皇宮へ……⑧
「リデル? まさか……どうして、ここに? いや、君の立場ならここにいても全く問題はないが……」
オレの突然の登場にオーリエは混乱しているようだ。
「リデル様、びっくりさせないでください」
「全く、君という人は……」
「考え無しハ、困りものデス」
オレが急に飛び出したので、仕方なく残りの面々も姿を表した。
って言うか、トルペンだけには言われたくないぞ、その台詞。
「オーリエ隊長。この怪しい連中は隊長のお知り合いですか?」
「ですが、こんな夜更けにおかしくないですか?」
部下の近衛兵が武器を構え、不審げにオレ達を睨む。
怪しい連中だと? 失敬な。
夜目でも目を引く見目麗しい華奢な少女(自分で言ってて恥ずかしい)に、こちらも女性と見違えそうな軽武装の美青年剣士。加えて、スタイル抜群とわかる顔を隠した黒装束の女に、謎の仮面を被り魔法使い然とした青いローブの男。
うん、どこから見ても怪しい集団だ。これで警戒するなというのは無理がある。
「待て、落ち着くのだ。この方たちは決して怪しい者では無い……ちょっと言ってて無理があるが、本当のことだ」
ごめん、オーリエ。説得できる要素が皆無で……。
「諸君、紹介しよう。こちらの御方は宰相の通達にあった『アリシア』皇女殿下だ。失礼の無いように」
「皇女殿下? こいつが……いえ、この御方が?」
悪かったね、皇女っぽくなくて。
「ああ、間違いない。身元は私が保証する」
そう言うとオーリエは片膝を付き、頭を下げ恭しく言上する。
「御帰還おめでとうございます、アリシア皇女殿下。私は貴女様がお帰りになられることを信じておりました。そして…………お帰りなさい、リデル」
最後の方はオレにだけ聞こえるように小声で言ってくれた。
オーリエが片膝を付くのを見て他の近衛兵も慌てて同様に跪く。
「ありがとう、オーリエ。オレ……じゃなくて、私も貴女と再びお会い出来て嬉しく思っております。変わらず息災のようで安心しました」
皇女様モードで返答するとオーリエは悪戯っ子を見るお姉さんのように目を細めるとニコリと微笑んだ。
女子に言うのは失礼かもしれないけど、相変わらずイケメン過ぎる。
さぞや、皇宮の侍女達に人気だろう。
皇女候補時代も他の皇女候補生から大人気だったもんね。
「して、皇女殿下。このような時間にこちらへ何用でございますか?」
「それなのですが、オーリエはファニラ神殿の一件は聞いておられますか?」
「はい、ケルヴィン宰相から通達がありましたので。何でも宰相補のフェルナトウが帝国に叛旗を翻し、主要な方々を暗殺したのだとか……あ、その折に殿下が復権されたことも知りました」
「ええ、多くの方が被害に遭われ残念でなりません。不幸中の幸いですが、デイブレイク近衛騎士団長がご無事なのは何よりでした」
「アリシア殿下……」
デイブレイクに想いを寄せているオーリエは耳まで赤くなった。
「ところで、逃げたフェルナトウをご存じありませんか? おそらくこの皇宮に逃げ戻っていると思うのですが」
「それが、件の者は謎めいた人物でありまして我々も所在を確認できていないのです。たぶん、最奥部の宰相補の執務室にいるのではないかと推察していますが……」
オーリエの話によると、近衛兵が警護しているのは最奥部に続くこの中央扉までで、ここより先は皇帝義勇軍の管轄なのだそうだ。
なので、オーリエ以外の近衛兵は命令が無い限り、奥へと入れないらしい。
「アリシア皇女殿下。彼を追って奧に進むのなら、不肖この私が先導いたしましょう。義勇軍とも繋がりがあります故、お役に立てると存じます」
たぶん、ソフィアがいるので皇帝義勇軍も説得できそうな気もするけど、オーリエが同行してくれれば突発的な戦闘も避けられそうに思えた。
「では、お願いします。助力に感謝しますわ、オーリエ」
オレの皇女言葉にオーリエは笑いを堪えるような表情で頷いた。
◇
「では、クレイ殿がこの皇宮に監禁されていると?」
「ああ、その可能性が大なんだ」
あの後、オーリエは部下達に指示を出すと、オレたちと共に中央扉を抜けた。
オーリエの凛とした態度で指示を出す隊長姿にちょっと感動を覚えて、見惚れていたら顔を赤くしたオーリエに怒られ、非常時に緊張が足りませんとソフィアにも怒られた、解せぬ。
とにかく時間が惜しいので、歩きながら今までの経緯をオーリエに簡単に説明することにした。
「いくら無茶なリデルでも今回の無謀とも言える皇宮潜入には少々呆れていたが、クレイ殿絡みなら納得だ」
「どういう意味?」
「そのままの意味さ」
さきほどまでは部下の手前、お互い皇女と皇宮警備隊長の立場で話していたけど、今は昔のような口調に戻っている。
その方がオレとしても気楽だったし、この場にそれを咎める者もない。
まあ、ちょっとだけソフィアがジト目で見てるけど、気にしない気にしない。
「ところで、オーリエ。皇宮内のゾルダート教信者の様子はどうなんだ?」
フェルナトウが反逆した形になっているので、皇宮内のゾルダート教がどういう扱いになっているのか気になったので尋ねてみる。
「表向きは皇宮内でゾルダート教信者を公言している者はいないんだ。だから、ファニラ神殿の件もフェルナトウ単独の凶行となっていて、皇宮内の様子は前とさほど変わりないと言えるな」
「そうなんだ」
「もっとも我々近衛軍は皇宮中枢部の警護には関わっていないので、奥の変化に疎いのが現状なのだ」
ということは現在もアイル皇子一派が皇宮最奥部を根城にしている公算は高いし、クレイもそこに拉致されている可能性も高い。
こうなったら一刻も早く皇帝義勇軍と話を付けて奥へと進まなきゃ。
「それはそうと、リデル。アレイラがケルヴィン宰相の側近となって頑張っているのを知ってるか?」
「ケルヴィンについて勉強してたのは知ってたけど、今はそんなことしてるんだ」
「ああ、とても頑張っているぞ。アリシア……でなくてイーディス皇帝陛下に対しても堂々と意見するぐらいだ」
「へぇ」
なんか、イーディスとアレイラが言葉を武器に嫌味の応酬をしている姿が容易に想像できた。
見るからに相性悪そうだもの、あの二人。
両雄並び立たずって言うか、絶対認めないと思うけど、二人ともよく似てるからなぁ。
「まあ、いいんじゃない。将来はケルヴィンの後釜を狙ってるわけだし、今のうちに研鑽を積めば」
「そうだな、アレイラの夢が叶うことを私も願ってる。同じ元12班のメンバーとしては応援したくなると言うものさ」
「うん、オレもそう思うよ」
元12班の面々の顔が浮かび、懐かしいあれこれや楽しい思い出が思い返される。
そんなにも昔のことでも無いのに、何だか遠い昔のように感じられた。
「そうそう、リデル。あと、君の親しい人物が意外なところで活躍していて驚いたぞ」
「親しい人物?」
「ああ、それは……」
「しっ、静かに!」
オーリエが何か言いかけるのを制止し、オレはゆっくりと耳を澄ます。
「ソフィア……」
「はい、リデル様」
「扉の向こうに殺気を感じる」
目の前の扉の向こうを感知し、ソフィアに告げる。
「この扉を開けると大広間です。最短距離を進みたいなら、突っ切るしかないでしょう」
「わかった」
オレは全員に目くばせすると、ゆっくりと扉を開けた。
クリスマスも過ぎ、今年もあとわずかとなりました。
本年、最後の更新となります。
今年もいろいろなことがありましたが、一番大きな出来事は本作がコミカライズ化されたことに尽きます。
これも応援してくださった読者の皆様のおかげと思っております。
本当にありがとうございました。心より感謝申し上げます。
来年も完結に向けて頑張りたいと思いますので、今後ともよろしくお願いします。
なお、現在「アンブル編集部」様のツイッターで第一話が無料で読めますので、まだの方はよろしければお読みいただけると嬉しいです。
それでは皆様も、良いお年をお過ごしください。




