黒鎧の騎士……④
正直、倒せたと思った。
ヴァンダインは上段からオレを袈裟斬りにしようとしていたが、心持ち剣の鋭さが鈍っているように見えた。
恐らく、後一回でも切り付ければオレを動かなく出来ると踏んでいたのと、全力の一撃でオレがもし死んでしまったら、元も子も無くなると躊躇ったせいだと思う。
先ほどのアイル皇子の発言からもオレの聖石の力が無限では無いことは把握されていると思って、ほぼ間違いない。だからこそ、アイル皇子の手前、ヴァンダインも手加減ほどではないにしろ無意識に攻撃の手が緩んだのだと思う。
まあ、実際のところオレの方も聖石の力が底を尽きかけているようだし、「不殺の剣」の効果で身体が思うように動かせなくなっていたのも事実なので、その判断はあながち間違っているとは言えない。
けど、その慢心と判断ミスがヴァンダインの敗因となったのは確かだろう。
何故なら、オレの方は両足の指で床を掴む勢いで踏ん張り、テリオネシスの剣を後方から大きく振り回すことで剣の重さと遠心力を利用し、一撃の破壊力を限界まで高めていたからだ。無意識にかけていた制限も解き放ち、この身体になってから初めて全身全霊を込めた一撃を放とうとしていた。
オレの目算では、テリオネシスの剣の切れ味も考えて鉄の鎧も紙のように寸断できるはずだったし、試すつもりは無いけどステュクス銀で作られているヒューの二類神具「無比の鎧」でさえ、ただでは済まないだろう。ましてや「黒鎧の鎧」が如何に凄くても「無比の鎧」より上とは考えにくいので、それなりに切り裂ける自信はあった。
しかもヴァンダインが上段から振り下ろすために踏み込んで来ているので、カウンター気味となって剣の切れ味が上がることも期待できた。
たぶん、このまま普通なら相打ちになるとは思うけど、最後に立っているのは間違いなくオレの筈だ。
ヴァンダイン、あんたの呪われた魂はオレが救ってやるからな。
「不殺の剣」を上段から振り下ろしてくるヴァンダインに対し、オレの一撃は下段から救いあげるような軌道を描く。
間違いなくヴァンダインを倒せる、オレが確信した瞬間――そう、両者が交差するその瞬間、それは唐突に起こった。
「え?」
「む……」
二人の剣戟の間に無理やり誰かが割り込んできたのだ。
そいつはヴァンダインの剛剣を手に持った短剣で弾き返し、それどころかその勢いでヴァンダインを後方に下がらせた。
そのため、オレの渾身の一撃もヴァンダインが下がったため、黒鎧の表面を切り裂くにとどまり、本体を両断することは叶わなかった。
ただ、下段から斜め上方に切り裂いた結果、黒鎧の胸の中心で鈍く輝いていた赤い宝玉が割れて粉々になる。
「おい、お前!」
オレは割り込んで来た奴に気色ばんで文句を言おうとして、相手を見て固まった。
「イクス?」
オレの目の前にいたのは、行方のわからなくなっていたイクスだった。
「何でお前がここにいるんだ?」
訝し気に見つめたオレの目に奴の持つ短剣が目に入った。
こんなもので、よくあのヴァンダインの剛剣をはね返せたな。さすがは人外生物のイクスだと妙に感心する。
ん、待てよ。この短剣、どこかで見たような…………ああ、そうか。侍女達が突きつけていた短剣と同じものか――。
そこでオレはハッとした。
そして、イクスの突入方向の逆を目で辿る。そこには拘束されていた筈の布を被った人物の姿はすでになく、倒れた椅子と置き去りの布袋、そしてどうしてよいか分からず立ち往生している侍女達が残っていた。
「イクス……まさか、あそこに捕らえれていたのはお前だったのか?」
オレは信じたくないという気持ちで恐る恐るイクスに尋ねる。
「そうだよ。フェルナトウを殺したのがアイル皇子にバレちゃってさ。強力な呪縛魔法具で拘束されて囮にされてたってわけ。ホント、酷い目にあったよ。でも、時間はかかったけど、なんとか解呪出来て、こうしてリデルのピンチを救いに来たってところさ」
「何、言ってんだ、お前。ピンチじゃなくヴァンダインを倒すチャンスだったんだぞ。それを邪魔しやがって!」
あっけらかんと答えるイクスに、カッと来て声を荒げる。
「え~っ、せっかく自分の意思を曲げてまで助けてあげたのに、そりゃ無いよ」
「どういう意味だ、それは? わけわかんないこと言うな。それより捕らえられていたのがお前ならクレイはどこにいる? お前、知ってるのか?」
「知ってるも何も……」
そう言ったイクスは、先ほどから膝を付いて動きを止めているヴァンダインに近づくと、彼のヘルムを無理やり引っ剥がす。
「な、何を…………えっ?!」
ヘルムの下から現れたのは、なんと探し続けていた懐かしいクレイの顔だった。
「クレイ?」
オレは麻痺が残って動けない身体を無理やり動かして、ピクリとも動かないヴァンダイン改めクレイの傍へと歩み寄る。
顔を近づけて見ると、クレイは真っ青な顔で目を閉じていた。
「クレイ、クレイ! オレだ、目を開けてくれ!」
まさか、すでに殺されてアンデッドになっているのかと焦り、黒鎧に手をかけて身体を揺り動かすと、イクスが止めに入る。
「リデル、落ち着きなよ。彼は死んじゃいない。意識を失っているだけだ。黒鎧の呪いも核が壊れたおかげで解けたみたいだし、しばらくすれば目を覚ますと思うよ」
イクスはオレをクレイから引きはがすとドヤ顔をして言った。
「もっとも僕が止めなければ、愛しのクレイ君はテリオネシスの剣で真っ二つだったけどね。ね、リデルのピンチを救ったのはホントだったでしょ」
イクスの指摘にオレは心底ぞっとした。
奴が飛び出していなければ、確実にクレイを殺していたに違いないからだ。
オレは、こんな悪辣な罠を企んだ玉座に座る人物を睨みつけた。
黒鎧の騎士が……章名を変更するかも(-_-;)
いよいよ最終決戦が近づいてます。
ホントに完結するのだろうか……不安(>_<)