謁見の間にて……⑫
「おや、ずいぶんと元気そうじゃないか。ぼっこぼこにされて凹んでいるかと思ったよ。その調子なら、あたしをまだまだ楽しませてくれそうだな。でも、安心していいぞ。邪神様の申し付け通り、死なない程度に遊んでやるから」
エクシィは余裕綽々の様子でオレを煽って来る。
「まあ、お手柔らかに頼むよ」
エクシィの冗談を真に受けることなどなかったけど、口ではそう返して、こっそり行っていることを気取られぬように振る舞う。
実は、エクシィとアイル皇子が言い争いに高じている間に、打開策として精神集中を始めていたのだ。エクシィに視線を固定し、出方に注意を払いながら、深い呼吸をゆっくりと繰り返し、余分な思考を頭から排除する。
五感を極限まで研ぎ澄ますことで、周囲の空気の流れや地形の凹凸まで、エクシィの息遣いや体温さえ認識できるような気になっていた。
どんな些細な動きにも対応できる状態とも言える。
そして、オレはその状態を保ちつつ、静かに目を瞑った。
たぶんだが、エクシィの異能は視覚を意図的に狂わせるものに違いない。目に見えている動作が実際のものと比べて早かったり遅かったり、誤差があるのだと思う。なまじ目の良いオレだから、余計にその欺瞞に引っかかりやすいと言えた。
それでは、そんな時にはどうしたらいいか……そう、見なければよいのだ。
視覚で騙されるなら、視覚を遮断すればいい。
なので、こうして目を瞑っていたりする。
えっ? そんなことしたら相手が見えなくなって、本末転倒じゃないかって?
まあ、確かにその通り何だけど、全く手が無い訳でもない。
実のところ、師匠との修行の中で暗闇や見えない相手と戦う場合の対処の仕方について特訓を受けていた。
いやホント、あの特訓のこと最初に聞いた時、あまりの無茶な話に師匠のこと二度見してしまったよ。
『いいかい、リデル。お前さん、これからしばらく目隠しして俺っちと戦ってもらうから』
元々おかしい人だったけど、何言ってんだ? とドン引きしたのを覚えている。
そこからが、また酷かった。手加減してくれるかと思ったら全然そんなことなく全力で攻撃してきやがって。木剣でなければ何回死んでいたか……いや、それでも半殺しの目にあっていたけど。
とにかく、その馬鹿げた特訓のおかげで最後の方では目隠ししたまま、ある程度相手の動きが掴めるようにはなっていた。けど、とても実戦レベル使えるほどでは無かったのが事実だ。
ましてや、パワーもスピードも師匠のそれより数段上のエクシィの攻撃に通用するかと言うと、残念ながら自信がなかった。
実際、停戦交渉を行うためにファニラ神殿へ向かう途中、白い霧の中に隠れた棒人間から襲われた時も、この特訓は役に立ちはしたが相手を倒すまでには至らなかった。トルペンが霧を晴らしてくれなければ、負けていたかもしれない。
なので、エクシィを前に目を瞑るという行為は、自殺行為以外の何物でもないようにも思える。
けれど、これが八方塞がりの今のオレにとって、もっとも有効な策と言えた。
「リデル、本気か? 戦いの最中に目を閉じるなんて……」
戦闘を再開しようとしたらしいエクシィはオレの不可解な行動に驚きの声を上げる。
「ふ~ん、そうか。あたしの秘密に気付いたんで、そういう行動に出た訳だ。正解かどうかは言えないけど、面白い発想だね」
目を瞑っているので表情は分からないけど感心したような口調だ。
「けど、あたしにそんな舐めた真似が通じると思ってるんなら、ちょっとがっかりだね。まあ、こっちとしては生け捕りしやすくなって有難いけど」
「そう思うのなら、かかって来いよ」
「やけに自信ありげじゃないか。もしかして、あたしの知らない聖石の加護でもあるのかい?」
揶揄うような口調だが、エクシィは用心しているのか、一歩も動かない。
えっ、何で分かるのかって?
実は今のオレの頭の中には、目を開けているのと同じような画像が再現されているのだ。
何だか、特訓の成果がレベルアップでもしたみたい。
なので、エクシィの動きが手に取るように分かった。
こつん。
オレの皮鎧に小さい何かが当たる。
ん? 何だ、これ。小石か何かだろうか。
さては、エクシィの奴。屈んだのが見えたけど小石を拾って投げてきたな。
空気の流れで大きな物体は避けられるが、小石程度はさすがに認識できない。
「何だ、本当に見えないのか。何か隠し技があって近づいたら斬られるんじゃないかと思って警戒したじゃないか」
安堵したエクシィが、そろりそろりと動き始めるのを心の目が捉える。足音を立てず、オレの背後に密かに回り込もうとしているようだ。
どうやら、先ほどのような肉弾戦は仕掛けて来ないらしい。
アイル皇子に言われて致死率の高い攻撃は控えるようにしたのかもしれない。
おそらく、エクシィはの動きから見て背後からオレを組み伏せ、寝技でもって意識を刈り取るつもりなのだろう。
オレの聖石の力は生き死に関係する時しか発動しないので、普通に気絶はさせられるので、有効な手立てだとオレも思う。
けど、その組み伏せしようと近づいて来る瞬間がオレにとっての最大のチャンスなのだ。
オレはテリオネシスの剣をぎゅっと握りしめ、背後の動向に注意する。
たっ、と不意に足音が微かに聞こえ、エクシィが物凄いスピードで近づいてくるのが分かった。
「リデル! 後ろです」
オレが背後に向けてテリオネシスの剣を横殴りに振り切ろうとした刹那、ヒューが叫ぶ。
その瞬間、オレはヒューの言葉に従わず、軌道を変え頭上に向けて剣を振り切った。
「うぎゃっ」
潰れたカエルのような声と確かな手ごたえを感じて目を開けると、エクシィが宙を飛んで床に叩きつけられるのが見えた。
危ないところだった。背後から来ると見せかけて、寸前に跳んで頭上から組み付こうとしたようだ。知らせてくれたヒューに悪いけど、心の目で見ていなかったら空振りするところだった。
とにかく、オレはこの機を逃さないためエクシィの着地点に走る。
止めを差すとまでは言わないが、勝負を付けるなら今しか無かったからだ。
叩きつけられた場所に行って見ると、エクシィは瓦礫に寄りかかって崩れるように座っていた。
どうやら、とっさに両腕に巻いた手甲でテリオネシスの剣を受けたようで、身体に損傷は無かったが、両手が折れているようだ。
「大丈夫……ではなさそうだね」
「まあね、戦闘不能と言ったところかな」
エクシィはさっぱりとした表情で答える。
「アイル皇子に生け捕りにしろって言われなければ、君が勝っていたんじゃないか?」
「いや、どうだろう。普通に殴りに行っても返り討ちにあってた気がする……見えていたんだろ?」
「一応ね」
「やっぱり、リデルはすげーや。惚れそうだよ」
「ありがと。でも、エクシィも凄いよ。オレ、危なかったもん」
エクシィは目をキラキラさせながら、トンデモ発言を口にする。
「なあリデル。あんた、兄貴と結婚しなよ。あたし、あんたと姉妹になりたい!」
「は?」
エクシィ、突然何てこと言ってんだ?
今回はちょっと長めです。
エクシィ戦、終了です(>_<)
リデルとエクシィが姉妹になったら、意外と相性いいかもしれませんね。
脳筋姉妹ですけどw
黒鎧の騎士〇 VS ヒュー×
ハーマリーナ△ VS トルペン△
エクシィ× VS リデル〇
いよいよ決勝戦(?)ですね。