ゾルダートの闇……⑥
「どういうことでしょうか? リデル様」
思いもよらない言葉に唖然としていたソフィアは意味を理解すると目の色を変えた。
「私も足手まといだと仰るのですか?」
怒りより悔しさが先に立ったのか双眸を潤ませながらソフィアは声を震わせて言った。
「それはないよ。ソフィアが足手まといなんて思ったこともない」
オレは即座に否定する。
「ソフィアの情報収集能力や的確な状況判断にはいつも助けられてるよ。今までやって来れたのもソフィアのおかげだって、ずっと思ってた」
「なら……」
「だからこそ、だよ。信じてるから、ソフィアにはシンシアやネフィリカを安全な場所まで送り届けて欲しいんだ」
「…………」
オレがソフィアを熱心に説得していると醒めた目をしたエクシィが横合いから口を出す。
「リデル、お前って優しいんだな。はっきり言ってやればいいのに。『お前じゃ、ここから先は力不足だ』ってね」
「エクシィ!」
その言葉にソフィアが力なく目を伏せるのとオレが怒りに任せて声を上げるのと同時だった。
「オレはそんな風に思ってない。ソフィアを侮辱するならオレが絶対に許さないぞ」
「は? 実力が足りてないのは事実だろ。それなのに役に立てると思ってる奴の気が知れないぜ」
オレが息巻くと、対するエクシィも声を荒げる。
すぐにでも手が出そうな勢いだ。
人を食った態度で飄々としている兄貴のイクスと違って妹の方はわりと直情的らしい。
「リデル様……ありがとうございます。もう大丈夫ですから、私のために争うのは……」
一触即発のオレとエクシィの間にソフィアが割って入る。
「でも、ソフィア……」
「いえ、悔しいですが、エクシィさんの言う通りだと思います。この状況で自分がリデル様のお役に立てると過信していたのは間違いないことです。冷静に考えて、今の私では明らかに力不足と言えるでしょう」
さっぱりとした顔で断言したソフィアは続けて言った。
「ですので……先ほどのご依頼、お任せください。シンシアとネフィリカ様をアレイラ様のところまで無事にお送りすることをお約束します」
どこか諦めを感じさせる落ち着いた声でソフィアは了承した。
「わかった……よろしくお願いするね」
オレは言いたい言葉を呑み込むとソフィアに頭を下げた。
彼女の胸の内を考えると心が張り裂けそうな想いになったけど、ほっとしている気持ちがあったのも事実だ。
エクシィが言うような力不足だなんて思ってないが、これから先のことを考えるとソフィアを同行することに正直、不安を感じていたのだ。
邪神化したというアイル皇子と戦うことになれば間違いなく命の危険が伴う。オレでさえ生きて帰れる保証がない場所へソフィアを連れていくことなんて、オレにはとても出来ない。
ルマでの時のように一歩間違えばソフィアの命が失われる事態なんて、考えただけでも寒気がした。それに、そんなことになったらクレイにだって顔向けできない。
だから、エクシィの言動には納得できないが、渡りに船だった面も否めなかった。
「殿下、ご武運をお祈り申し上げます」
「リデル様、無事なお帰りをソフィア姉さまとお待ちしています」
別れ際のネフィリカとシンシアが沈痛な面持ちでオレ達を送り出す。
「うん、必ず帰って来るから」
オレが笑顔で答えると二人とも顔を俯かせる。
「二人とも、それではリデル様がお困りになりますよ。元気にお見送りしましょう」
ソフィアに諭されると二人は顔を上げて笑顔を作ろうとして失敗する。
それを微笑ましそうに見てからソフィアはオレに付き従うヒューとトルペンに顔を向けた。
「ヒュー様、トルペン様。リデル様のこと、くれぐれもお願いします」
「はい、貴女の分も必ずお役に立ってみせます」
「天才魔法使いの我輩にお任せアレ」
「ええ、もちろん信じております。誰一人欠けることのない御帰還を心待ちにしておりますね……そしてリデル様」
ソフィアはオレに視線を向けると縋るような目で言った。
「あと一つだけ、お願いを…………クレイ様のこと、よろしくお願いします」
「わかってる。必ず、あいつを助け出してソフィアのところへ連れて戻るよ」
そう言い切ってあげると、ソフィアはようやく安心した顔になり、シンシアとネフィリカと共にオレ達を送り出してくれた。
◇◆◇◆
ソフィア達と別れたオレ達は一路、謁見の間に向かった。
皇帝不在の間は閉ざされていたが、オレが皇女となってから再び使われ始め、オレが追放されてからはイーディスが権威を誇示するために頻繁に使用していたらしい。
「ところでさ、エクシィ。ゾルダート教の導師って、他にもまだいるの?」
さきほど、ちょっと険悪な雰囲気になりかけたので、関係修復も兼ねてエクシィに質問してみた。
「いや、めぼしい奴は大体死んだと思う。バルニグが最後の有名どころじゃないかな」
あまり根には持たない性格なのか、エクシィは普通に答えてくれた。
兄貴のイクスは、けっこう根に持つタイプだったけど、妹は違うらしい。
なんだか意外な感じがした。
どうやら、見た目は似てるけど、性格は兄妹でずいぶん違うようだ。
ん、待てよ。
「そう言えば、エクシィ。イクスの奴って、どこで何してるんだ?」
「兄貴か? あたしはイーディスにくっついて動いていたから、兄貴がどこで何してるかはよく知らないな」
「そうなんだ……実はイクスとは皇宮潜入の手助けをしてくれる約束してたんだ。すっぽかされちゃったけどね」
「へぇ……兄貴の奴、リデルに好かれたいからって無茶苦茶するなぁ。邪神様にバレたらただじゃ済まないのに……けど、全然姿を見せないところを見ると、真面目な話バレて粛清でもされたのかもしれないな」
実の兄の命の危機というのに、あっけらかんと笑うエクシィにオレは目を丸くした。
「ということは、現在わかっている強敵は例の人物だけという訳ですね」
後ろにいるヒューが会話に加わる。
「うん、そうなるね」
おれも頷いて、待ち受ける敵のことを考える。
黒鎧の騎士ヴァンダイン・ケルファギー。
いったい、どんな相手なのだろう?
「謁見の間だ」
足を止めたイーディスの短く発した言葉にオレは我に返る。
そう、ついにアイル皇子の待つ謁見の間に到着したのだ。
先週はお休みして申し訳ありませんでした。
リアルの多忙と季節の変わり目にやられました(>_<)
忙しさも一段落してきたので、もう大丈夫だと思います。
いよいよ次回から新章となります。ラスボス戦の筈です(たぶん)
が、頑張ります!




