、起き上がったゾルダートの身体は元通り繋がっていた。
「どうやら君のことを甘く見ていたようだ。よもや、わしをここまで追い詰めるとは夢にも思わなかったよ」
ゆっくりと立ち上がったゾルダートは復元した身体を確認するように自らの四肢に目を向けた後、目を丸くしているオレに対し苦笑いを浮かべた。
「おや、わしが復活したことに驚いているようだね。残念だが、不死身なのは君だけではないのだよ」
そう言えば、お祖母様が前にそんなことを言ってたのを聞いたっけ。アイル皇子は死ねない身体になっていたと……けど、それは死なないだけで、こんなにも強靭でオレと対等に渡り合えるほどの身体ではなかった筈だ。現に、ついこの間までは意識体としてフェルナトウ達に指示していて本体は活動停止状態だったと聞いていたのに……。
「先ほども言ったが、わしの復活のために敬虔な信徒たちが皇宮周りで熱心に生贄を捧げていてね。それに伴う膨大な負のエネルギーの供給がある限り、わしの力は無限なのだよ。つまり、君に倒される事態など万が一にも無いということだね」
ゾルダートの復活が完全でないため、奴の信徒たちが生贄という名の虐殺を繰り返しているというのは、確かにさっき聞いた。それってつまり、外の連中の暴挙を止めない限り、何度でもゾルダートが復元するってことだ。もしそうなら、皇宮内にいるオレ達では打つ手が無い話だ。
「ふむ、ようやく理解できたようだね。アリシア、君がどうあがいてもわしには勝てないのは決定している。そろそろ諦めて降参してはどうかね。君自身にとっては不本意かもしれないが、少なくとも周りの連中の身の安全は保証してやってもいい」
ゾルダートは喜色の混じった口調でオレを諭した。
けど、今のオレはその誘いに、すぐに応じることは出来なかった。何故なら、そんなことより気になって仕方がないことが目の前にあったからだ。
「アリシア? 何故、黙り込んでいる?」
「あのさ、ゾルダート。あんた、気付いてるのか? さっき倒れたせいだと思うけど、デスマスクが脱げて顔が見えてるんだ」
オレの発言でゾルダートは、ハッとして顔の半分を手で隠す。
初めて見たゾルダートの、いやアイル皇子の顔は血の気が無く白すぎる顔色だが端正な顔立ちで、どことなくレオン公子に似ていた。まあ、皇帝の血が入っていれば似ているのも当然か。けれど、顔の半分、つまりで手で隠した部分はすでに腐敗していて骨が剥き出しの状態となっていた。
「はは…………わしのこの、おぞましい姿が、そんなにも気になるというのか。構わぬぞ、笑いたければ笑うがよい。けれど、どうせすぐにこの醜い身体など打ち捨て、君の身体を得て完全体に生まれ変わるのだ。さすれば、この身体に受けた呪いも永遠に失われるだろう」
「違うよ、ゾルダート。そうじゃない」
オレはゾルダートの勘違いを即座に否定する。
「そうではない、とは?」
意味が分からないゾルダートは不審げに聞き返す。
「オレは気になっているのは、そんなことじゃない。アイル皇子の顔の表情なんだ」
「どういう意味だ?」
「なあ、ゾルダート。さっきから、あんた口調は強気だし自信満々だけど、なんでアイル皇子の表情は……」
オレは戸惑いながら質問する。
「……そんなにも悲しげで、今にも泣きそうなんだ?」
先週は更新をお休みして申し訳ありませんでした。
何とか元気になりました。ご心配、ありがとうございます。
驚いたことに、もう12月です。
今年も、もう終わりなのです(-_-;)
終わる終わる詐欺を繰り返していましたが、本当に完結が近くなってきた気がします(たぶん)
今章でラスボス戦も終了する予定ですので……w
こ、更新頑張ります!