血塗られたファニラ神殿……⑤
「フェルナトウ」
俯いていた顔を上げ、しっかりとした口調でイーディスはフェルナトウに声をかける。
オレがクレオーネの操る死人を次々に切り捨てるのを不満そうに睨んでいたフェルナトウは、イーディスの様子に気が付き訝し気な顔をした。
「おや、この私に何かまだ言いたいことがあると言うのですか? 考える頭があれば容易に気付くと思いますが、今の私は大変忙しいのです。お前などの話に付き合っていられる状況ではないのですよ」
蔑んだ目でイーディスを見ながら、つれない様子で答えるフェルナトウにイーディスは毅然とした態度で答える。
「無礼者めが、私に対して、そのような口をきくとは……」
イーディスは威厳を取り戻したかのように強い口調で言った。
「お前の言ったことが真実かどうかは、私がお父様に直接確かめることにする。それまではお前が明かした事実とやらを私は決して認めない。偽りを騙って私の信用を落とし、亡き者にしようとするお前の謀かもしれないではないか。お父様のお気に入りのお前にとって、私は邪魔で仕方が無い存在なのだろう?」
「ふん、身の程知らずな。そんなことだから、切り捨てられる憂き目に遭うのです」
「何とでもほざくがいい。私はもう騙されん。それに、私は皇帝だ。正式な手続きを踏んで即位した正当な皇帝なのだ。お前などの指図は受けん」
「まったく馬鹿げた思い上がりと言えるでしょう。そうなるように仕向けたとは言え、哀れなものですね」
「聞け! フェルナトウ。皇帝として命ずる。このような暴挙は即刻、止めよ。仮にもここに集いし者達は帝国の臣民である。私には彼らを救う責務がある。従わぬと言うなら、私にも考えがあるぞ」
イーディスの言葉にフェルナトウは馬鹿にするように目を細めて笑みを浮かべる。
「ほお、お考えがおありと……この状況での、その物言い。滑稽にもほどがありますな。ぜひ、後学のためにもお聞かせていただきたい」
「では、従わぬと言うのだな……わかった。デイブレイク近衛軍司令!」
「はっ」
イーディスの呼びかけに近衛軍司令のデイブレイクが席を立って答える。
「近衛兵を率いて、この場にいる賊を討ち果たせ。皇帝に反旗を翻す者どもだ。容赦はいらぬ」
「御意のままに」
デイブレイクが護衛についている近衛兵に目配せすると、皇帝陣営を護るように立っていた彼らはゾルダート教の導師達に向き直った。
「笑止な! 一般兵に毛が生えた程度の連中に我々が倒せるなどと、思い上がりも甚だしい。実力の差を思い知って絶望するがよいでしょう。そして、イーディス。主のお情けで命は取らないつもりでしたが、どうやら要らないようですね」
フェルナトウの嘲りを無視してイーディスは声を張り上げる。
「エクシィー!」
エクシィ? 確か、イクスから聞き出した妹の名前の筈だ。別名はアレクサンドラだとも聞いたけど。
「どうせ、いるのはわかっています。すぐに出て来て手伝いなさい!」
イーディスが周囲を見渡し言い放つと、皇帝の護衛陣の一番後ろにいた小柄の近衛兵が渋々と前へと出て来る。
「ちぇっ、バレてたのか。せっかく完璧な変装だと思ってたのに」
少年のような顔をしたエクシィは確かにイクスにそっくりだ。
いや、ちょっとだけ彼女の方が可愛いか。
「でも、イーディス。彼、フェルナトウって言ったっけ。けっこう、手強いよ。結界術式の腕前は、かなりのものだもの。ハーマリーナ(ワトスン)より上手だと思うな。現にこの会議場全体に結界を張って外部とつながりを遮断しているようだよ。だから、出入り口へ迂闊に近づくと……」
「ぎゃああ――」
エクシィが言いかけた刹那、悲鳴がつんざく。
視線を向けると黒焦げになった人間が出入り口の扉の前に倒れていた。
どうやら、扉の近くにいた従者が外へ逃げようと取っ手を掴んだ瞬間に雷に撃たれたように激しく燃え尽きたようだ。
辺りには、肉がぶすぶすと焦げたような臭いが漂っていた。
「……あんな風に焼け焦げになるって寸法だね。そいうわけで外部の応援は期待できないかな」
よ、良かった、お祖母様達に避難指示を出さなくて……。
外にもゾルダートの手の者がいるかもしれないと思って躊躇したのが正解だった。
避難を促してたら、あの従者の二の舞になってたはずだ。
けど、これでフェルナトウを倒さないと、ここから逃げ出せないことも判明した。
それと外からヒューやトルペンの援護は期待できないってことも。
「まあ、確かに恐ろしい結界だけど、その分フェルナトウも自分の力を結界の維持に振り分けざるえないから十全じゃ戦えないってことだね。それにゾルダートだって援軍が期待できないのは一緒だから……」
「ふん、イクスの妹か。所詮、信仰心の足りない半端者に過ぎません。ザークボルド導師、お主の力を見せつけてやりなさい」
皇帝側に対応するように配置されていたザークボルド導師がフェルナトウの指示でその身体を大きく膨張させ、小山ほどもある緑色の大鬼に変化し襲い掛かろうとした瞬間、エクシィは金属鎧を付けていると思えないほどの身軽さでザークボルドを飛び越え、その背後に降り立った。
「……お互い、立場は変わらない。この場にいる戦力で戦えってことだよね」
エクシィの右手にはザークボルドの頭が無造作に鷲掴みにされていた。
あの飛び越えるわずかの間に、首をねじ切り引き抜いたようだ。
頭を失ったザークボルドの巨体が音を立てて、ゆっくりと崩れ落ちる。
「ザ、ザークボルド導師……」
はじめてフェルナトウの顔が驚愕で引き攣った。
短めですみません。
イクスの妹の名がまちまちになっているので、後日修正したいと思います。
〇エクシィ ×イクシィ です。
紛らわしくてごめんなさい。
あと、今回「なろう」に突然アクセスできなくなって焦りました(>_<)
更新できないって、慌てましたがセキュリティソフトを新しくしたのが原因でした。
スマホの方はつながったので、そちらから調べて判明しましたが、一時はどうしようと真剣に悩みました。お知らせはしっかりと読まないといけませんね、反省しましたw