黒鎧の騎士……③
「リデル!」
事情を知らないヒューが驚愕と警告の声を上げる。
心配させてごめん、ヒュー。これも計算の内だから……よし、位置取りもバッチリだ。あとはタイミングさえ合わせれば、上手くいきそう。
クレイらしき人物を目の隅に入れて位置関係を確認したオレはヴァンダインに視線を戻す。すると手筈通り『不殺の剣』の平をこちらに向けて攻撃しようとして来るヴァンダインの姿が目に入った。
まるで硬い大木を斧で切り倒すかのように一旦、剣を後方に振り戻し、腰を捻ってそのまま水平に薙ぎ払う形だ。
体重の乗ったヴァンダインの一撃は、おそらく相当重い。まあ、逆にオレが吹き飛ばされる打撃としては申し分ないのだろうけど……でも黒鎧の騎士様、ちょっとばかり勢いが強すぎやしません?
唸りを上げて飛んでくるヴァンダインの剣に、ほんの少しビビったのは内緒だ。
衝撃に備えるべくオレは両手で持っていたテリオネシスの剣を右手に持ち替え、左手で剣の半ばあたりを支え、剣の平をヴァンダインに向けて、ヴァンダインの豪打を受け止める態勢を整える。よし、用意は万全だ、来るなら来い。
……と準備も整い、ここまでは予定通りで順調そのものだった。
けれど、ふとヘルムの奥のヴァンダインの赤い目が妖しく光ったように見えた。
「えっ?」
と、同時にヴァンダインの剣の平が横向きに戻り、水平に放たれていた軌道もそれに合わせて下方に変化した。
不味い……このままじゃ構えていた剣にでは無く、防御の薄い腹部に斬撃が当たってしまう。
「ヴァンダイン!」
とっさに後方に飛び退いてダメージを軽減するような動きをしたが、遅かった。
「ぐっ……」
オレの軽装備の腹部にヴァンダインの剣がめり込む。
唯一の救いは『不殺の剣』がその特質上、剣の切れ味がさほど鋭く無いことだった。
オレは計画通りクレイらしき人物の近くまで吹き飛ばされることになったが、背中から床に叩きつけられ、とても助けに行くどころの状態では無かった。
ただ、吹き飛ばされることを前提とした姿勢を取っていたことと、『不殺の剣』がなまくらだったおかげで何とか一刀両断は免れることが出来た。それでも聖石の力が発動するぐらいの致命傷を負うことになっていた……当然、例のごとく聖石の力が腹部の傷を見る見るうちに治していったのだけれど、いつもと違うことが判明する。
「か、身体の痺れが取れない……」
そう、どうやら『不殺の剣』の麻痺効果は回復出来ないらしい。
「な、危なっ……」
直後に振り下ろされた剣を紙一重でオレは横に転がって躱す。床に転がったオレに対しヴァンダインが追撃してきたのだ。
麻痺は取れない上に傷口は死ぬほど痛むが、全く動けないほどではないらしく、ヴァンダインの攻撃を何とか避けきると、大きく間合いを保った。
「ヴァンダイン……あんた」
息を切らしながら剣を杖代わりにして立ち上がるとヴァンダインを睨んだ。
「ふむ、卑怯だと言いたげな顔であるな」
ヘルムで表情はわからないが、ヴァンダインに悪びれた様子は見えない。
「助力するって聞いたぞ」
「敵の言うことを疑いもなく信ずる方が悪かろう」
裏切られて頭に血が上ったオレが非難するとヴァンダインは、さも当たり前のように答える。
「良いか、小さき武神よ。我とお主は敵同士だ。生きるか死ぬかの戦いの最中、相手の甘言に惑わされてどうする。これは競技ではないのだぞ」
冷静に考えれば、奴が言うことに一理あるのがわかる。勝手に信じ込んだオレの方に非があるのは常識なのかもしれない。けど、感情的に納得できなかった。
オレは強者というものに対し純粋に憧れを持っていたし、尊敬できる人物であって欲しいと常々思っていた。それはオレが、ゆくゆくはそのような人間になりたいと幼いころから願っていたからだ。ラドベルクは、まさしくそういった人物であったし、ヒューもまた尊敬に値する人物だった。なので、ヴァンダインもそのような人物であると勝手に思い込んでしまっていたのだ。
これまでの言動や態度からも、武人として高潔な人物と思えたし、剣筋も真っ直ぐで好ましかった。これで疑えと言われてもオレには出来ない相談だった。
「申し開きはせぬよ。我とお主では剣の技量に天と地ほどの差がある。弱者が強者に勝つには策を弄するよりほか無いのだ。これは卑怯などではなく弱者の知恵と言えよう」
「ヴァンダイン、そんな悲しいこと言わないでくれ。あんたがそんな人間だなんて思いたくないんだ」
ここまでされてもオレはまだヴァンダインを信じたい気持ちが残っていた。
「笑止なり、小さき武神よ。我はすでに騎士の誇りも武人の矜持も捨てた男なのだ。お主の思い描くような立派な人間では決してない」
淡々と語るヴァンダインの言葉には絶望が満ちていた。
「ふむ、どうやら傷口も聖石の力で癒えたようだな。あのまま、戦えばお主を殺してしまうところだったが、少し時間を置いたのは正解だったようだ。どれ、『不殺の剣』の力でお主を動けぬようにするとしよう」
ヴァンダインは開き直るような態度で『不殺の剣』を握ってオレに近づく。
「ヴァンダイン……」
オレは覚悟を決めた。彼を負の呪縛から断ち切るにはオレが倒すしかないと。
杖代わりに使っていた剣をゆっくりと床から外し、両足でしっかりと踏みしめる。身体が痺れて軽快な動きは無理だが、四肢には十分な力が入り一撃を放つには何の問題もない。
ヴァンダインが近づいて攻撃してくる一瞬が反撃する唯一の機会となるだろう。
正真正銘、この最後の一撃にオレは全てを賭ける。
オレはヴァンダインの攻撃をじりじりと待った。
「これで、お終いにしよう、小さき武神よ!」
「ヴァンダイン!」
オレ目掛けて『不殺の剣』を振り下ろすヴァンダインの攻撃に合わせて、オレは渾身の一撃を放った。
もうすぐ8月も終わりますね(遠い目)
あれ? 全く終わる気配がない……(;一_一)
年内に終わるのだろうか?
自分の見通しの甘さに絶望しています(>_<)
早く新作も書きたいのに(全く書いていないことがバレる)
か、完結まで、とにかく頑張ります!




