狂宴のあと……⑤
「はぁ?」
思わず淑女らしくない変な声が出てしまう。
この局面で、皇帝を切り捨てオレにつくというトンデモ発言に正直、愕然とした。
「ケルヴィン宰相。それは我ら教皇側に転向するとの申し出か?」
呆気に取られているオレに代わってネヴィア聖神官が慎重に確認する。
「いえ、アリシア皇女殿下に歩み寄るというのは、そちら側に寝返るという意味ではありません。どうも誤解なさっているようですが、私は私利私欲のために宰相になった訳ではないのですよ。常に帝国の忠臣たらんと欲するが故に、今の地位に就いたに過ぎません。ですから、帝国の安定のために戴く方を変えることに躊躇することはありません」
「つまり、帝国にとって、より良い皇帝を戴きたいと仰る訳ですな」
「有り体に言えば、そうだと申し上げましょう」
ケルヴィン宰相が天才肌で自己中心的な男だってことは知ってるけど、帝国のことを何より考えていることもオレは知っている。
幼馴染のデイブレイク近衛司令から聞いた話では、少年時代から自分の才能が野に埋もれるのは帝国の損失だと言い放っていたらしい。と同時に、長く続く帝国の内戦を終わらせるのが自分の天命だと親友には漏らしていたそうだ。
たいした自信だと思うけど、その根底にある帝国の安寧を求める気持ちは人一倍強いように感じる。
もちろん、それは彼の生い立ちによるものも大きいけど、その目的のために手段を選ばない性格は生来のものだと思う。
オレとの相性は最悪だが、彼の行政的手腕は評価している。
「ケルヴィン宰相がそのような申し出をされるということは、イーディス皇帝はゾルダート教との関係を絶つお気持ちが無いという意味でよろしいか?」
「そう取っていただいて構いません。ゾルダート教はともかく、イーディス陛下は未だアイル皇子を信じていらっしゃいます。表向きは関係を絶ち、対決姿勢を見せようとしておられますが、決して本心ではありません。私としましては、怪しげな連中とは袂を分かち、皇帝としての矜持を示し正道を歩んでいただくなら、まだ盛り立てていけたのですが……」
ケルヴィンにしては珍しく無念そうな面持ちをする。
「そういう訳で、リデル皇女殿下との関係改善をお願いしたいのです。今後の帝国のことを考慮するなら、ぜひとも前向きに考えていただきたい」
似つかわしくない殊勝な態度でケルヴィンが頭を下げる。
「別にオレは……」
「ケルヴィン宰相、その前に確認したいことがございます。何故、頑なだったイーディス皇帝がアリシアの御名をお譲りになる気になったのか、真意をお聞かせ願えますか?」
ケルヴィンの普段と違うしおらしい態度にほだされて、思わず受け入れそうになるオレを制してネヴィア聖神官が鋭く切り込んだ。
「御名をお返しすることで、イーディス皇帝の治世を暫しの間、容認していただきたい……先ほどの話し合いでも、そう結論付けたと記憶していますが? ネヴィア聖神官も、現状においては現実的な落としどころとお考えでしょう」
「無論、そうは思います。しかしながら、それだけでは無いように感じます。おそらく納得しないイーディス皇帝を説得したのは貴方の筈です。どのような虚言を弄しイーディス皇帝を納得させたか、ぜひともお教え願いたい」
白を切るケルヴィン宰相にネヴィア聖神官が詰め寄った。
「虚言とは心外ですね。法に照らしても問題なき事柄ですよ」
「ほう、何かしらの提言をなさったのは、お認めになると」
「リデル殿下が先ほどの申し出をお受けしてくださるなら、お話ししないでもありませんが……」
ケルヴィン宰相はオレの方をちらりと見てから、ネヴィア聖神官に応じた。
それに応えて聖神官もオレへと視線を向ける。
どうなさいますか? 目がそう訴えていた。
えっ、オレですか?
さっき、止めたのは聖神官じゃないですか。なのに、オレに振る?
オレとしては思うところも無くはないけど、断るという選択肢が頭に無かったので、黙って頭をぶんぶん縦に振った。
「では、良いでしょう。リデル皇女殿下の治世になってもケルヴィン殿が宰相になれるよう尽力いたしましょう。今後ともよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
オレの了承を得たネヴィア聖神官がケルヴィン宰相の申し出を受け入れ、裏取引が終わった。
ケルヴィン宰相が教皇陣営に(事実上)寝返った瞬間だ。
やっぱり、政治家は恐ろしい。物騒な会話を笑顔で交わすなんて。
オレにはとうてい真似できない腹芸だ。
まあ、実際のところケルヴィンの才能は得難いものだし、帝国に必要な人材だとは思うけどね。
「それでは、今回の件の裏話をお話しましょう」
ケルヴィンの説明はこうだ。
そもそも、アイル皇子・デイル皇子のどちらが皇帝になるかは、双子問題もあり明確ではないため、二人の皇女のどちらが帝位継承権一位かも定かでは無い。
年齢ならアリシア皇女の方が年上で父親もデュラント四世なので、アリシア皇女が皇帝になるのが順当だと思われる。
しかし、イーディス皇女が皇帝に即位した当初、アリシア(リデル)皇女は偽皇女扱いで帝位継承権が無く、その時点で継承権一位のイーディス皇女が即位することには何ら問題が無かった。
そのため、まずイーディス皇帝の即位を暫定的に認める。そして、本来のアリシア(リデル)皇女に『アリシア』の名を返上する。
ここまでは、規定路線だ。
「問題になるのは、イーディス皇帝が即位したため忘れ去られているデュラント神帝の神託文にあります」
「神託って、あれか。オレ……私と結婚した公子が次の皇帝になるというものでしょうか?」
危ない危ない、すぐ『オレ』って言ってしまいそうになる。気を付けないと、お祖母様に叱られてしまう。
「皇女殿下の仰る通りですが、正確に申しますと『アリシア皇女は、自らと婚姻した公子に帝位継承権第一位を与える。ただし、皇女が二十歳となる日までにその権利を行使しなかった場合、皇女はその権利を失うと共に自らの帝位継承権も失う』ですな」
ネヴィア聖神官が丁寧に補足してくれる。
「私もこの神託に関わっていましたので、よく覚えていますが…………あ、待てよ。そうか、そうなのか!」
ネヴィア聖神官が不意に口を押えて驚きの表情を見せる。
「ええ、そうです、ネヴィア聖神官猊下。この神託文は今も生きているのです」
え、どういうこと?
「この神託文は次の帝位継承権について示したものです。したがってイーディス皇帝即位後の帝位継承権は神託文に縛られるのです」
「それじゃ……」
「『アリシア皇女』となった貴女様は二十歳になると自動的に帝位継承権を失うのです」
気が付けば10月。早いものですね(遠い目)
きっと、あっという間に今年も終わることでしょうw
一念発起してデジ絵を描くと公約も果たされていません(;一_一)
あと3か月で何とかなるか……微妙です。
香椎先生のリデル、模写しようかなぁ。




