謁見の間にて……⑧
「トルペン……」
オレは呆然として見つめるしかなかった。
中の様子は全くわからない。
はっきりしているのは、あの半球の中は灼熱地獄だと言うことだ。
オレやヒューのような生身の人間なら、ひとたまりもなかったに違いない。
不死身っぽいイクスでさえ無事では済まないと思う。
「トルペン、大丈夫だろうか?」
「わかりません。ですが、自ら望んで行った策です。勝機はあるのではないですか」
そうだろうか? トルペンって、わりと自分の命を軽視する傾向があるからな。
楽観視はとうてい出来ない。
「リデル、色が薄くなって来ました」
先ほどまで赤黒かった半球も、だんだんと灰色になり、続いて白いもやがかかったようになる。そして、小板の絶対障壁の所々にわずかに隙間が生まれ、そこから勢いよく中の空気が吹き出始めた。その様は、まるで敵を威嚇するハリネズミのようだった。
やがて、針のように吹き出ていた半球の中の空気も次第に弱まり、元の半球の姿に戻る頃、不意にトルペンの絶対障壁がすう―っと消える。
そこには二つの人影が見えた。
「ハーマリーナ!」
「トルペン!」
心配したエクシィと、ヒューを横たえるために半歩、遅れたオレが二人に駆け寄る。
「ハーマリーナ?」
その姿を目にしてエクシィが口ごもる。
ハーマリーナは、手足が所々溶けかかっていたりメイド服が焼け落ちて、あられもない恰好になってはいたが、顔や上半身は思いのほか損傷が少なく、戦う前と変わらないように見えた。
けれど、エクシィの呼びかけに全く反応しないところを見ると機能は停止してるらしい。
「大丈夫デス。完全破壊にいたっていませんカラ」
蒼白になったエクシィにトルペンが声をかける。そのトルペンは……と見ると全身真っ黒に焼け焦げていた。
「トルペン……そう言うお前は大丈夫なのか?」
オレが心配そうに見ていると、黒こげのトルペンの表面に、突然ピシピシとひびが入る。
「え?」
見る見るうちに、それは全身へと広がり、やがてパラパラと黒い表面が欠け落ち始める。
そして、完全に外皮が剥がれ落ちると中から姿を現したのは、いつぞや見た美少年型トルペンだった。
「トルペン、その姿になってるってことは、本体は……」
「ハイ、損傷が甚大なため異空間に退避し、修復中デス」
つまり、一応は無事のようだ。
前に死にかけた時も、別空間で身体を癒すことになったので、今回もそういう状態なのだろう。
「さすがはハーマリーナさんデス。咄嗟に最大レベルの氷結魔法を自身にかけ、火球の直撃を防ぎましたからネ……ふえっ」
したり顔で言うミニトルペンの頭をオレは拳骨で小突く。
「ば、馬鹿トルペン。無茶にもほどがある。心配かけさせるな」
「い、痛いデス、リデル。暴力反対デス! それにあの場合、あれが最良の策デ……」
文句を言おうとしたトルペンはオレの顔を見て、押し黙った。
「いいか、トルペン。お前の命はお前だけのものじゃないんだからな。お前にもしものことがあったら、オレ、ユクになんて言って謝ればいいか……」
「……すみませんデシタ、もう決して無茶はしまセン。リデルやユクを悲しませるような真似はしないと誓いマス」
おろおろとするトルペンが慌てて降参するのを見て、オレはようやく安堵の息を吐いた。
「エクシィ?」
「大丈夫か、ハーマリーナ?」
オレがトルペンに拳骨を食らわしている間にハーマリーナも目を覚ました。
「私ハ、イッタイ…………エクシィ、戦闘ハ……戦闘ハ、ドウナリマシタカ? トルペン殿ハ?」
そう言って起き上がろうとしたハーマリーナは自分の身体が自由に動けないことに気付く。
「損傷率70%……生命維持ハ問題ナシ。タダシ、戦闘継続ハ不可能……」
カチカチと目の奥で何か音がした後、ハーマリーナはエクシィに尋ねる。
「私ハ……負ケタノデスカ」
身体は動かせそうになかったので、無傷の顔だけをエクシィに向ける。いつもと変わらぬ人形のように整った顔に、わずかに悔し気な表情が滲んでいるように感じた。
「いえ、引き分けでショウ。我輩も戦闘続行不能ですカラ」
美少年トルペンはハーマリーナの前に行き自分の姿を見せると、そう断言した
「デスガ……」
「いや、オレもそう思うよ。これは両者戦闘不能で引き分けだ」
ハーマリーナが言い淀んでいたので、オレも敢えてトルペンに同意して見せる。
「ま、リデルがそれでいいんなら、あたしは構わないぞ。一勝一分けってことで後が無くなるけど、いいのか?」
「構わないさ。この後、オレが勝てばいい」
「お、言い切ったな」
「うん、絶対に負けるわけにはいかないからね」
オレはちらりと謁見の間の奥に座らされている布を被った人物に目をやる。
……必ず勝って救い出して見せるからな。
オレが密かに決意を新たにしていると、エクシィは揶揄うような笑みを浮かべた。
「ふう~ん、意気込みだけは立派だね。恋する乙女は無敵……ってとこかな。でも、あたしも負けられないんだよね」
エクシィは動けないハーマリーナを抱かかえると、部屋の隅にいるイーディスのところまで運ぶと壊れ物を扱うように慎重にハーマリーナを横たえた。
「イーディス様、オ役ニ立テズ申シ訳アリマセンデシタ」
イーディスの足元に寝かされたハーマリーナが所在無げに謝ると、イーディスは怒ったように言った。
「貴女は、よくやってくれました。申し開きは不要です。あの怪物と引き分けたのです。誇ることはあっても卑下することは私が許しません。それに貴女が無事に帰ってきたことが一番の手柄です」
「イーディス様……」
叱責するような物言いだけど、イーディスの目は少し潤んだように見えた。
ホント、イーディスって素直になることが苦手な性格してると思う。絶対、第一印象は最悪になることが多いに違いない。けど、誤解を受けやすい反面、実際付き合ってみると実は良いやつ……みたいなタイプと言えるかもしれない。
まあ、だからと言って、自ら望んで友達になりたいとは思わないけど。
「じゃ、オレ達も行こうか」
エクシィ達の様子を確認するとオレの方も、小さいトルペンと一緒にヒューのところまで戻る。
「トルペン、ヒューのこと頼んだぞ」
「お任せ下サイ、我輩がいれば百人力デス」
自信満々に答えるが、子供トルペン状態はせいぜい幻覚魔法が使える程度で戦力にはならない。
けど、心意気だけは完全体と変わらないようだ。
「リデル、お気を付けて。彼女は、あのイクスの妹です。決して侮ってはなりません」
「もちろんさ、ヒュー。オレも奴には何度も痛い目に合ってるから油断はしないよ」
ヒューを安心させるように頷いて見せると、オレは謁見の間の中央に向かった。
すでにエクシィが待機している。
オレはめくれ上がった床など戦闘の痕跡を避けながら慎重に進むと、武闘大会のようにエクシィの前へと立った。
「待たせたね、エクシィ。さっそく始めようか」
オレとエクシィの一騎打ちが始まった。
トルペンVSハーマリーナ戦、決着しました。
どうしよう、今章「謁見の間」が終わらない(>_<)
次回、新章にするか、キリの良いところまで今章を続けるか悩み中ですw
次はリデルVSエクシィ戦です♪