狂宴のあと……⑨
誤字報告ありがとうございます。
とても助かっています。
「仰ることはよく理解できますが、なにぶん帝国の人事は皇帝や宰相がお決めになることです。残念ながら、私ではお力添えすることはかなわないでしょう」
ケルヴィンはともかくイーディスがオレの申し出を受けることは絶対にないと思う。
なので、やんわりと断りを入れる。
イーディスにとって、オレは邪魔で仕方がない存在だ。
今回の件だって、内乱を抑えるために渋々我慢しているに違いない。
そんなオレからの提案を受け入れるようなことがあれば、逆に帝国運営に皇女であるオレが影響を持っていることを証明することになってしまうだろう。
なので、そういう密約めいた提案をオレに振っても何もいいことは無く、かえって皇帝陛下の不興を買うのが目に見えている。
「アリシア殿下。殿下が躊躇うのは皇帝陛下のご機嫌を損ねるのではないかと危惧されているのではありませんか? もしそうであるなら、ぜひそこを曲げてお願いしたいのです。今後の帝国に必ず有用となるでしょうし、これはアリシア殿下のためでもあるのです」
「オ……私のためございますか?」
影響力を見せる絶好の機会ではあるけど、逆にイーディスの神経を逆撫でする結果になりかねない。オレとしては火中の栗をわざわざ拾いたいとは思わないのだけど。
「ええ、何故なら宰相補に推薦していただくのは皇女殿下とも親しい私の妹アレイラ・テトラリウムなのですから」
「え、アレイラだって?」
思わず丁寧な口調も忘れて聞き返してしまう。
「ええ、そうです。現在ケルヴィン宰相に教えを乞うているアレイラです、殿下」
「じゃ、あんたは……いえ、貴方はアレイラのお兄様なのですか?」
「はい、テトラリウム公爵家の三男シャルダン・テトラリウムと申します、アリシア殿下。殿下のお噂は皇女候補時代から度々妹より聞き及んでおりましたので、今回初めてお会いした気がしなくて不躾なお願いをして申し訳ありません」
こ、皇女候補時代からですと!
オレは冷や汗をだらだら流しながら、恐る恐る聞いてみる。
「あの……さぞかし酷い噂だったでしょう」
アレイラのことだ。オレのことを良く言う訳がない。
「え? そんなことはございません。妹が言うには、殿下は清廉で心根の優しい真っ直ぐな御方と聞いておりますが……」
何ですと? それは言ったのは、どこのアレイラですか?
まさか、あのアレイラがオレのことをそんな風に言うだなんて。
いや、もしかしたら同姓同名の違うアレイラ? それともアレイラが二人いるのか?
オレが混乱していると、シャルダン副将は不安そうな顔で聞いてくる。
「あの……ひょっとして妹とは親しくありませんでしたか? もし、そうなら申し訳ございません。あの娘は昔から見栄を張るところがありまして」
「そ、そんなことありませんわ。皇女候補時代も同じ班で親しくさせていただきましたの!」
「それは良かった。妹は誤解を受けやすい質でしたが、本当は根が素直な優しい子なのです。アリシア殿下とお近づきになって、ずいぶんあの娘も変わったようです。でなければ『宰相になる』などと大それたことを口にするようなことはなかったに違いありません」
そ、それはもしかして暗に非難しているのでは?
「そういう訳で、個人的な願いも含めてですが、妹をぜひ宰相補に……」
◇◆◇◆
「へっくちょん!」
ぐすっ、誰かわたくしの噂をしておりますわね。
いったい、どこの殿方かしら?
「アレイラ様、お風邪ですか?」
「いえ、何ともありませんわ。きっと誰かがわたくしの噂をしているのでしょう」
心配そうにわたくしを見るシンシアに、何でもないと言う風に笑って見せてあげます。
「それなら、ようございました。では、さっそく参りましょう。バニルグ導師がお待ちかねです」
この娘はシンシア、元々はリデルの侍女だった娘なのだけど、何故か今は皇帝陛下の身の回りの世話をしています。
少しキツイところがあるけど、小柄で可愛らしい少女。仕事もよく出来るし、有能な侍女と言えるでしょう。
賢い上に教養も高く、とても平民の出とは思えませんので、どこかの貴族の隠し子かもしれません。
「アレイラ様?」
「何でもなくてよ。行きましょう、シンシア」
わたくしはシンシアを伴って皇宮の奧へと進む。
現在、わたくしは不在であるケルヴィン宰相に代わって皇宮内の雑事を取り仕切っているのです。
政治的な仕事に比べれば、たいしたことはないのですが、それなりにやることは多いと言えるでしょう。
ただ、現状でその仕事の出来は、とうてい満足できるものではありません。
何故なら、わたくし達が足を踏み入れられるのは皇帝の執務室のある中枢部までで、いわゆる『奧』と呼ばれる皇帝のプライベート空間に入ることを禁じられていたからです。
身の回りの世話をするシンシアも『表』の部分までで『奧』には立ち入れないと聞いています。
で、そこから先はよくわからない教団と名乗る連中が取り仕切っているのが現状です。
今から会うのはそこを管理してるバニルグ導師なのですが、つい先日フェルナトウという導師から変わったばかりです。
何があったかは知りませんが、普段静かな『奧』がずいぶん騒がしかったので、突発的な何かが起こったのに違いありません。
「ようこそ、いらしていただきました。アレイラ様、シンシア殿」
バニルグ導師は暑くも無いのに顔を赤くして汗をかきながら、わたくし達を出迎えてくれました。
前のフェルナトウ導師は病的な細さでしたが、バニルグ導師は病的に太っているように感じます。
食生活が偏っているのでしょうか?
面談場所はちょうど『表』と『奧』の狭間にある来賓用の懇談室で、本来は皇帝の私的な客を招く場所なのだそうです。
「急なお呼び出し、何用でございますか、バニルグ導師? わたくし、忙しいのですけど」
「これは申し訳ございません。では、手短にいたしましょう。実はお二方に紹介したい人物がおりましてね」
「紹介したい人物?」
「ええ、本来なら皇宮警備を担当しているオーリエ殿にも紹介したかったのですが、あいにく手が空いていないようでしてね」
「どういう人物……」
「バニルグ導師、参られました」
「おお、さっそく入っていただきなさい」
わたくしが、どういう人物か詰問しようとした時、その紹介したい人物とやらがちょうど部屋に到着したようです。
「失礼する」
老人のようなしゃがれた声がして、件の人物がのそりと入って来ました。
「な……」
わたくしは淑女らしからぬ表情で口をぽかんと開けたまま固まってしまいました。
シンシアは鋭い目つきで入ってきた人物を睨んでいます。
「お初にお目にかかる。我はヴァンダイン・ケルファギー、以後よろしく頼む」
全身、真っ黒な鎧に包まれた男が聞き取りにくい声で言いました。
「黒鎧の騎士『ヴァンダイン・ケルファギー』……そんな馬鹿な、彼はとうに死んだ筈では……」
博識なシンシアが口を抑えて驚愕しています。
「黒鎧の騎士って、あの無比の騎士『ユーリス・ルフラン』の前に活躍したっていう『天隷の騎士』の……?」
わたくしの言葉にヴァンダインがこちらを見ます。
フルフェイスの奧の目が微かに赤く輝いているのが見て取れました。
「これから『奧』の警備に彼も参加してもらいます。驚ないように前もって紹介したかったのですよ」
バニルグ導師の声はわたくしの耳には届いていませんでした。
何故なら、わたくしは赤い目に魅入られるように、じっと彼を見つめ続けていたのです。
今章、終わりました。
次回から次章です。
フェルナトウさん退場したので、代わりの強敵が登場しました。
いよいよ、皇宮での決戦が……(来るのだろうか?)
何か、あっという間に10月が終わった(T_T)
すぐに今年も終わりそうな気も……。
あと、ヤフオク熱を必死に我慢しています。
でも、月が替わるとリセットしそう!
気を付けないとw