謁見の間にて……⑪
両手を床に付けて上体を起こしながら、観察を続ける。
うん、見た感じは、いたって普通だ。
視力の良いオレの目はエクシィの隅々まで、はっきりと見えていたが、特に姿や動きに気になるところはなかった。
先ほどのような違和感も覚えないし、ブレるような現象も目に見えて起きていない。
やはり、戦闘中に何かやっているのだろうか。
余裕綽々でオレが起き上がるのを待っているエクシィを見越して、わざとゆっくり行動して身体のダメージを回復させていると、不意に謁見の間に怒声が響いた。
「エクシィ! 貴様、何ということをしておるのだ!」
殷々と響く声はアイル皇子のものだった。
声のする方向に視線を向けると、アイル皇子が玉座から立ち上がって激高していた。
さらに、その横で例の頭から布を被せられた人物が、急に動き出そうとして周りの侍女達に抑え込まれているのが見える。
おそらく視界は閉ざされていても、声や音で戦いの様子がわかって反応したのだろう。ひょっとしたら、オレの危機を感じて行動しようとしてくれたのかもしれない。
「は? 何だよ、邪神様。あたしは、あんたの言う通りに戦ってやっているんだぜ。水を差すなよ、せっかく面白くなってきたんだから」
エクシィが、うるさそうにアイル皇子へと文句を垂れる。
「貴様のそれはやり過ぎなのだ。もう少しでアリシア皇女が死ぬところだったではないか」
「何言ってんだ。殺す気でやったんだから、当然さ」
「なんだと……」
言い訳するでもなく太々《ふてぶて》しい態度で肯定するエクシィに珍しくアイル皇子が呆気に取られていた。
「エクシィ、最初にアリシア皇女を殺してはならぬと申した筈だ」
「そんなこと聞いてないよ、あたしは」
確かに言ってはいなかったけど、アイル皇子がオレの身体を欲しがっている(別の意味じゃなく)事実はイーディス側では暗黙の了解だった筈だ。
それなのに、知らん顔して「聞いてない」なんて言ってのけるエクシィにオレの命に関するやり取りながらも、驚くより先に吹き出してしまう。
何て自分の欲望に正直な奴なんだろう、と感心さえした。
「エクシィ、よもや貴様わしの復活を阻むつもりでアリシアを殺そうと企んだのではあるまいな」
真意を確かめるようにアイル皇子はエクシィに厳しく問う。
なるほど、戦闘中にオレを殺してしまえば、オレを依り代に完全復活するというアイル皇子の目論みを阻止することができる。
ましてや、この戦いはアイル皇子が許可したもの、その最中にオレを偶然死なせてしまったとしても不慮の事故だったという抗弁が可能だろう。
けど、たぶんエクシィのことだ。アイル皇子の言いなりになることが気に食わなくて意趣返しをしただけで、そこまでの深い意味は無かったんじゃないかと思う。
まあ、そのせいで殺されそうになったオレの立場はどうなの?と思わないこともないけど、邪神復活の阻止は帝国のためになることなので、あながち悪い選択肢ではなかったと言えるかもしれない、いや死にたくはないけど。
「え~っ、そんな大それたこと考えたこともないよ。でも、もしそうだったとしたら、どうするうもりだい邪神様?」
白々しく答えるエクシィに対し、アイル皇子は玉座に座り直すと冷酷に言った。
「知れたことよ、逆らったことを後悔させるほどの責め苦を与えた後、復活の贄になってもらおう」
その様子を想像したのか、アイル皇子は機嫌を直しすと、自分の盾となるように立っている男に声をかける。
「しかし、その前にアリシアとの戦闘は即刻中止だ。あとはヴァンダインに任せる、良いな」
「御意のままに」
アイル皇子の言葉に黒鎧の騎士は振り返って恭しく主に向かって頭を下げた。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
お気に入りの玩具を取り上げられそうになった子どものようにエクシィは慌てたように声を上げた。先ほどまでの不遜な態度は影を潜め、臆面もなく従順さを強調する。
「あたしが悪かった……悪かったってばさ。今度は真面目にやるから、それだけは勘弁してくれよ。なあ、イーディス、君からも何か言ってくれよ」
焦ったエクシィはイーディスにも助け船を求める。
イーディスはエクシィの懇願にげんなりしながら、口を開いた。
「本人も、こうして反省している。大目に見てやってはくれぬか。それに、アリシアをここまで追い詰めたのは彼女の実力だ。最後までやらせてやるのが、上に立つ者の度量ではないのか」
アイル皇子に苦言を呈したイーディスは、今度はオレへと顔を向ける。
「アリシア、君はどうなのだ? 無傷に見えるがダメージは大きいのだろう? 潔く負けを認めたらどうだ。君自身がお父……アイル皇子の依り代となるのは免れないが、他のお前の大切な者達は助かるだろう。いや、受け入れるならば、他の者達の命は私が保証しよう。それなら、心配なかろう」
「イーディス、出過ぎたこと言うな。リデルはまだ戦える、戦闘は続行するんだ」
降参を促すイーディスの言葉にオレよりも早くエクシィが否定する。
まあ、実際オレも降参するつもりは全くないのだけれど。
「エクシィ。貴女、何を……全く、君って人は」
戦闘続行を声高に宣言するエクシィにイーディスは目頭を押さえて嘆息した。
「ふむ、確かに上に立つものが部下の功を掠め取るような真似は無粋であるか。敗北は近いようであるし……」
一方、アイル皇子の方はイーディスの説得が功を奏したのか、エクシィの言い分を認める気になったようだ。
「よかろう、エクシィ。戦いを続けるがよい。ただし、アリシアを決して殺してはならぬぞ。必ず、生け捕りにして我が前に跪かせるのだ」
「ええ~っ、それって単純に殺すより難しいじゃん」
「四の五の言うでない。ヴァンダインに任せても良いのだぞ」
「わかった、わかりましたよ。言う通りにやりますって。ちぇっ、めんどくせーな。まあ、ちょっと難易度が上がったけど、クリアできないこともないか」
エクシィは、ぶつぶつ言いながら了承し、オレの方へと視線を向ける。
「で、そろそろ大丈夫か、リデル? もう再開できるよな」
エクシィの言葉に、アイル皇子とイーディスがオレに注目するのがわかったので、オレは『やれやれ』と想いながらも、テリオネシスの剣を拾い、ゆっくりと立ち上がった。
「もちろん、全然大丈夫さ。ダメージ自体は謎の力ですぐ回復したし、それに……」
十分、考える時間をもらえたからね。
アイル皇子の横やりのおかげで、考える貴重な時間を手に入れたオレは、エクシィに対する打開策を一つ得ていた。
今章が終わらない……(-_-;)
見込みの甘さに絶望しています。
いったい、どの口が今年の3月に終わるなどと言ったのでしょう?
ご、ごめんなさい。私ですm(__)m
どう考えても8月には終わりそうにないので、今年中の完結を目指しますw(開き直った)
PVも激減しているので、きっと読者の皆様も呆れているのだと思います(>_<)
が、責任をもって完結するつもりなので、これからもよろしくお願いします。