ゾルダートの闇……④
「バルニグ、お前人間辞めたのか?」
「失敬ですね、エクシィ。これは『我が主』からの『賜り物』によるものです。復活なされた時に御力をお分けくださり、かつての私以上の存在になったのです」
恍惚とした表情でバルニグは続ける。
「素晴らしい! 全く素晴らしい! 力が及ばなかった私が強者たる貴方達を蹂躙できるとは……まさに、いただいた御力は私の信仰心の賜物と言えるでしょう」
「っ……確かに前の奴とは段違いだけど、いくらなんでも異常過ぎる。一人ならともかく、ここにいる全員を、特にあの竜族の貴種さえ束縛できるなんて尋常じゃない。何か絡繰りがあるはずだ」
悦に入るバルニグに対し、エクシィは動かない身体で考えを巡らせている。
確かに人並外れたオレ達を拘束しているだけでも凄いことだけど、あのトルペンにも効果を及ぼすなんて並大抵のこととは思えなかった。
エクシィが言うように何か仕掛けがあるのかもしれない。
後ろで、あわあわしているトルペンを感じながらオレも焦燥感に駆られる。
「う~ん、人間を捨てたバルニグがおかしいのは元よりとして、何か他に妖しい点が…………そうか、この部屋の異常なまでの室温がおかしいのか……」
はっと気が付いたエクシィが声を上げる。
「リデル、あれだ。間違いない!」
指差したいところだが、身体が動かせないためエクシィは目線で伝えてくる。
「あれは……」
視線の先にあったのは部屋の中央の床に書かれた魔法陣だった。
薄く明滅を繰り返すそれは、室温を急上昇させる熱気を帯びているように見えた。
「ほう、よく見破りましたね。これこそが『我が主』に教えられし禁断の魔法『異能力上限突破』の魔法陣です。これのおかげで、今の私は君達の誰よりも強い」
「なあ、大丈夫なのか? どう見たって無理やり異能を向上させてるように見えるけど」
自分に酔って大口を叩いてるけど、オレから見ると自分の命を燃焼して能力をアップしてるように感じてならなかった。
他人事だし敵なんだけど、少し心配になる。
「殿下はお優しいですね。でも、大丈夫です。ここにいる害虫を駆除するくらいの時間は残っているでしょう。それに『我が主』のためになるなら、この命を捧げるのは本望ですので」
「くそっ、あの魔法陣さえ何とか出来れば、こんな奴なんか」
エクシィが歯ぎしりして悔しがる。
「無駄な足掻きは止めることです。そのまま、じっとしていてください。さて、そこの二人、前に出て来なさい」
バルニグが部屋の外で立ち尽くしているシンシアとネフィリカに命令すると、二人は虚ろな目をしながら、バルニグの命ずるままに行動した。
「良いですか。貴女達二人は剣を使って、ここにいる殿下以外の者達全員を殺めなさい。そうですね、首筋を切るのが有効でしょう。おっと、エクシィを切る時はアリシア殿下のお持ちの剣で切るように……兄と同様に魔法の剣でしか効果を得られない可能性もありますからね」
喜悦を浮かべたバルニグは抜かりなく命令を下した。
これは不味い。
ネフィリカがオレのテリオネシスの剣を取り上げるのを横目で見ながら、オレは真剣に焦っていた。
実のところ、例のオレの不思議な力が発動さえすれば、この状況を何とかできると思う。
けれど、あの力はオレの生死に関わる場合にだけしか発現しない。
今回、バルニグは明確にオレを殺害の対象から外している。それは、謁見室で待つ彼の主の目的のためなのだけど、そのせいで現在のオレは命の危険に晒されていない。
だから、例の力でこの場を打開できる可能性は皆無と言ってよかった。
「なあ、エクシィ。イクスもそうだけど、君達って殺されそうになっても復活するんだろ?」
ネフィリカにテリオネシスの剣を向けられて、冷や汗をかいているエクシィに尋ねる。
「兄貴と一緒にしないでくれ。あれはあいつの特殊スキルだ。あたしは普通に死ぬぞ」
そうなの? じゃ、ますます不味いじゃん。
「バルニグ……バルニグさん、一つ提案があります!」
慌ててオレはバルニグに向かって叫んだ。
「何でしょうか、アリシア殿下」
案の定、バルニグはオレに対してだけは、丁寧に対応してくれる。
「あの、素直に謁見室に行くので、ここにいる者達の命を救ってはいただけませんか?」
「殿下のお願いでもそれは聞けませんね。第一、害虫を駆除したい私に何の益もありません……」
「益ならある。だから、聞いて欲しい」
「……ふむ、お話しください」
「ありがとう、バルニグさん。さっきも言ったけど、貴方も薄々気付いているように、その身体はすでに限界を超えてる。遠からず命が尽きると思うんだ」
「元より、そのつもりです」
「わかってる。主のために殉じようとするのは崇高な精神だと思うよ。けど、死んでしまったら、この後復活する予定の主さんにお仕えできなくなるんだよ」
「そ、それは……し、しかし、この者達を助けしたとしても私が生き永らえることなど……」
「出来るのさ、オレの持つ『力』があれば……」
ホントは自由に使えないけどね。
この際、嘘も方便だ。
「ああ、あたしも知ってる。リデルの不思議な力だろ。ゾルダートの他の導師達も、その力のせいで何度も煮え湯を飲まされたって聞いたぞ」
オレの出まかせにエクシィも話を合わせて来る。
「兄貴も言ってたけど、ルマじゃ瀕死の人間も傷一つない状態に戻ったってさ」
「うん、オレの後ろにいるソフィアが証拠だ。彼女はルマで瀕死の重傷を負ったけど、今でもぴんぴんしてる。で、どうする、バルニグさん。取引に応じるかい?」
とにかく、この拘束が解ければ勝機はある。
考え込む素振りを見せるバルニグの返事をじりじりしながら待つ。
「……よく考えたのですが」
結論を出したバルニグが顔を上げる。
「残念ですが、取引には応じられません。殉教も害虫駆除も私が決めたこと……そして『我が主』も御認めになった事柄ですので……」
だ、駄目だったか……。
オレが諦めた瞬間だ。
不意にバルニグの後ろにハーマリーナが姿を現す。
「な……ぐえっ」
ハーマリーナは驚くバルニグの頭を抱え込むと無造作に捻った。
ごきゅ……どさり。
変な方向に頭が捻じ曲がったバルニグは力なく膝から崩れ落ちた。
活動報告でも書きましたが、コミカライズ版が完結しました。
一年間、毎月ドキドキしながら楽しみにしていました(>_<)
香椎先生のコミカライズ版はとても良い出来ですので、未読の方は
ぜひ、お読みいただけると嬉しいです。
原作の方も完結目指して頑張りたいと思います。
それと次回作ですが、友人の間では王道ファンタジーよりTSミリタリーSF
の方が感触が良さげです。どうしようかなぁ……。