皇の臥所にて……②
紳士的なジェームスさんがノックを忘れるほど慌てた様子で部屋に入ってきたが、想定外の顔が目に入ったせいか、少し冷静さを取り戻したようだ。
「ネフィリカ団長。どうやら義勇軍以外の者がいるようですが、私の不在の間に何かありましたか?」
「お帰りなさい、ジェームス相談役。それが……」
どう説明しようかと口を濁すネフィリカの後ろに、オレの顔を認めるとジェームスさんは訝し気な表情で口を開いた。
「おや、アリシア皇女殿下ではありませんか。何故、貴女様が皇宮に。ファニラ神殿にいらっしゃった筈では?」
「いや、ちょっと野暮用があってね……」
「野暮用? そんな理由で、こんな深夜に皇宮まで乗り込んできたのですか? まあ、貴女様の無茶ぶりは十分理解していたつもりでしたが、全く変わらぬご様子のようですな」
「ご、ごめん。成長してなくて……」
「申し訳ございません。そういう意味で言ったわけではないのですが……それに、そうした直情的なところは私も嫌いではありませんよ。ただ、貴女様が皇女殿下であったことも含めて、これまでの経緯について、いろいろとお聞かせ願えればとは思ってはおりますがね。けれど、今はそれどころではないのです」
オレの不味い言い訳に眉を顰めたジェームスさんだったが、自分が急いでいる理由を思い出したのか、ネフィリカに向き直った。
「ネフィリカ団長、先ほど申しました通り火急の用件がございます。すぐに奥へと来てほしいとの連絡がありました。当直の第二班を連れて一緒に来てください。ドゴス副団長は仮眠中の第三班を起こして、詰め所で待機をお願いします……それと……もしかして皇女殿下も我々と一緒に奥へ行きたいのですね?」
指示を出すジェームスを期待を込めて、じっと見つめていたら、ため息交じりに問いかけられた。
「うん、オレ達も皇宮最奥部……『皇の臥所』とやらに行くつもりだったんだ。よければ、付いて行っていい?」
「それについては、上役に確認しないとわかりませんので、ご自分で交渉願います。ネフィリカ団長、準備はよろしいですか」
「ええ、ジェームス相談役。私も第二班のみんなも大丈夫です」
ネフィリカの後ろで三人組も大きく頷いている。
「了解です。それではすぐに参りましょう。皇女殿下達もお願いします」
ジェームスは慌ただしく扉を開けると先に立って歩き始める。ネフィリカも第二班(三人組を含めた五人)を率いて後に続いた。
「じゃ、お言葉に甘えてオレ達も行こうか」
「はい、リデル様」
「ええ、何が起こったのか興味がありますね」
「奥に入るのは、宰相補を辞めて以来デスネ」
オレ達は皇帝義勇軍にくっついて『皇の臥所』へと向かった。
◇◆◇◆
「……な、なんで貴女がここにいるんです!」
ジェームスの言う上役は目を見開き、口をあんぐり開けて固まった。
「やあ、アレイラ。宰相付きの筆頭補佐官だって? 凄いじゃん。あれから、ずいぶん頑張ったんだね。ホントにいつか、帝国初の女性宰相になれるかもしれないね」
オレの返答を聞いたアレイラが口をパクパクしながら、答えを求めるようにネフィリカを見る。
視線を受けたネフィリカは(え、私?)という顔をして、慌ててジェームスに顔を向ける。
釣られてアレイラの視線もジェームスに移る。
ジェームスは、やれやれという表情になりながらも団長の期待に応える。
「アレイラ補佐官の驚きは、ごもっともです、我々も驚いていますので。どうやら、アリシア皇女殿下は『皇の臥所』に用向きがおありのご様子で、深夜の皇宮に忍んでいらしたようでございます」
「リ、リデル本当ですの?」
今度はオレを睨むように見ながら聞いて来る。
「言ってることは間違いないよ」
「リデル……」
「ん、何?」
「貴女、馬鹿ですの?」
アレイラは心底、呆れたようにオレを見る。
心外だ。確かに頭は良くないけど、久々に会った途端に言われるような台詞じゃないと思うのだけど。
「アレイラ補佐官!」
「アレイラ様」
ジェームスとソフィアが同時に声を上げる。
「殿下に対して不敬ですぞ」
「心でそう思っても臣下が言ってはいけない言葉もあります」
前者は顔色を変えたジェームス、後者は諦観したように目を伏せるソフィアだ。
あれ、もしかしてオレってソフィアにも呆れられている?
ちょっとショックなんだけど。
「ちょ、ちょっと言い過ぎたのは認めますわ。けれど、言いたい趣旨は変わりませんわ」
「え? どうして」
「だって今の貴女は皇女殿下ですのよ。帝室の一員なのですから、いつでも『皇の臥所』に入ることは可能でしょう。何故、こんな夜更けに盗賊のように忍び込んで来なくてはならないのです」
「確かに」
ジェームスを含め大方の者が頷く。
待て待て、それじゃオレがホントに馬鹿みたいじゃないか。
「いやいや、そうじゃないんだ。いつでも良い訳じゃなく一刻を争う必要があったんだから!」
悠長に帝都に帰還する訳にはいかなかったのは事実だ。
イーディス皇帝に先んじて、囚われているクレイを助け、元凶であるアイル皇子を討つには一刻も早く皇宮に入る必要があった。
そのための独断専行であり、深夜の潜入劇なのだ。
「あの……アレイラ補佐官。旧知の皇女殿下とのお話しのところ申し訳ありませんが、私どもは火急の用件があって呼ばれたと思うのですが……」
オレが、自分のお馬鹿疑惑を必死になって反論しようとしていると、ネフィリカが申し訳なさそうにアレイラに尋ねる。
「そ、そうでしたわ。こんな話をしている場合じゃありませんわ」
こんな話って……皇女のお馬鹿疑惑はけっこう重要だぞ。
オレから皇帝義勇軍に視線を戻し、アレイラは表情を改めると筆頭補佐官の顔で重々しく言った。
「イーディス皇帝陛下が先ほど『皇の臥所』にお戻りになられました。身辺警護のために皇帝義勇軍を必要とされています。さらに戦闘が起こる可能性も示唆されておられます」
な、何ですと?
コミカライズ版15話が発売中です。
いよいよ佳境となってきましたので、ぜひ読んでいただけると嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
またコロナが広がって制限が厳しくなってきましたね(T_T)
今月末に知人に会う予定でしたが微妙です。
早く終息しないかなぁ。
皆様もお気を付けくださいね。