黒鎧の騎士……①
「すまぬな。今少し、休ませてやりたかったのだが……」
ヒューの言いかけた内容が気になりながら、ヴァンダインの前に戻ると彼は恐縮したように頭を下げる。後ろを気にしているところを見るとアイル皇子に再開を催促されたのだろう。
「いいよ、気にしなくても。十分、休ませてもらったし、休息時間をもらえただけで有難かったよ」
「そう言ってもらえると我も助かる」
「うん。じゃ、そろそろ始める?」
「いや、我が主から君に提案があるそうだ」
「提案?」
この期に及んで提案とは何だろう。
オレがアイル皇子のいる玉座の方を見ると、ハーマリーナの簡易版である侍女の一人が一振りに剣を携えてオレ達に近づいて来るのが見えた。
ん、何だ、あの剣?
「アイル皇子、どういう提案なのか教えてくれるかな」
「提案でなく命令だ。ヴァンダインには、その剣を使ってもらおうと思っている。良いな、ヴァンダイン」
「御意のままに」
躊躇う素振りも見せずヴァンダインは剣を受け取る。
「ひょっとして魔法の剣か何かなのか?」
オレが訝し気な表情で問うとアイル皇子は、あっさり認めた。
「貴見の通りだ。だが、決して妖しい剣では無いぞ。特別宝物庫にあった由緒正しい逸品なのだ」
「特別宝物庫ノ剣デスト!」
観戦モードのトルペンが、いきなり喜色の声を上げる。
もうトルペンの奴、特別宝物庫に反応し過ぎだって。
気持ちは分からないでも無いが、戦う当事者としては不安の方が先に立つんだからな。
「君も噂は耳にしたことはあるだろう。魔法剣の作り手として名高いベリューモントの『不殺の剣』を」
「『不殺の剣』……ね」
ベリューモントは帝国創世期に活躍した名刀工で、数多くの魔法剣を作ったことで有名な人物だ。朴訥な作りで実戦を重んずるテリオネシスに対し、華美で仕掛けに拘る刀工だったと聞く。晩年は人を殺す剣を作ることに嫌気がさして『不殺の剣』を作ったとの伝承があったが実在したらしい。
「正直、有名なだけで下らぬ玩具のような代物だが、今回の戦いには打って付けであろう」
馬鹿にしたような口調のアイル皇子は、受け取った『不殺の剣』の感触を確かめているヴァンダインに向かって説明する。
「ヴァンダイン、その剣は相手にダメージを与えた際に付加ダメージとして麻痺効果を与えるのだそうだ。巨大肉食獣のホーンベア―でさえ三撃も持たずに動けなくなってしまうと聞いたぞ」
今度はオレの方に視線を向けて続ける。
「アリシア皇女よ、先ほどのエクシィとの戦いで、わしは心底肝を冷やしたのだ。やり過ぎて、お主が死んでしまっては元も子もないのと思ってな。生半可な攻撃では戦闘不能に陥らないだろうとは予想していたが、まさかここまでとは……念のため、この剣も用意はしていたものの、まさか実際に使うことになろうとは思わなかったぞ」
むうっ……オレの聖石の力が生死に関わる時のみに発動することに気付いていたのか。
さすがに自動治癒はズル過ぎるので、この申し出を拒否するのは無理だろう。
う~ん、ちょっと不味いかも……いや、ヴァンダインを倒せば問題ないか。
「黒鎧の騎士ヴァンダインが倒されるのが早いか、アリシア皇女が麻痺して戦闘不能になるのが早いか……勝敗はそれで決しよう」
アイル皇子は興味深い見世物が見られるのが嬉しいのか上機嫌だ。
「ふはは……果たして『化け物皇女』は『不殺の剣』に何撃まで耐えられるのか、興味深いな」
アイル皇子は引き笑いをしながら、デスマスクから見える目を細めた。
「このような仕儀となってしまい面目ない」
謁見の間の中央で相対したヴァンダインが不殺の剣を手にしながら、申し訳なさそうにオレを見る。
「別にあんたが悪いわけじゃないだろ」
アイル皇子の思い付きだし、あいつの言い分も分からないでもない。
それほどまでにオレの聖石の力は強すぎる能力と言える。
「しかしながら、我としては正直ほっとしているのも事実。全力を出して君を殺めてしまうのではないかと危惧していたのでな」
「は? オレを殺してしまうかもって?」
大きく出たな、と思わないでもなかったけど、さっきもエクシィに対して増長して酷い目に遭ったから、今度は気を引き締めよう。
「まあ、そっちはその気でもオレの方は手を抜かないからな。すぐに倒されて、がっかりさせないでくれよ」
「心得た」
表情の見えないヘルムの向こう側がニヤリと笑ったような感じがした。
「んじゃ、ぼちぼち始めるとしようか……」
ついに謁見の間武闘大会(?)の決勝戦が始まった。
開始と同時にオレは大きく間合いを保つ。
長身のヴァンダインと小柄なオレではリーチの差は如何ともしがたい。
なので、間合いを保ちつつ攻撃の機会を窺う。
黒鎧を身に着けたヴァンダインの動きは決して遅くはないが、軽装備のオレの素早さには抗しきれない。隙を見つけると瞬時に間を詰め一撃を加え、再び離れる……その繰り返しだ。
何撃かはヒットするが強固な防具に阻まれ、ダメージには至らない。逆にヴァンダインの攻撃も素早いオレに届かなかった。
武闘大会なら相手の疲れるのを待つところだけど、ヒューとの戦いから見てもヴァンダインが疲れ知らずなのは一目瞭然で、相手の疲労を待つ戦略は無意味に思えた。
もしかしたら本当にアンデッドなのかもしれない。
逆にオレの方も、この身体に戻ってからはスタミナお化けなので、長時間戦っても疲労で動きが鈍ることなどあり得なかった。
まさに一手先が及ばず、お互いに手詰まりの状態だ。
まあ、どちらかと言えば、ダメージが入った瞬間に麻痺を受けるオレの方が分が悪いと言えたが、そのような愚は犯さない。
あと、戦ってみて分かったことは、ヴァンダインの剣捌きが正規の帝国軍剣術によく似ているということだ。やはり、元々は帝国軍に所属していた人間であることは間違いないように思われた。
ただ、時折ふと見せる、その型にハマらない謎の攻撃に違和感を覚える。全くのイレギュラーな動きで、およそ正規軍剣術と真逆な剣筋をしていた。
意表を突かれ、危うくダメージを許すところだったので、注意深く避けている。
何故そんなことが起きているのか今のところ、見当がつかない。
けど、何だろう?
ヒューの言いかけた意味が分かるような気がした。
不意に意味もなく既視感を覚える。
うまく思い出せないけど、身体が覚えている……そんな感じだった。
前回はお休みして申し訳ありません。
母が入院して実家に戻っていたため更新できませんでした(>_<)
今日、無事に退院できたので一安心です。
今回、一応「新章」としましたが、短かったら、前章に組み込むかもしれません。
その際はご了承ください。
何だかヴァンダインさん、すぐに負けそうなんだものw
あと、お盆休みの間に短編を書きたいなぁと思ってます。
期待しないでお待ちください(←おい)